12月5日

「来てくれてありがとう」


 次の日から日岡さんの挨拶が変わった。

 僕は内心それに照れていたのだけれど、できるだけ表情に出さないように努めた。そのせいで不愛想な顔になっていたかもしれない。

 ベッドの隣のパイプ椅子に腰かけると、日岡さんは突然、跳ね上がるように起き上がって、僕の頬に触れた。


「……顔、どうしたの」

「どうもしてない。僕の顔はもとから変だよ」

「冗談を言っているんじゃないの!」


 初めて、日岡さんが声を荒げるのを聞いた。

 衝動的に、自分の顔から手を払いのける。もっと優しくどかしてあげたかったけれど、うまく手が動かない。

 僕の顔から日岡さんの指が離れて、どろっとした血が飛んで、布団を汚した。

 借金取りに蹴られて、殴られて、僕の顔は傷だらけになっていたのだ。


「ひどい」

「ひどくないよ。借りたお金を返すっていう、当たり前の約束を守れない僕たちが悪いんだから」

「だからって暴力は……」

「死ぬよりはましだろう?」


 日岡さんの労わりが、こそばゆく、歯がゆかった。

 僕だってこんな仕打ち、甘んじて受けているわけではない。だけれど、『マシ』なのだ。命を引き換えにするよりかは。

 今度はぼくが、泣きそうな日岡さんの頬を撫でる。ゆっくりと、起こした上半身をもう一度寝かせる。


「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」

「……男は女のアクセサリーだもの。傷物になられては困るのよ」

「そうだね」

「まぁ、今の状態じゃ、服も満足に着替えられないのだけれど」


 アクセサリー、か。せいぜい、分解されて中古屋に流されないようにするさ。

 日岡さんは、寝返りをうって、僕のいる方に背を向けた。


「来てくれてありがとう」


 言葉と裏腹に、今度は、謝っているようだった。

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