第四章 帝国アイドル育成プロジェクト
第六十八話 眼鏡の奥のアイドルマスター①
「文化祭?」
俺の言葉に眉尻を吊り上げこめかみをピクピクさせているジュリア・レギンス騎士団長。もとい今は、オルデ・リミーナ・ジュリア・ファン・レギンス第五皇女。
開店と同時に現れた彼女は相談があると半ば強引に俺をバックヤードに連れ込み監禁。嫌がる俺にイタズラを……じゃなかった。その相談の内容を聞いているところだ。
「
はいはい、もう突っ込むのもめんどくさいわ。たぶん
「ぶかさい? なにそれ? 部下がサイなの?」
「ちがう。近日催される予定の舞踊と歌の祭りのことだ」
「ほうほう、それでそれで?」
なんかまたおかしなことを言い始めたので、俺は漫画を読みながら適当にその話を聞き流そうとするのだが、オルデリミーナ皇女は俺の胸倉を掴みあげメンチを切りながら説明を始める。
「いいか? よく聞けよ? 皇女殿下自らがご説明するんだからな? ありがたく聞けよ? 下郎」
「自分で殿下とかありがたいとか言うと威厳が落ちるぞっ! ソフィリーナみたいになるぞおっ!」
くっ! 俺は絶対権力には屈しないからな! 国家の横暴には絶対に負けないぞ! と反抗を試みるのだがやっぱり怖いのでとりあえず正座して話を聞くことにした。
「舞歌祭とは、元々は戦神に巫女達が捧げる舞や歌が起源とされていて、戦場に赴く騎士や兵士達に武運があるようにと行われていたものだ。それがいつしか臣民たちの間にも広まり、神や精霊への感謝の意、或いは家族や恋人達の無病息災を祈願する為の祭りへと形を変えていったものだ」
「ふーん、長い説明台詞ご苦労様。で? それと俺に相談ってなんの関係があるの?」
待っていましたとばかりにオルデリミーナが身を乗り出すと、後ろに結っている赤毛の三つ編みが揺れる。
「ローリンから聞いたぞ! コンビニエンスストアとは、クライアントの言う事をなんでも聞いてくれる“便利なお店”と言う意味らしいなっ!」
はい違います。便利なお店という部分は合っていますけど、なんでも言う事は聞きません。お金さえ払えば従業員がなんでも言う事を聞くなんて思い上がるなよお客様よぉ!?
そんなことはお構いなしにオルデリミーナは鼻息を荒げながら興奮した様子で続ける。
「そこでだ。おまえにはある頼み事があってな」
「な、なんでしょう? 嫌な予感しかしないんだけど」
「まあそう言うな。とりあえず、会って貰いたい人物がいる」
「えー、めんどくさいなぁ。俺人見知りだしぃ? 知らない人と会うのは嫌だなぁ」
もう完全にめんどくさいです。外に出たくないです。というオーラを満々に放っているのに、今から行こうさっそく行こうと俺を引き摺って行くオルデリミーナ。この人相変わらず人の話を気かないよね。空耳よりも
涙を流しながら引き摺られていく俺の姿を、ソフィリーナとぽっぴんは楽しそうな顔で見送るのであった。
「は、初めまして、わ……わたしは、その……エミー……もにょもにょもにょ~」
喫茶店に入ると、予め待ち合わせていたのだろう。
既に女性の座っているテーブルへとつく俺とオルデリミーナ。なぜかオルデリミーナは俺の横、向こうに座れよ狭いな。
「もう、エミール。あなたは、そんな風に人見知りだからこんなことになってしまっているのよ」
「ご……ごめんなさい、皇女殿下。でも……」
瓶底眼鏡をかけたそばかす顔の如何にも芋っぽい感じのお嬢さん。エミールと呼ばれた女の子は眼鏡越しに上目使いで俺のことを見ながらモジモジとしている。
その姿にオルデリミーナは呆れ顔で深い溜息を吐くと代わりに説明を始めた。
「べんり。彼女は私の親友のエミール・ホノカス・ユーチューンだ。こう見えて彼女は我が騎士団の副団長をしている大変優秀な騎士でもあるのだぞ」
へー。見るからに鈍くさそうな感じなんだけど、絶対にオルデリミーナ皇女の我儘に付き合わされて渋々やってるんだろそれ。とは思うが口にはしない。
「実はな。彼女は舞歌祭実行委員を務めているのだがここ数年パッとしなくてな。皆、嫌々と言うわけではないのだが、近年舞歌祭もマンネリ化が進んでるけど伝統ある祭りだから仕方なく続けている。そんな空気が蔓延してきていてな」
「ふーん。まああれだな。ずーっと昔からある商店街のお祭りだから続けてるけど、年々来客数が減っているみたいな感じか」
「よくはわからないが、まあおまえの中で噛み砕くとそんな感じならそうなんだろう」
そしてオルデリミーナは「コホン」と一つ咳払いをすると意を決したかのように言う。
「そこでおまえに相談と言うのは! このままでは舞歌祭がなくなってしまうかもしれない、であるからなんとしてもそれを阻止する為にエミールに手を貸してもらえないだろうかっ!?」
「嫌です」
俺の即答に一瞬なにを言われたのか理解できないオルデリミーナはきょとんとしているのだが、次第に顔を真っ赤にして怒り出す。
「なぜだっ! この冷血漢めっ! こうやって人が頭を下げて助けを乞うているのに、おまえは悪魔かあっ!」
いやいや、全然頭下げてないじゃん。俺、首根っこ掴まれてここまで引き摺られてきたんだけど。
「んなこと言っても、手を貸すもなにも舞歌祭ってのがなにか俺は知らないし」
「だから先ほど説明しただろうっ! 女が踊りながら歌うお祭りだとっ!」
ほほぉ、それはつまりあれか? なるほどなぁ、そう言う感じですかははぁん。
「なんだよ? 要するにあれか? アイドルみたいなことをやるってことか?」
「アイドル? なんだそれはっ!? おまえの言う事はいつもよくわからない。とにかく、エミールはこう見えて歌と踊りは得意なのだっ! おまえの助けでなんとかすることはできないだろうか?」
なんなんだよ。なんで言葉は通じるのに特定の単語は通じないんだよ。絶対わざとだろこいつ。
「えー、女が友達を褒める時って大抵その逆だしなぁ」
「あああああっ! おまえはどうしてそう穿った物の見方しかできんのだああっ!」
そんな感じで俺とオルデリミーナが口論をしているとエミールさんが口を開く。
「あ……あの、私は、その……」
そうして徐に眼鏡を外すと、彼女の素顔に俺は声をだすこともできなかった。
つづく。
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