はじめて1になる

OOP(場違い)

12月1日

「あなたは何故ここに来るの雨宮あめみやくん。そんな暇があるなら働けばよいものを」


 病室に入って受けた一言目がそれであった。


 第二病棟の305号室には、僕の同級生であるところの日岡ひおかさんという女の子が寝たきり入院していて、僕は学校や仕事の帰りにはいつもそこに寄ることにしていた。

 僕は家庭が借金地獄で死にそう。彼女は病気で死にそう。

 死にそうどうしのシンパシーが僕たちを引き寄せているのかもしれないね。そんなことをいつか言ったが、その日はそれきり日岡さんがそっぽを向いて口をきいてくれなくなったので、二度と言わないようにしている。


「18になったからな。夜の方が稼げるんだよ」

「だから昼はサボるのね。甘いわね」

「甘いの?」

「甘すぎるわ。1年前に自殺しようと思って口に含んだ食器用洗剤くらい甘いわね」

「笑えない例えはやめてくれないかな。分かんないし」

「あら。雨宮くんも、そろそろでしょう?」


 何がそろそろなんだろうか。少なくともこんな女よりは長く生きてやるつもりなので、僕はとぼけたように、何のことかと返しておいた。

 ここまで来る道は雪で真っ白だったが、この病室はそれ以上に真っ白だ。うすいピンクのカーテンだけが色と呼べる色。

 病院が流行っていないのはこの街にとってよいことなのだろうが、この真っ白な病室にはベッドが3つもあるというのに、この部屋の入院患者は日岡さん1人だけ。


「1人しかいないのに、この病室、いやに広いね。寂しくないの?」


 僕はできるだけさりげなく言った。

 2人とも可哀想な境遇であるがゆえ、可哀想がられることが嫌いだった。だから、発する言葉にはできるだけ悲しい意味を込めないようにしていた。


「毎日のように違う男が来るから寂しくないわ。うっふん」

「春は遠いね」

「今のはどういう意味で言ったのかしら雨宮くん。場合によっては法的措置も辞さない構えなのだけれど」


 季節的な意味が2割だよ。残りの8割は開示しないけれど。


「冗談は置いておいて。たしかに寂しいわね、部屋の中を見ても真っ白だし、今の季節は外を見ても真っ白だし。白というのは色の中で最も面白みに欠ける色だと思うのよ、面いという漢字の中に入っているにも関わらず」

「日岡さんは何色が好き?」

「赤ね。ナースさんに、この部屋を真っ赤なペンキで染めてくれないか頼んだこともあるわ」

「あ、分かった。シンナーで嫌な気分を吹っ飛ばしたかったんだね」

「ご名答」


 あっはっは、と2人で乾いた笑いを発する。部屋の色と対極のブラックジョークが、僕たちの心を和ませる。


 僕は彼女の病気をよく知らないけれど。彼女は僕の事情をよく知らないけれど。お互い、聞こうともしないけれど。

 それでもお互い、好きだった。


 そんな日々が、1年ぐらい続いていた。


「…………」

「大丈夫? 雨宮くん」

「……ああ、悪い。ちょっと眠気が」

「寝顔が気持ち悪いから早く帰ってもらえるかしら」

「……悪い、ありがとう」


 心配そうに眉を下げながら悪態をつかれた。

 僕は大人しく、おぼつかない足取りで病室を出た。

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