第二百五十一話 死神の墜ちてきた日①

「こんなもんを使って相手の動揺を誘おうだなんて全能神も大したことないな」

「まったくね。わたしとべんりくんのコンビなら。この先も余裕でクリアできるわね」


 偽ローリンを倒し次の部屋への扉へ進むと俺とソフィリーナは意気揚々と乗り込む。扉を開けるとそこは外であった。


「なんだよここ? 俺達塔を上って来たんだよな? なんで地上に出てるんだ?」

「ちょっとあれ? べんりくんあれ見てっ!」


 ソフィリーナに襟を引っ張られてそちらを向くと、目の前にはぽっぴんの故郷で見た様な古代遺跡の建物群が広がっていた。

 それは街であった。舗装された道路に、近代建築物によく似たビル、道には沢山の人々が溢れ、自動車も走っている。


「なあこれって……」

「ええ、たぶんこれはシンドラントの街だと思う。全能神が作り出した幻映だろうけど」

「でもこれ、触れるぜ?」


 俺は脇にあった商店の軒先にあるワゴンの中から、ハンドスピナーみたいな商品を手に取ってくるくると回した。するとそれを遠くで見ていた幼女が駆け寄ってきて俺に言う。


「むむっ! それはまりょくがないとはつどうしましぇんよ」

「え? そうなの? て言うか、どっかで聞いたことのある口調だな」


 俺が訝しげな顔をしていると、幼女は俺の手からハンドスピナーみたいな物をとりあげて指の上で回す。するとハンドスピナーは宙を浮きその場で止まっていた。


「おおっ! すげえっ! どうやってんのそれ?」

「こういうこともできましゅよ」


 その子が両手の人差し指を立てながら指揮者の様に手を振ると、ハンドスピナーはまるでドローンの様に空を飛び回った。なるほど、これは魔力で操るラジコンヘリみたいなものなのかと俺は解釈した。

 ふと視線を幼女の向こうに向けると、ソフィリーナも同じように遊んでいた。おまえは子供か。


 なぜだかわからないが、どうやら俺の竜の呪いは解けているようで魔力は使えなかった。実を言うと竜力転身をしようとしたけどできなかったので、さっきはソフィリーナに任せたのだ。


 幼女が自慢げにハンドスピナーを手の平の上に着陸させると声が響く。


「プリムー、ポッピヌプリムーっ!?」


 その声に驚き俺とソフィリーナが振り返るとそこに居たのは信じられない人物であった。

 シルクの様な黒髪を靡かせ妖艶な気配を放つその少女の名を俺は呟く。


「ティ……アラちゃん」

「べんりくん、騙されないで。これは全能神の見せている幻よ」


 わかっている。わかってはいるけれど、こんなリアルな、まるで現実のような幻を見せられて普通でいられるわけがない。ここにティアラちゃんが居て、この幼女のことをそう呼んだと言うことは。


「この子がぽっぴんなの?」

「やめろソフィリーナ……。そんなことがあってたまるか。こんな、こんな天使の様な天真爛漫なかわいらしい幼女が……あんなプリン中毒のアホ賢者なわけがないっ!」


 頭を抱えて叫ぶ俺の横で幼女は不思議そうな顔をしていた。そして、ハンドスピナーを元の場所に戻すと駆け出す。


「ティアラーっ! あのおにいちゃんバカなんだよっ! まりょくもないのにマジックブレードをつかおうとしたの。ぷぷーっ! なんかこんびにとかでばいとしてそうだよねー」


 あ、ぽっぴんだ。あれぽっぴんだわ! すっげえなあいつ、幼女でもイラっとしたわぁ。マジでイラっとしたわっ!


 ティアラちゃんはぽっぴんの手を取ると俺達のことを見て軽く頭を下げた。そしてそのまま手を引いて街の喧騒の中へと消えていく。


「くっそがぁ。なんか釈然としねえわあ。なんで、コンビニでバイトしてるって言われただけで馬鹿にされたような気分になるんだろ? て言うか俺はオーナーだ馬鹿野郎おおっ!」

「いやいや、あの店はべんりくんの物じゃないでしょ」


 たとえこれが幻覚だったとしても、過去に戻ったティアラちゃんがぽっぴんのことを守ってくれていたんだと思うと、なんだかとても嬉しくなるのと同時に少し悲しくもなるのであった。


 それにしても全能神はどうしてこんな幻覚を見せたのか? わけがわからない。さっきは偽ローリンを使って、俺達が反撃できないようにと姑息な手段を使ってきたのに、今回はぽっぴんとティアラちゃんを使ってなにを企んでいるのか。そんなことを悩んでいると突如街に警報が鳴り響く。


「な、なんだ!? 火事かっ? え? 津波警報? どうすりゃいいの? ええっ!?」

「落ち着いてべんりくんっ! 冷静に周りの人達と同じ行動をしましょうっ!」


 すると周りに居た人達もなんだか最初は慌てた様子だったのだが、建物の塀沿いにしゃがむと頭を抱えて魔力の防御壁を使って身を護り始める。


「えええええええっ! 俺それできねえよおっ! ソフィリーナぁ」

「まったくしょうがないわねっ! ゴッデスウォールっ!」


 ソフィリーナに縋り付くといつもの防護壁を展開した。その瞬間、遠くの方で真っ赤な火柱があがったかと思うと、凄まじい爆音と共に衝撃波が襲う。瞬く間に街は炎と衝撃に飲み込まれ、周りに居た人々は次々とバラバラになっていった。


「う……嘘だろ? あんなの、どうしてこんな……。なあっソフィリーナっ! なんだよこれっ! あんなの人の死にかたじゃねえよっ!」

「集中できないから話しかけないでっ! うおおおおおおおおおっ!」


 最新式のギアムに女神であるソフィリーナの魔法だから、なんとか持ちこたえている状況ではあるが周りの人達はそうはいかなかった。防御壁は簡単に壊され、死の炎に飲み込まれていく。俺とソフィリーナはなにもできないまま、その光景を見ているしかできないのであった。



 そして、気が付くと目の前には瓦礫の山と、シンドラント人の死体の山が築かれているのであった。




 つづく。

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