第八十三話 バック・トゥ・ザ・コンビニバイト③

 今のは……夢?


―― なにをもって現実とする? なにをもって夢とする? ――


 だって、俺の元居た世界にオルデリミーナやエミールまで居て……。


―― 元居た世界とは? ――


 それは……異世界に行く前に居た世界が元居た……世界。


―― そこが元居た世界であると、なぜそう思える? ――


 そう思うもなにも、俺はその世界から今の世界にやってきたんだ。


―― そこが始まりであったと、どうして言い切れる? ――


 なにが言いたいんだ?


―― 元居た世界が始まりであったかどうかなどわかりはしない ――


 どうして?


―― 元居た世界だと呼ぶ世界には異世界と呼ぶ世界から行ったのだから ――


 何を言っているのかよくわからない……おまえは誰なんだっ!?


―― おまえは何者なのだ? ――




「質問に質問で返すなよばかやろう……」


 呟きながら目を覚ますと薄暗い場所で俺は目を覚ました。


 目の前には満天の星空が広がる。どこかでこの光景見たことあるな? そう思いながら横になっていた身体を起こすと俺はすぐに思い出した。


 目の前には巨大な天体望遠鏡を覗く人の姿、俺はその人物の名を呼ぶ。


「ユカリスティーネさん」


 突然背後から名を呼ばれたユカリスティーネは、ビクゥッ! っと身体を揺らすと振り返り、まるで幽霊でも見たかのような表情で口をパクパクさせていた。


「ユカリスティーネさん、俺ですよ。覚えてませんか?」

「べ……べべべ、べんりさんっ!? え? なんで? どうして? な、なにやってんですか?」


 余程驚いたのだろうか、ぷるぷると震えながら事態が飲み込めない様子のユカリスティーネ。俺はとりあえず、前にここに来てからその後どうなったのかを簡単に説明するのであった。





「な、なるほど、それでは無事に戻ることができて、その後ちゃんと歯車も取り出せたと」

「それがまだ取り出せていないんです」

「は?」


 メームちゃんの胸の中にある時の歯車をまだ取り出せていないと説明すると、ユカリスティーネは、何言ってんの? みたいな顔になり固まっている。


「いやだから、まだ時の歯車はメームちゃんの身体の内に……」

「何やってたんですか今までええええっ!? え? 私、スターサンドの砂時計渡しましたよね? あれをソフィリーナに渡さなかったんですか?」

「え? 渡したけど、あいつそれっきりなんも……」

「なんでえええええええええええっ!?」


 なんでって? なにが? え? なんで?


 ユカリスティーネは酷く呆れた様子で深い溜息を吐くと説明しだした。


「あの砂時計は使用者以外の者の時間を、砂が落ち切るまでの一分間だけ止めることができるんですよ。女神であるソフィリーナであれば使い方も知っているので託したのに、なにも言ってなかったんですか?」

「ええ、なんも。それよりも妹が自分のやったことを上にチクろうとしているって憤慨してました」

「ぁぁぁぁぁぁぁ、もぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 両手で顔を覆うと消え入りそうな声を出すユカリスティーネ。よっぽど姉には苦労させられてきたんだろうな。俺もあいつには苦労させられてるよ。


 ユカリスティーネは気を取り直すと今度は怪訝顔で質問してくる。


「で? どうしてべんりさんはまたここに来てんですか?」

「さあ? また死んだのかな俺?」

「もぉぉ、自分の事なのにそれもわからないんですか? 大体ここは別に死んだ人が来る場所ではないんですよ? 私が生きているのがなによりの証拠です」


 そんなこと言われてもわからないものはわからないんだからしょうがないじゃん。


「まあそれはいいとして、ユカリスティーネさん。砂時計で時間を止めたとして、どうやってメームちゃんの内から歯車を取り出せば」

「メームさんの体内に歯車を入れたべんりさんであれば、簡単に取り出せると思いますよ。たぶん」


 マジかよ? だったらあの時そう言ってくれれば十二宮での戦いが終わった後にでもすぐに試したのに、この人も案外に意地悪だな。


「だったらそう言ってくれてれば」

「あの時はまだ私も半信半疑だったんですよ。時を止められる砂時計は使い方によってはとても危険な物です。だからあれがどういう物なのかは教えずに姉に託したのに」


 なるほどな。つまりはそれで全てを察しろよと、ユカリスティーネは言いたかったのだろうが、ソフィリーナがあまりにも鈍感すぎてまったく気が付かなかったのか……。


 そこで俺はふと別の考えが頭に浮かぶ。


「まさか……」

「どうしたんですかべんりさん?」

「いや、俺の思い過ごしかもしれないんですけど」

「はい?」

「あいつ……まさか、帰りたくないとかじゃないですよね?」


 その瞬間ユカリスティーネさんは青褪めて冷や汗を流し始める。


 あ……。さもありなん、って感じなんだねその反応は。

 大体おかしいと思ってたんだよ。あいつ普段は自分のことを女神だなんだの言って、神なんだからなんでもずるっとめろっとべろんちょお見通しだ。とか言いながら、元の世界への戻り方は知らないだとか、歯車の取り出し方は知らないだとか、肝心な所で知らぬ存ぜぬ頬っかむりなんだよな。


「で、でもまさか、元の世界に帰りたくない理由がないです」


 そう言いつつも心当たりがあるってのが見え見えだぞユカリスティーネ。


「ユカリスティーネさんのお仕事はなんですか?」

「え? 前にも言いましたけど星の観測です。まあ例えるなら国家公務員一種みたいなものです」

「超エリートですね。それにひきかえあいつは派遣社員、毎日毎日遅くまで飲んだくれるくらいにストレスの溜まる職業なんですね女神って」



 そう、あいつは現実から異世界に逃げ出したのだ。毎日飲んで食っちゃ寝を繰り返すだけの日々を送れる異世界ライフが楽しすぎて、もう現実世界に帰りたくなくなったのだろう。


 その事実に気が付くと、俺とユカリスティーネさんは、あまりにもあいつが不憫でならなくて涙を流すのであった。



 つづく。

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