第八十一話 バック・トゥ・ザ・コンビニバイト①
それにしても、人間達がこれほどまでに魔族を嫌っているとは思いもしなかった。
あっちの世界の漫画やアニメなんかだと、魔族は悪い奴らで魔物を従えて人間の世界を征服しようとしている。みたいなイメージがあるけど、はっきり言ってこっちの世界の魔族達はそんなこともない。普段は気の良い奴らばかりだ。
じゃあなんでダンジョンでモンスターが冒険者達に襲い掛かっていたのかって? そりゃあ自分ちに土足で上がり込んできて、金品をかっぱらって行こうとする奴らがいたらぶん殴るだろ? そう言う事だ。
まあそんなこんなで、最近では冒険者達の活動はもっぱら魔族達も未開拓の部分のダンジョン探索になっている。
「おーいべんりーっ! やってるかー!?」
そう言いながらやって来たのは常連客の冒険者達であった。
「おーう、遅かったなぁ。まだ祭りは始まったばかりだから楽しんでってくれよ」
「それにしても、舞歌祭を盛り上げようだなんておまえも奇特な奴だよな。じじい連中がコロコロ死んで行ってからは廃れていく一方の祭りだったんだぜ?」
「温故知新、古きをたずねて新しきを知ると言う言葉を知らんのかね君達は?」
「なんだよそれ?」
そりゃあこっちの世界の奴らが知るわけがないよな。
俺はしたり顔で頭の悪そうな顔をしている有象無象の冒険者達に説教をしてやる。
「いいか? 古い物ってのはな、先人達がそれはそれは長い時間をかけて積み重ねてきた経験や知識が凝縮された結晶なんだよ。その歴史を学ぶことによってまた新しい見識が生まれて人と言うものは成長、進化していくものなのだよ!」
俺の弁舌に「おー!」と感嘆の声が上がりパチパチと拍手が沸き起こった。
「はいはい、そんなつまらない話はいいからっ! 皆っ! 祭りはやるからには徹底的に盛り上げないと駄目だよっ!」
大声を張り上げながら手をパンパンと叩きやってきたのは居酒屋のマリーさん。
せっかく魔族達が屋台で美味い食いもんを振る舞っているのに、酒がないなんて盛り上がらないだろうと出張居酒屋を開くと意気込んでやって来たのだ。
マリーさんが酒を売り始めるとそこら中で冒険者達による宴会が始まる。
飲み始めたら当然。酒の肴、ツマミが欲しくなるので魔族達の屋台は一気に賑わい始めるのであった。
「おい、にいちゃん。おめえずいぶんとモフモフじゃねえか? そんな毛深くて暑くないのか?」
「失礼な。私はこれでも魔闘神の一人、アルパ・カシーノですよ。口を慎みなさい。ぺっ」
「おうおう、まあいいからその串焼き五本くれよ」
「毎度ありっ!」
アルパカも屋台をがんばっている。しかし食品を売っているのに頻繁に唾を吐くのはやめたほうがいいぞ。
「きゃー、眼鏡さーん」
「眼鏡さんこっち向いて―っ!」
「めがねええええええっ!」
向こうの方で女冒険者達から黄色い歓声を受けているのは眼鏡星人ことビゲイニアだ。
まあ、あいつはイケメンだから女子人気も高いだろうが、それにしてもニックネームが眼鏡だなんて本当は苛められてんじゃないのかあいつ?
「おうっ、兄ちゃん、いい上腕筋してるじゃねえか? 俺とこいつで勝負してみないか?」
そう言いながら腕っぷし自慢の冒険者がアニキの前に酒樽を置いてその上に肘を突いた。
「ほぉ? いいだろう、この俺の光速拳を前に、おまえの筋肉など意味を為さないことを教えてやろう」
そう言ってアニキは挑戦を受けるのだが、腕相撲に光速拳も糞もないだろう。相手を殴った時点で失格だからな?
「やめてくださいっ! こっちに来ないでくださいっ!」
「なぜですかお姉様っ!? 私が口移しでお姉様にこの氷菓子を食べさせてあげますわっ!」
「いらないです必要ないですやめて来ないでやめて来ないでやめてえええええっ!」
向こうの方ではエカチェリーネがアイスを咥えながら、ローリンのことをかなり危ない目で追いかけ回していた。
元々冒険者達はモンスターや魔族を見るのは初めてではないので一般市民に比べて慣れているというのもあるが、なんだかんだで始まってしまえばこうやって人間も魔族も、同じ時間同じ場所で、同じものを食って飲んで、同じように笑う事ができるんだ。
賑わう広場を見渡しながら俺は自分の口元が綻んできているのがわかった。
そして俺の右手を誰かがそっと握るのを感じる。
「メームちゃん?」
メームちゃんは俺の手をキュッと握りしめると微笑んだ。そしてその反対側には同じ様にメームちゃんと手を繋いだリリアルミールさんの姿。
「べんりさん。私はこうやって、魔族と人間が共に笑いあえる日が来ることをずっと夢見てきました。今はまだ、ほんの一握りの小さな夢かもしれませんけれど、いつしかもっと大きな夢になれば良いと思っております」
「リリアルミールさん……」
リリアルミールさんの横顔を見つめながら、俺はその表情からは嬉し気でありながらどこか悲し気でそして儚げな、そんな感情を読み取るのであった。
「はい……俺も……まだ俺も、これは初めの一歩だと思っています。ここからもっともっと大きな一歩を踏み出せれば、必ずリリアルミールさんの……いえ、俺達の夢は叶えられると思いますっ!」
笑顔でそう言うとリリアルミールさんも笑顔で返してくれるのであった。
そしてメームちゃんに手を引かれて俺達は皆の輪の中に入って行った。
最高の時間を、最高の思い出を、今俺はこの時をめいっぱい楽しもうと……。
その時、目の前の視界が歪む。
ドックンっ!
―― なんだ? ――
ドックンっ!
―― 胸が……苦しい ――
―― べんりっ! しっかりしてべんりっ!! お願い目を開けてよべんりっ! ――
誰かの俺を呼ぶ声が聞こえる。そう言えばこんなの前にもあったよな?
そのまま俺の意識は深い闇の中へと落ちて行くのであった。
つづく。
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