第百六十四話 死に至る病に至るまでの病⑤

 どうしてこんなことになったんだ? こいつら本当にどうかしちまったのか? わからない、これから俺はなにをされるんだ。もういやだ誰か助けてくれっ!


「んん~、ん~っ!」


 俺は今猿轡をされて手術台の上に縛り付けられている。手足を拘束されもがく俺のことを見下ろしながらニタニタと笑う女達。


「さーてどうしようかしらぽっぴん?」

「ソフィリーナさん。やっぱりドリルですよ。ドリルこそ漢のロマンですっ! 右手にはドリルを付けましょうっ!」

「そうねえ、ローリンはどうしたい?」

「え? 私ですか? そうですね。べんりくんはあまり私のことを褒めてくれないのでその、甘い台詞を囁く機能を」


 なんの相談をしているんだこいつら? 改造か? 改造手術をしようとしているのか? 頬を染めながらなに言ってやがるんだこのJK。もう二度とおめえのことなんか褒めてやらねえからなこの怪力女があっ!


「翼も付けようよお姉ちゃん。空を飛べるようになったら便利だし。べんりさんだけに」

「それよりもべんりには、行く行くは王になって貰わなければならない。やはり王冠をだな標準装備で」

「だめーっ! べんりはまおうになるんだから、さんだんわらいのきのうをつけるのおっ!」


 ユカリスティーネとオルデリミーナも自分の要望をソフィリーナに伝える。そしてメームちゃんの言っている三段笑いとはあれだ。三流悪役がよくやる「フフフ……フハハ、フハハハハアアっ!」ってやつだ。


 こいつら他人の身体だと思って好き勝手言いやがって、おまえらの要望を全て搭載したらとんでもなくダサいメカが誕生するわ。いや、そういう問題じゃない。なんとかして逃げなくては、くっそぉ、獣王は何をしているんだ?


 するとガシャンガシャンという金属音がオペレーションルームに響き渡る。俺はその音のする方、床の方へ頭を動かし視線を送ると驚愕した。


「ハカセ、ジュンビガトトノイマシタ」

「ありがとうメカ獣王」


 そう言うとメカ獣王の背中が開きトレーに乗ったオペ道具が出てくる。ソフィリーナはそれを受け取ると手術台の上に置いた。


 嘘だろ……獣王……おまえなんて姿にされちまったんだ。AIBOみたいになってるじゃねえかよ。もう二度ともふもふできねえ体にされちまったのに、メームちゃんはそれを嘆くことすらできなくなってしまったのか……。


「さあべんりくん。どんなウィルスにも負けない頑丈な体にしてあげるわ。ついでに余った皮も切っといてあげるから感謝してね」

「むぐぅ~っ! むぐうっ!」


 くっそったれめえ、こんな状態でそんな辱めまで受けるなんて、もういっそのこと殺せえっ! くっころおおおおおおおっ!


 その時、右手を縛っていた紐が弛む。俺は無我夢中で手足を縛っている紐を解くと手術台から飛び降りて走り出した。


『マテえええエエエエええええエっ!』


 後ろからとても人間の物とは思えない声が響く、振り返ったら駄目だ。きっとあれは、あいつらは最早人間ではない、インフルエンザウィルスに侵され脳をやられたあいつらは、人としての理性を失い、そして今や人としての在り方すら捨て去ったモンスターになってしまった。

 一塊になった巨大な影の存在を背中越しに感じながら俺は懸命に走る。地上へ出れば助かるはずだ。奴も地上までは追っ手はこまい、あんな姿を見られるわけにはいかないはずだ。


 くっそぉ。異世界のインフルエンザは、人をあんな化け物に変えてしまうなんて。人間だった頃のあいつらの可愛らしい姿を思い返すと涙で視界が歪んだ。……やはり駄目だ。あいつらをあんなおぞましい姿のままにしておくことなんてできない。俺がきっちりと引導を渡してやって火葬してやろう。


 俺は昇降籠のある竪穴の所まで走ると振り返った。


 目の前には巨大なモンスターが転がりながら迫ってきている。


「来るならきやがれっ! 俺はおまえらのことを置いて一人で逃げたりなんてしねえっ!」


 そう叫ぶと一つになった肉の塊の表面に人の顔が浮かび上がる。


「ころしてえぇぇ……べんりくん、おねがぃぃぃぃ」


 次々と浮かび上がった顔達は苦しみの声を上げ俺に懇願する。わかっている、俺の手でやってやるから安心しろ、俺がおまえ達を苦しみから解放してやるっ!


 次の瞬間飛び掛かってくる化け物と一緒に俺は籠へ乗った。化け物から生える牙が俺の喉元に突き立てられる。痛みと苦しみに耐えながら俺は籠を固定していた紐を切断すると、化け物と一緒に奈落の底へと落ちて行くのであった。




「ん……うぅん」


 目を覚ますとそこはいつものバックヤード。汗でパジャマはびしょびしょになり気持ちが悪かった。喉が異常に渇いている、なにか飲みたい。俺は枕元に手を伸ばしスマホを手に取ると時間を確認した。


 11:32


 そう言えばあの化け物は、あれから一体どうなったのであろうか? 俺はあいつと一緒に……いや、あんなことがあるわけないじゃないか、どうやら熱にうなされて悪夢を見ていたようだ。

 俺は身体を起こすと枕元にあるスポーツドリンクを一気に飲み干した。


「まったく……気味の悪い夢だったぜ……そう言えば、どこからが夢だったのだろう……」


 とりあえず状況を整理して眠る前のことを思い出そうとしていると、バックヤードの扉がゆっくりと開き誰かが入ってきた。


 そして、その人物の放った言葉に俺は絶句する。



「まずは私ですべんりさん」



 おしまい。

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