第7話‐3 境内での攻防
対峙する金と銀。赤と青の
周囲を包む空気はピンと張りつめ、肌に痛いくらいの緊張感を漂わせる。
その緊張感を嫌という程感じ取った二階堂は、固唾をのんで目の前の二人を見守ることしかできない。もし、少しでも動こうものなら即座に殺されるだろう。
重苦しい沈黙が辺りを包む。しかし、それもそう長くは続かなかった。
「……蒼矢。そいつは俺の獲物だ、邪魔すんじゃねえ」
金髪の男が、不機嫌をあらわにした声音でそう告げたのだ。
「そう言われてもな……。あんた、ここがどこだかわかってる? 稲荷神社の敷地内なんだけど?」
蒼矢と呼ばれた銀髪の男は、少し呆れたような口調で尋ねた。
「相互不可侵、だろ? わかってるよ。けど、そいつがここに来ちまったんだから、しかたねえだろ。文句ならそいつに言うんだな」
そう言って、金髪の男は構える。早く戦いたくてうずうずしているようだ。
蒼矢はため息をつくと、
「あんた、厄介な奴に目ぇつけられちまったな」
ご愁傷さまと、振り返ることなく後ろにいる二階堂に告げた。
「ぁ……え?」
輝く銀髪に目を奪われていた二階堂は、声をかけられたことに驚き、まぬけな声で聞き返してしまった。
「つまり、さっさと逃げた方がいいってこと!」
そう告げると、蒼矢の姿が変化した。狐耳と九本の狐の尻尾が出現したのである。
突然のことについていけず、二階堂は目を白黒させる。声をあげるどころか、逃げ出すこともできなかった。
背後で動く気配がまったくないことに気づいた蒼矢は舌打ちすると、
「しかたねえな。これ、持ってな」
そう言って、どこから取り出したのか瑠璃色の勾玉を一つ、二階堂に投げて渡した。
受け取ると同時にうなずく二階堂。
それを横目で確認すると、蒼矢は小さな何かを目の前の男めがけて思い切り投げる。とほぼ同時に、複数の青白い炎を作り出し前方へと放った。
炎は全弾、先に投げた物へと当たり爆発する。蒼矢と金髪の男の間に白煙が広がり、視界を遮った。
金髪の男は舌打ちをすると、手のひらサイズの円盤型の刃を自身の周囲に複数作り出し辺りを警戒する。
しばらくすると、次第に白煙が晴れていく。その間に蒼矢からの攻撃はなく、かわりに境内の四方に乳白色の光が出現していた。白煙が立ち込めている間に、蒼矢が光の柱があるところに勾玉を置いて結界を張ったのだ。もちろん、建物を損壊しないようにである。
「なんだ、お前もやる気なんじゃねえか」
男はそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。
「見ちまった以上、知らんぷりはできない性分なんでね」
だから、全力でやらせてもらうと。
蒼矢は瞬時に大鎌を作り出し、正面から金髪の男に向かっていった。
「フッ、バカが!」
つぶやいて、男は自身の周囲に作り出した複数の刃を蒼矢へと放つ。
蒼矢は、それを鎌で弾き返しながら男との間合いをつめていく。そして、鎌を振り上げ躍りかかった。
男は瞬時に刀を作り出し、蒼矢の攻撃を受け止める。このままつばぜり合いになるかと思われた刹那、蒼矢が後ろへ飛び退いた。その直後、左右から蒼矢の影を切り裂くかのように
「あっぶね~……」
金髪の男と一定の距離を取った蒼矢は、そう言って息をついた。一歩遅かったら、今頃傷だらけだっただろう。
「チッ、避けられたか」
つぶやく男は、言葉とは裏腹に邪悪な笑みを浮かべている。
蒼矢は武器を構え直して、
「そんなかんたんに
「ははっ、違いねえ」
楽しそうに笑いあう二人は、ほぼ同時に攻撃をしかけた。真正面からぶつかりあう。
固唾をのんで見守る二階堂には、二人の動きは捉えきれない。ただ、夜空の下に響く
どのくらい時間が経ったのだろう。大通りから聞こえていた車の
何度目かの打ち合いのあと、男は蒼矢との間合いを取り動きを止める。
「どうしたんだよ?」
怪訝そうに蒼矢が尋ねるも、男は答えずに面白くなさそうに舌打ちをした。
「今日は、ここまでにしといてやるよ」
興醒めとばかりにそう言って、男は自身の右後方へ円形刃を投げた。
甲高い乾いた音が響き、周囲を覆っていた結界の気配が消えた。結界を構築していた勾玉の一つが破壊されたからである。
その音を合図に、男は後ろへと駆け出した。
「あ、てめっ……! まだ、決着はついてねえぞ!」
