第8話‐5 修行(実戦編‐2)

 翌日、軽めの朝食をとるとすぐに、二階堂は柚月との修行を再開した。休憩もほとんど取らず、ほぼ丸一日やいばを交える。もちろん、二階堂の限界一歩手前で終了するが。


 本日分の修行を終えると、すぐに床につく。まだ動けるとは言え、ふらふらで食事をする余力は残っていなかった。


 次の日もその次の日も、朝から晩まで修行は続いた。


 日を重ねるごとに、二階堂の攻撃パターンは増えていきスピードも上がっていく。


 最初の頃は、柚月も無防備の状態から二階堂の攻撃をはじき返すことができた。しかし、それも二週間近く経つと、しっかり戦闘態勢を取っていないとはじき返すことはおろか、かわすことさえ難しくなってくる。


「だいぶ成長したね、二階堂」


「……ありがとうございます。ようやく、戦いに慣れてきたって感じです」


「それはよかった。なら、ここからはあたしも攻撃するとしようか」


 と言って、柚月は口角を上げると二階堂へと躍りかかる。


「――っ!」


 紙一重で攻撃をかわし反撃に転じるが、あと一歩のところで彼女にかわされてしまう。


 何度挑んでも、確かな手ごたえはなく剣戟けんげきが響くだけで。


 悔しさを舌打ちに乗せた二階堂は、柚月からある程度の間合いをとると、刀に乗せる力を最大出力にして真正面から向かっていった。


「……面白い」


 つぶやいて、柚月も真正面から二階堂に向かっていく。


 二人とも、次の一手で決着をつけるつもりらしい。


 射程距離に入ると、


「はああああっ!」


 二階堂は、気合とともに薙ぎ払う。


 当然、柚月もほぼ同じタイミングで攻撃をくり出した。


 二振りの刀が交差しすれ違う。


 背中合わせでほぼ同時に停止すると、苦悶の声をあげて二階堂は脇腹をおさえて片膝をついた。


 おそるおそる自身の脇腹に視線を落とす。だが、服は破れておらず、血も出ていない。どうやら、切れてはいないようだ。


 ホッとしたのもつかの間、柚月はどうしただろうと気になり振り返る。


 すると、彼女はくの字にうずくまっていた。


「柚月さんっ!?」


 驚いてかけ寄る二階堂に、柚月は手で大丈夫だと合図をした。


「ははっ、正直、ここまでとは思ってなかったよ」


 柚月は、弱々しい笑顔を見せながら、二階堂の実力を侮っていたと告白する。


 彼女の腹部を見ると、血こそ出ていないが服は破け、皮膚には焼け焦げたような痕が残っていた。


 二階堂の攻撃を受けての傷のため、どうしても罪悪感を抱いてしまう。


「しょぼくれた顔しなさんな。これは、あたしの油断が招いた結果さ。あんたのせいじゃないよ。とにかく、修行は完了だ。おめでとう」


「ありがとうございます……」


 そう口にするが、二階堂の心はすっきりしない。


 柚月はため息をついてその場に座ると、


「ほら、これあげるから元気出しな」


 と、どこから出したのか一振りの刀を差し出した。


 それは、刀身の反りがほとんどない刀だった。柄には、純白の糸が巻き締められていて、その中央に直径五センチメートルの雪の結晶を模した銀色の金具がはめ込まれている。刃文には、細かい粒子を散りばめたような模様があった。


