第6話 蛇

第6話‐1 連続失踪事件

 まだ夏を感じる日差しと、カーテンを揺らす涼やかな風。徐々に周囲は秋色へと模様替えをしていく。


 そんな九月のある日のこと。心地よい風は、不穏な空気も運んできた。


 ここ連日、とある事件がワイドショーやニュース番組を賑わせている。


 ――謎の連続失踪事件。


 若い男性が、次々と行方不明になっているのだ。


 失踪したとされる場所や時間はばらばらである。加えて、被害者をつなぐ共通点もほとんど見つかってはいなかった。それにもかかわらず、警察は各行方不明者を事件性のある連続した失踪と位置づけ、捜査本部を設置し大がかりな捜査を行っている。


 各ニュース番組などはこの事件を大々的に取り上げ、コメンテーターなどの考察を交えながら報道していた。


「……六人目の行方不明者、ねえ。本当に共通点ねえのかよ?」


 ワイドショーが映るテレビをぼんやりと眺めながら、蒼矢は独りごちた。


 飴色のポロシャツと黒のカーゴパンツに身を包んだ彼は、いつも通り遅めの朝食を終え、食後の紅茶を堪能しているところである。


「――蒼矢はどう思う?」


 洗い物を終えた二階堂が、キッチンから戻ってくるなりそう尋ねた。


 いつ来客があってもいいようにと、白シャツに濃い茶色のベストとスラックスという仕事用の服を身に纏っている。


「何かしらの共通点はあるんじゃねえの?」


 と、蒼矢はテレビを見ながら、二階堂の問いに答えた。この報道だけでは何とも言えないけれど、と注釈を加えて。


「まあ、確かにね。何もなかったら、警察が捜査本部を立ち上げるわけないだろうし」


 そう言って、二階堂は椅子に座りテレビを注視する。


 テレビでは、相変わらずこの事件の謎についての考察が続けられていた。


「今回の事件、妖怪の仕業だったりしてな」


 蒼矢が冗談半分で告げると、それを肯定するかのように玄関の呼び鈴が鳴った。


「――っ!?」


 二人は肩をびくりと震わせ、顔を見あわせる。開店休業状態が続いていたこともあり、完全に油断していたのだ。


 二階堂は小さく深呼吸をすると、仕事モードへと意識を切り替え玄関へと向かう。


 扉を開けると、そこにはスーツを着た体格のいい茶髪の男が立っていた。


「……さかきか。いらっしゃい、今回はどんな依頼だ?」


 見知った顔に、二階堂は胸を撫でおろす。それをられないように、できるだけ平静を装って声をかけた。


 彼の名は、さかき祐一ゆういち。二階堂の高校時代からの友人であり、取引相手でもある。警察官である彼は、警察と幽幻亭との橋渡しを担っているのだ。


「実は、結構厄介な事件でさ」


 短いあいさつの後、榊は険しい表情で答えた。


 彼の表情から事の深刻さを感じ取った二階堂は、それ以上は何も聞かず家の中へと招き入れた。


 二人が居間に向かうと、蒼矢が人数分のティーカップを配膳しているところだった。二階堂が玄関で対応している間に、準備をしていたのだろう。


 三人がほぼ同時に椅子に座ると、榊は持っていた黒いカバンから資料らしき数冊の紙束を取り出し、


「今回依頼したいのは、この件なんだ」


 そう言って、テーブルの上に置いた。


 二階堂と蒼矢は、それぞれ一冊ずつ手に取り目を通す。


「榊、これ……!」


 険しい表情で声をあげた二階堂に、榊は無言でうなずいた。


 それは、先刻まで話題にしていた連続失踪事件の捜査資料のコピーだった。本来は、資料の持ち出しはコピーと言えども禁止されている。しかし、状況はそうも言っていられないようである。


「総力を上げて捜索してるけど、目撃情報も有力な手がかりもほとんどなくてさ。もしかしたら、妖怪の仕業なんじゃないかって、もっぱらのうわさだよ」


 そう言って、榊は肩をすくめた。


「マジか……」


 蒼矢が小さくつぶやいた。


 無理もない。先程冗談で言ったことが、冗談では済まなくなりそうなのだから。


 一通り資料に目を通した二階堂は、行方不明者の性別が全員同じであることに気がついた。年齢は十四歳から三十五歳と幅が広い。加えて、この六件の失踪事件は、ここ二週間以内に起きている。


「……全員、男なんだな」


「ああ。けど、全員の素行が悪かったってわけじゃない。聞き込みでも『他人に恨まれるような人じゃなかった。姿を消した理由がわからない』って声を何度も聞いたよ」


 お手上げだとばかりに言って、榊は紅茶に口をつける。


 なるほどとうなずいた二階堂は、この依頼を受けることにした。そもそも、警察からの依頼を断ったことなど一度もなかったが。


「助かるよ。連絡は、いつも通り俺の携帯によろしく。それじゃ」


 人好きのする笑顔でそう言って、榊は捜査に戻っていった。


「……妖怪の仕業だとして、痕跡残ってると思うか?」


 しばらく資料を見ていた蒼矢が、懐疑的に二階堂に尋ねた。


「どうかな? 一、二件目はともかく、直近のだったら残ってそうじゃないか?」


 そう言って、二階堂は一冊の資料を蒼矢に手渡した。


 それは、六件目とされる行方不明者の資料である。それによると、彼の名は柏木かしわぎみつると言い、一昨日の午後六時すぎに市役所の駐車場で消息を断ったとされている。


「確かに、これなら何かありそうだな」


 資料を確認した蒼矢は、そううなずいた。どこか楽しそうである。


「それじゃあ、行くとしますか!」


 二人は、失踪現場となった市役所へと向かうことにした。

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