逃げるのかと、蒼矢が吠える。
男は、一瞬立ち止まって振り返ると、
「勝負は預けとくぜ。そのうち、決着つけに来てやるよ」
そう言い残して姿を消した。
「何なんだよ、あいつ……」
戦闘モードを解除した蒼矢は、つまらなそうにつぶやいた。
境内を包んでいた張りつめた空気は、一瞬にしてゆったりしたそれに変わる。
二階堂の緊張も解けたのか、安堵の息をついた。助けてもらった礼を言おうと立ち上がると、何者かの気配を感じた。体が硬直する。
だが、その気配は二階堂には目もくれずといった様子で蒼矢に近づいていった。
『お
「ああ。一目散に逃げてったよ」
気配に声をかけられた蒼矢が告げる。その声音は、心なしか安堵しているようにも聞こえた。
蒼矢の雰囲気が穏やかなことに気づくと、二階堂は近づいて声をかけた。
「ああ、あんたか。大丈夫だったか?」
「はい。助けていただいて、ありがとうございました。それで、これなんですが……」
二階堂は、先程蒼矢から受け取った瑠璃色の勾玉を返そうとする。しかし、それはあげたものだからと、蒼矢は受け取りを拒否した。
「それに、またあいつに襲われたら、今度はマジで殺されるかもしれねえしな」
『そういうこと、笑顔で言うもんじゃないよ』
気配が蒼矢にツッコミを入れる。
「……あの、そちらの方は……?」
声がした方を気にしながら二階堂がおそるおそる尋ねると、
『もしかして、私が見えてる?』
「あ、いえ。声だけは聞こえてますけど……」
『それは失礼したね』
声の主が告げる。
直後、
その神々しいまでの美しさに、二階堂は目を奪われ感嘆の息をもらす。
「初めまして。私は、
白梨と名乗った彼は、よろしくと人好きのする笑顔を見せた。
「――っ! ……は、初めまして。二階堂誠一です」
一瞬、気後れしてしまった二階堂だが、すぐに平静を取り戻して名乗った。
蒼矢もかんたんに自己紹介すると、
「それにしても、何であいつに追われてたんだ?」
と、疑問を口にした。
二階堂は、月城公園で夜桜を観ていたら、血の匂いがしたこと。それを辿って行ったら、彼に出くわしたことを話した。
「あ~……それは災難だったな。でも、よくここまで逃げて来られたな?」
「追いつめられたって言った方が正しいような……」
二階堂が苦笑してそう言うと、蒼矢は大いに納得したようだった。
「誠ちゃんって度胸あるよね」
それまで聞き役に徹していた白梨が、感心したように告げた。
二階堂は、驚きの声をあげて否定する。もし、怪我人がいるのならば助けなければという思いで行動していただけなのだから。
「それに、私を見ても驚かないし」
「いや、十分驚いてますよ。でもまあ、小さな頃から幽霊とかそういうのは見えてましたから、ある程度慣れてる部分はありますけどね」
「なるほど。でも、なんかもったいないな」
力があるのに活用しないなんてと、白梨が言う。
そんなことを言われても、二階堂にはこの力の活用方法など検討もつかない。それどころか、幽霊なんて見えなくてもいいのにと思ったことさえあるのだ。
「……じゃあさ、手伝ってもらえばいいんじゃね?」
わずかに思案した蒼矢が提案すると、白梨はうなずいた。
二階堂が何の話かわからないというような表情をすると、
「妖怪が関わってそうな事件なんかを解決する、何でも屋みたいなことしてんだよ」
と、蒼矢が説明する。
「じゃあ、その手伝いを僕に……?」
「そういうこと」
笑顔の蒼矢と白梨を前に、二階堂は困ったように考え込んだ。
二階堂自身、困っている人を見過ごせない性分ではある。だが、人ならざるものが見えるだけで、どうこうできる
「あんたには、依頼を受ける時の窓口になってほしいんだ。戦闘面はこっちでなんとかするからさ」
二階堂が懸念していることを察したのか、蒼矢はそうつけ加えた。
それならばと、二階堂は申し出を受ける。ただし、他に仕事をしているのでそれを辞めてからになるけれどと注釈をつけた。
「あんたの準備ができてからでいいぜ」
こちらはいつでも大丈夫だと、蒼矢が告げる。
二階堂はうなずくと、二人と別れて帰路についた。
この一ヶ月後、二階堂は製薬会社を退職し、蒼矢とともに幽幻亭を始めるのだった――。
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