「柚月さん、これは……?」


 刀を受け取りながら、二階堂が尋ねる。


「その刀は、『ささめ雪』っていうんだ。今のあんたなら、それを使いこなせるだろうと思ってね。あたしからのプレゼントさ」


 柚月はそう告げると、力を最大出力で使用するのは切り札としてとっておけと忠告も添える。


 最大出力で使用すると、その日一日は力が使えなくなるというのだ。とは言え、一晩眠れば回復するらしい。


 二階堂は、うなずいて肝に命じる。


「……そう言えば、この刀に鞘はないんですか?」


 ふと、思い浮かんだ疑問を口にすれば、柚月はあっけらかんと鞘がないことを告げた。


「収納する時は、『散れ』と唱えればいいのさ」


 二階堂は、教えられた通りに唱える。


 すると、刀は淡く光り、一瞬で雪の結晶を模した金具へと姿を変える。正確に言えば、柄にはめ込まれている金具に収納されたと言った方が正しいか。


「え……何これ、すごい」


 二階堂が感嘆の声をあげると、柚月はにやりとして、


「どうだ、すごいだろ? 『せつ』と唱えると刀に戻るよ」


 と、教える。


 言われた通りに唱えると、ささめ雪は瞬時に刀の姿に戻った。


「……こんなすごい代物、いただいていいんですか?」


 自分には身に余るのではないかとさえ思えてしまう。


 だが、柚月は険しい表情をして、


「神様が授けるって言ってるんだぞ? 素直に受け取りなさい!」


 と、命じるように告げた。


 ならばと、二階堂はうやうやしく頭を下げて、ささめ雪を素直に受け取ることにした。


 よろしい、と表情を緩めて柚月がうなずく。


 礼を言って立ち上がり、周囲を見渡した二階堂は、そこではたと気がついた。


「柚月さん、ここってどこから出ればいいんでしょう?」


 そう柚月に問いかける。


 二人の周囲には、扉らしきものがまったく見当たらないのである。


「そう言えば、ここに来た時の扉は、すぐに消しちゃったからな」


 二階堂が不思議に思うのも無理はないと、柚月は一人で納得している。


「その扉は、すぐに作り出すことはできないんですか?」


「悪いが、そこまでの力は残ってないよ。これを癒すので精一杯さ」


 そう言って、柚月は自身の腹部へと視線を落とす。


 釣られるように、二階堂もそれを見やる。


 彼女自身の能力で治療してはいるものの、やはりまだ痛々しい痕が残っている。


「あ……すみません」


 消えたはずの罪悪感が、また二階堂の心に影を落とす。


「いいって、いいって。そんなわけだから、今日は泊っていってくれるとありがたいな」


 そう懇願されてしまっては断れるわけもなく。二階堂は二つ返事で承諾した。


 散れと唱えてささめ雪を収納すると、


「柚月さん、ベッド使ってください。僕は床で大丈夫ですから」


 と、思いついたように二階堂が提案した。


「そういうわけにもいかないさ、ベッドはあんたが使いな」


「でも……」


「あたしは大丈夫だから」


 少し強い口調で言われてしまえば、従うしかなくて。


 また明日と告げて、二階堂はログハウスに向かう。


 その後ろ姿を見送ってから、柚月は姿を消した。


 ログハウスに入ると、二階堂は簡単に食事とシャワーを済ませてベッドに入る。


「長いようで短い一ヶ月だったな……」


 見慣れてきた天井を見ながら、ぽつりとつぶやいた。


 これ程までに集中的に何かを行うのは、学生時代のテスト勉強以来だ。いや、もしかしたら、初めてかもしれない。テスト勉強でさえ、ここまで必死になった覚えはないのだから。


 戦力として成長した姿を見たら、蒼矢はどんな顔をするだろう?


 そんなことを考えながらまぶたを閉じると、二階堂はすぐに眠りについた――。


 翌日、すっきりと目覚めた二階堂は、支度を済ませてログハウスを出た。もちろん、ささめ雪が収納されたブレスレットも忘れない。


 外に出ると、すでに柚月が待っていた。彼女の隣には、ここに来た時と同じような扉が作り出されている。


「おはようございます」


「おはよう、昨夜はゆっくり眠れたかい?」


「はい、おかげさまで」


 と、会話をかわしながら、二階堂は柚月の腹部を見る。


 彼女の腹部の傷痕は、跡形もなく消えていた。


 よかったと、心底ホッとする。もし残っていたら、謝罪してもしきれない。


「まったく、責任は感じなくていいって言ったのに」


 二階堂の表情がふっと緩んだことに気がついたのだろう、柚月はそう言って肩をすくめた。


 二階堂は苦笑しながら、


「すみません、そういう性分なんで」


 変えられないからと告げる。


 それならばしかたないと、彼女は納得したようだった。


「……柚月さん、お世話になりました!」


 と、改まって二階堂は深々と頭を下げる。


「ああ。いつでも遊びに来ていいからね」


「はい。それじゃあ、また」


 そう言って、二階堂は扉から修練場を出た。


 森の中は、相変わらず静かだった。


 二階堂は社に向き直り、もう一度深々と頭を下げるとその場を後にした。

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