第10話-03(終) “う”の終焉を、我らは如何に見送るべきか?
ドクター・ゲイナンは失意と混乱と恐怖とに頭の中を掻き乱され、ふらつきながら広間を逃げ出した。後ろにつきまとう助手の声も、もう彼には届かない。彼の耳を慰めるのは、広間から聞こえてくる血の宴の喧騒のみだ。
それ見たことか。人間が“うつくしい乙女”を取り戻しに来たのだ。泣かせる話ではないか。力ではヴァンパイアに及ぶべくもない下等な動物が、同族を救うために命を賭して乗り込んできたのだ。腹の奥からなぜか笑いが込み上げた。手痛いしっぺ返しを喰らって、血に染まり、おおわらわのヴァンパイアども。万物の霊長ヴァンパイア族も、所詮はあの程度。
思わず、笑いが零れた。その異様な形相に、助手は不安げな視線をくれる。
「あの、ドクター……」
「天敵だ」
「ドクター?」
「1000年前の大衰退は天敵がいた。天より舞い降りし古竜どもは……」
「ドクター!」
悲痛な助手の呼びかけに、応えるものは狂気のみ。
「ヴァンパイアなど! 大自然の! 食物連鎖の! ひとつの部品にしか過ぎんと! 解らぬような愚か者ども
“うつくしい乙女”が護られるなら――ヴァンパイアなど滅びればいい!!」
「ドクター、それは間違いです!」
*
カジュと少年少女たちは、首尾よく城から抜け出した。そこに牢を破ったヴィッシュが追い付き、少し遅れて陽動を切り上げた
――このままでは……
ヴィッシュの額から焦りの汗が流れ落ちた。
横で
「伏せろっ!」
ヴィッシュが小さく舌打ちする。
――追いつかれたか。
「危険な猛獣どもだ。ここで根絶やしにせねばならん」
恐怖を誘う低音とともに、周囲の岩陰から、追っ手が姿を現した。ひとり、またひとり、行く手を
ヴィッシュたち3人だけなら、切り抜けられないこともあるまい。だが、この子たちを護りきることは……
――どうする!?
悩む時間を、敵は与えてくれなかった。
「行け! 殺せ!!」
号令一下、敵が一斉に飛びかかろうとした――そのとき。
*
それらは、突如として
はじめに
次いで、空が裂けた。
魔術を
そしてついに、それらが降臨した。
ぱっくりと開いた空の裂け目を、節くれだった指で向こう側からこじ開けるようにして、そのものたちは
そんな姿をした、数え切れぬほどのものたちが、空を埋め尽くす威容。
その場にいる誰もが、争うことも怯えることも忘れて空を見上げた。
「なんだ……あれは」
ヴィッシュがぽつりと呟くと、カジュがそれに答える。
「……
*
古竜がいかなるものであるかについては、ここに記す術を持たない。なぜなら、有史以来、古竜に関するまともな記録はただのひとつも残ってはいないからである。
ただ、不確かな伝承によれば、かつてヒトが
こんなことを言うものもいる。古竜はただ家に引きこもっているだけだ。ときおり気まぐれにこちらへ現れ、ちょっと買い物でもするかのような気楽さで、我々の世界を
そして今、
『やはり、エゴラ用のタ=ミナイエの日は、“う”のつくものを食べるに限る』
古竜たちの語り合う声は、不思議と下界のものたちにも聞き取れた。
『特に“ヴァンパイア”は最高だ』
『5万年前に比べて個体数は10分の1以下に減ってしまったが』
『もうすぐ絶滅するらしい』
『なら、今のうちにたっぷり食べておこうではないか』
そして、
古竜が舞い降り、ヴァンパイアを飲み込んだ。ほんのひとくちで数十人もを持っていった。ヴァンパイアたちは悲鳴を挙げて反撃し、あるいは逃げ惑ったが、あらゆる肉体的な、あるいは魔術的な試みにも関わらず、全ては無駄に終わった。
ひととおり近くのヴァンパイアを食べつくすと、古竜たちは
その光景を、ドクター・ゲイナンは城の窓から見下ろしていた。彼は狂ったように笑い続けていた。嬉しかったのか、哀しかったのか、あるいはなんとも思っていなかったのか。自分でも判然としなかったが、それはすぐに、永久に分からぬこととなってしまった。彼も古竜の腹に収まったのである。
*
一方の人間たちは、恐るべき惨状を、ただ呆然と見守るばかりであった。古竜は、人間には興味を示さなかった。魚釣りにきた人間が、水辺の小虫になど目もくれないのと同じように。
ヴィッシュはぽかんと口を開けて空を見上げ、ぽつりと、呟く。
「“ヴ”でも……よかったのか……」
次の瞬間。
ばくう!!
横手から突っ込んできた古竜の一匹が、“ヴ”ィッシュを丸呑みにしてかっさらっていった。
「わー!! ヴィッシュ! ヴィッシュー!!」
そして、大慌ての
*
さて。
言うまでもないことであるが、その翌年はガルヴェイラ用のデュグラディグドゥの日にあたる。
そしてもちろん、彼/彼女/それらが最も好むのは、古竜ヴルム・アタウィルであった。
その後の信頼できる記録によれば、この年、1億年ぶりに降臨した
THE END.
■次回予告■
話はカジュの学生時代、まだクルスが生きていた頃にさかのぼる。年に一度の祝祭を控え、クラスメイトたちが浮足立つ中、カジュはいらだちを隠せずにいた。そんな彼女を襲うふいうち――それは苦楽を共にした相棒からの、クリスマスデートの誘いであった。
次回、「勇者の後始末人」
外伝 “恋人に、メリークリスマス。”
Merry Christmas For Lovers
乞う、ご期待。
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