第九十五話 祭りの後の後の祭り
「びんなぁぁぁぁっ! おづがれさまでじだあっ! おお~んおんおんっ!」
涙と鼻水と涎を垂らしながら号泣するエミールを前に皆がドン引きしている。感動したのはわかるがおまえ、ありとあらゆる穴から液体が出まくりじゃねえか。しかもどんどんメイクが取れて行って、元のモブ顔に戻って行く様はある意味ホラーだぞ。
全三日間三公演のプログラムを全て終えて、今は打ち上げパーティーの真っ最中、とは言っても中央広場に集まっての後夜祭、人間も魔族も混ざり合って飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
流石にもうやめろと言う横槍も入らないし、ちゃっかり騎士団の連中や兵士なんかも参加している。まあ皆本当はお祭りに参加したかったんだろうけど、アルオデリオの手前やり難かったんだろうな。真面目な奴らだぜまったく。
俺はそんなお祭りを横目に、熱気を醒まそうと中心から少し離れたベンチに腰掛けた。
まぁぶるちょこっと。のライブと、そして人間と魔族がお互い手を取り合って盛り上げたこのお祭りの熱が、まるで燻るように俺の胸を熱くさせた。
夜が明ければこの夢の時間もおしまい、またいつもの日常に戻ってしまう。
そうしたらその後はどうなるのだろう? 今は皆気持ちが昂ぶっていて誰彼構わず楽しそうにしているが、この熱が醒めてしまったら、夢から覚めてしまったら、また前までと変わらない関係に戻ってしまうのではないだろうか?
そんな不安が胸の内に芽生える。すると、数メートル先の屋台から人混みを掻き分けて二人の女の子が駆け寄ってきた。
仲良く手を繋いだその女の子達は、メームちゃんと、もう一人は誰だろう?
「べんり。ともだちできた。てぃあら」
メームちゃんに手を引かれてやってきたティアラちゃんは少し年上かな? 俺の前で恥かしそうに頭を下げる。よく出来た子だ。
「こんばんはティアラちゃん。これからもずっと、メームちゃんと仲良くしてあげてね」
「は、はい。こちらこそ、メームちゃんと末永くお付き合いさせて頂けたら嬉しいです」
そう言って頬を紅く染めるティアラちゃん。ん? なんかこの子、誰かと雰囲気似てるな? 気のせいかな? 一抹の不安を覚える俺であった。
そうして二人、手を振りながらまたお祭りへと戻っていくのを俺は笑顔で見送った。
そういや、砂時計はどうなったのだろうか?
ふとそんなことを思い出し、俺はポケットに突っ込んでいたスターサンドの砂時計を取り出して中を覗いてみる。
黒く固まった砂はいくら振ってもサラサラにはならず、ひっくり返しても落ちてこなかった。
何度かそんなことを試していると今度はソフィリーナが俺に近寄ってきて声をかける。
「なにやってんのべんりくん?」
「ちょうどよかった。おまえ、これの元に戻し方知らねえ? 砂が固まって落ちなくなっちゃったんだよ」
俺の言葉にソフィリーナは、何言ってんの? みたいな顔をすると思いもよらなかった事を俺に告げる。
「それは一度しか使えないんだけど、ユカリスに聞いてなかった?」
は? 使えない? 一度しか? え? なんだって?
突然の事に俺は頭が回らない。なにを言っているのだこいつは、じゃあなんだ? この砂時計では、もう時間を止めることはできないってことか?
冗談じゃない。これがなければメームちゃんの時の歯車をどうやって取り出すんだよ。
無理矢理取り出すのは危険だってことはリリアルミールさんに聞かされていた。だからこいつで時間を止めてやれば、安全にメームちゃんの中から取り出すことができると、そうユカリスティーネも言っていたのに。
俺は手の中の砂時計を見つめながら呟く。
「冗談だろ?」
「は? 冗談じゃないわよ。大体どう見たって使えないでしょそれ」
「冗談だろっ!」
俺が怒鳴るとソフィリーナは驚いたのか、なにも言わずにぽかーんとしていた。
「嘘だって言えよっ! いつもみたいに騙されたって俺の事をからかえよっ! それじゃあ……それじゃあ俺は自らの手で、メームちゃん……うぅぅ、あぁぁぁぁ」
取り返しのつかないことをしてしまった。俺はメームちゃんを唯一救う事のできたアイテムをあんな事の為に使ってしまったのだ。
もっと慎重に、もっと冷静になって対処していれば、そうすればこの砂時計を使う必要はなかった。全部俺の判断ミスだ。その所為で、俺はメームちゃんを助けてあげることが……。
その事実に気が付いた時に俺は絶望し、堪えきれずに嗚咽した。
先ほどのメームちゃんの笑顔が脳裏をよぎる。俺はあの笑顔を……これから沢山の人間達と友達になれたであろうメームちゃんの未来を守ってあげられなかった。そう思うと涙が止まらなかった。
「うぅぅ、あぁぁぁああああっ! あぁぁぁぁ……」
泣き声は祭りの喧騒に掻き消される。
そんな俺の横にゆっくり腰掛けるとソフィリーナは俺の頭を抱え込み優しく頭を撫でる。
「馬鹿ね。なにを泣いてるのよ。ばかね……」
俺はソフィリーナに縋り付いて子供の様に泣き続けた。そんな俺の傍にソフィリーナは居てくれるのであった。
俺が泣き止むまで、ずっと。
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