第21話-04 サイレントライン
『ご……る……!』
巨人が倒れる。大の字に投げ出された巨大な腕が兵舎の屋根を押し潰す。地響きとともに舞う砂塵の奥で、赤い眼光が数度
物言わぬ
言葉は無い。
必要ない。
――ミュート。
「オォォォアアァァァァァァアッ!!」
緋女が
「ぐっ」
頭の右半分と右肩のみになったミュートが、くぐもった声を漏らす。最前から構築し続けていた術がようやくこのとき発動。《
*
「っが!」
魔王城第3防壁……その見張り塔のひとつへ転移したミュートの肉片は、空中の《
「クソッ……クソォッ……! クソッ! クソッ! クッソがァァーッ! どいつもこいつもっバカどもが! おれ以外全員バカばっかりだクソがァァッ!!」
このまま行けば、西と北の敵軍はほどなく第2城壁を突破し、中の
――ダメだ。戦力がまるで足りねえ。
ここまで接戦を演じていたかに見える
戦力だ。手駒が
〔僕が出よう〕
その時、低く沈んだ少年の声が、ミュートの耳にそっと流れ込んだ。
*
魔王城地下の研究室で、魔王は
「雑兵の10万ごとき相手じゃない。僕が戦えば済むことだ」
〔ダメだ〕
「なぜだい? 合理的な理由があるなら聞きたいね!」
〔お前ともあろう者が、そんな
*
ようやく再生しかけた脚で立ち上がりながら、ミュートは口の端に優しく笑みを浮かべた。よろめき、
「なあクルス。お前気付いてねえだろ? 今、自分がどんだけ動揺しているか。
一見常に冷静沈着、何事にも動じないようでいて、お前は誰より繊細だ。今までずっと、細かい出来事にイチイチ傷ついてきたじゃねえか。
ヴィッシュはそのへんちゃーんと心得てるぜ? だから力ではなく心を攻めた。お前を焦らせ、戦場に引っ張り出すために。おそらくは一撃必殺の罠を仕掛けたうえでな。
分かるか?
勇者の剣や剣聖奥義が奴らの手に渡った時点で、
〔だから僕に見捨てろと言うのか!?
たったひとりの親友が、なぶり殺しにされているのを!?〕
「そのとおりだよ!!」
ミュートは天を仰ぎ見て声高に呪文を編み始める。皮肉だ。“たったひとりの親友”……友を守りたい一心で魔王が発した悲痛な叫びが、かえってミュートの心に火をつけた。
「あるじゃねえかァ! 兵隊のタネが、ここによォ!」
振り上げた右手に狂気の赤光をまとい、手刀を胸壁に突き入れる。鋼鉄を凌駕する強度を持つはずの亡者の壁が、
魔王城の防壁は、魔王が地獄から引きずり出した亡者によって出来ているのだ。つまりは死体。数え切れぬほどの死体の山。これを材料にすれば造れる。
〔やめろミュート! それはただの死体じゃない。《死》の御許から《悪意》によって収奪された
魔王の警句をミュートは肌で実感している。一寸深く亡者の中へ分け入るごとに、全身を恐るべき激痛が貫く。爪を無限に
それでも
「オタオタしてんじゃねーよ、大将。
王様ってのはなぁ……
民が死のうが……
国が滅ぼうがっ……!
後ろの玉座にドッシリ構えて!
赤光がミュートの全身から
その姿はさながら、妄執を糸として
名付けて、“
「
「ここはおれの戦場だァ―――――ッ!」
*
おおおおお!
おおおお、おおおおおおお!
一匹ではない。魔王城のいたるところで城壁が不気味に
「おっ……応戦しろォべっ!?」
勇ましく号令かけたひとりの騎士を、直後、
「みんな落ち着けっ。」
カジュは仲間たちの頭上を飛び越えながら《石の壁》を打ち立てた。いましも勇者軍の隊列に
しかしこの程度で仕留められるわけはない。
「キャハ!」
甲高い狂笑と共に、敵がカジュへ殺到する。ネズミ頭の
達人級の術士30人を相手に4時間近く戦って、仕留められたのはわずか6人。なにしろ味方への援護射撃も絶やさず撃ち続けてのことだから、これが精一杯だったのだ。
このまま何時間でも粘り通してジワジワ数を削ってやるつもりだったが、その前に戦況が変わってしまった。
敵から飛んできた《光の矢》を《盾》で彼方へ弾きつつ、カジュは額に汗を浮かべた。
「どうしたもんかな……。」
(つづく)
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