第六十三話 未来が繋げた二人の出会い、皆の運命

「はい、あーん」


 俺は口元に運ばれてきたピザを頬張る。とろーりとろけて口の中に広がるチーズの香りと、甘酸っぱいトマトソースの味が絶妙にマッチしている。


 それにしても食べさせてくれるのはいいが、異常に密着してくる為さっきから腕におっぱいが当たってるんだよね。いや、これは当ててんのか? なんにしてもその柔らかい感触に俺の表情筋は緩みっぱなしだ。


「だめーーーっ! べんりにはめーむがたべさせるのおっ! ママはあっち行ってよーっ!」


 その様子を見ていたメームちゃんが逆サイドから俺に攻撃を仕掛けてくる。

 チキンのもも肉をグイグイと俺の口、と言うか顔に押し合てて食べさせようとしてくれているのか、抗議の意思を示しているのかもうよくわからない状態だ。


「えー? でもぉ、ママもべんりさんに食べさせてあげたいんだけどなぁ」

「だめっ! べんりはめーむのなのっ! ママはもうだめーーーーっ!」

「でもぉ、べんりさんはママにプロポーズしてくれたのよ? 婚約者なんだからいいじゃない」

「いやあああああああああっ!」


 人妻と幼女による両サイドからの攻撃に、これはなんと呼ぶべきなのか? 母娘丼ならぬ母娘サンド、しかも超美人母娘なんだからここは地下ダンジョンでありながら天国なのか? 俺天国来ちゃった? やったねっ!



 さてさて今はどういう状況なのかと言うと、打ち上げパーティーの真っ最中であったりする。


 十二宮を守護する魔闘神達との戦いに勝利し、全ての宮を越えて満身創痍の身体を引きづりながらも、ようやく魔王でありメームちゃんの実の母親でもあるリリアルミールさんに会うことが出来た俺は、メームちゃんとの結婚を許可してもらおうとしたのだが、そこでとんだ行き違いがあったわけだ。


 掠れる声で「メームちゃんと結婚さしてください」と言ったつもりなのだが、「結婚……して……ください」と途切れ途切れに言っていたらしい。

 そしてなぜか、俺の突然の求婚をリリアルミールさんは承諾、いやむしろ待ってましたとばかりに二つ返事でOKすると言う超展開によって戦いは終わったのである。




「ちょっとちょっとべんりくんっ! ねえこれ食べたこれ? めちゃめちゃ美味しいわよこれえっ! この日本酒とすごい合う」


 いい感じに出来上がってきているソフィリーナが皿いっぱいに盛ったぷるんとしたなにか、透明のわらびもちみたいな物を見て俺は嫌な想像をしてしまう。

 ソフィリーナはそいつを刺身みたいにわさび醤油をつけて食べているのだが、あれって……いや、やめておこう、世の中には知らない方がいいこともあるんだ。


「おっねえっさま~ん❤」


 向こうの方でそう叫びながらローリンに飛びついているのはエカチェリーネだった。

 ローリンとの戦いできつーい一発を喰らったエカチェリーネは、そこでなにかに目覚めたらしくローリンにべた惚れ、17歳の小娘に300歳のババアが猫撫で声で絡みつく様は奇妙な光景だな。


「そ、その呼び方はやめてください」

「何故ですかお姉様? 私は、お姉様のその強さに魅了されてしまったのです。だからお姉様と呼ばせてください」

「や、やめてくださいっ! 纏わりつかないでくださいっ!」

「あぁん、お姉様のいけずぅっ!」


 まあいいや、あの二人はもう放っておこう。


 ぽっぴんはお得意の魔法を使って宴会芸を披露しているようなのだが、加減が出来ないので魔法を唱える度にギャラリーが巻き込まれるという有様だ。


「それにしても……」

「どうしたんですか? べんりさん」

「いや、リリアルミールさん。まさかあれが全部、俺を試すためのドッキリだったなんて、想像もしませんでしたよ」


 苦笑する俺に、にっこりと笑い返すと手にしていたシャンパングラスを傾けるリリアルミールさん、頬が少し上気して湿った唇がとてもエロティックであった。


 そう、メームちゃんが俺の店に現れてから、魔王の間に辿り着くまでの流れが全て仕込みだったと言うのだから驚きである。

 それもこれも、15年前にメームちゃんが死の淵から回復してから、ずっと言っていた未来からやって来たと言う婚約者の話。

 それを皆半信半疑で聞いていたのだが、半年前に俺達がこのダンジョンの15階層にコンビニごと現れて、俺の姿を見たメームちゃんが遂に会うことができたと、約束通り15年後に会いに来てくれたと大騒ぎしたから驚いたというのだ。

 それから数か月かけて俺の動向を監視し、本当に俺がメームちゃんの言う未来の婚約者であるのか見定めつつ、メームちゃんの婚約者として相応しいかどうかを試すためのゲームだったらしい。

 もちろん犠牲者がでないようにと最善のバックアップを取っていたと言うのだから、今回のこの一大イベントに懸ける魔族やモンスターの皆さんの熱意は並々ならぬものがあったのに違いない。馬鹿だろうこいつら。


「それにしても……破壊王と獣王と大神官は残念でした」


 俺の言葉に悲しげな表情をして俯くリリアルミール。いくらバックアップが完璧だったとはいえ、ローリンの必殺技を喰らった破壊王と獣王、そして成人化したメームちゃんを相手にした大神官ビゲイニアは無事では済まなかった。


「彼らの忠誠心を私は決して忘れません」


 宴会場の片隅に置かれたポスターサイズに引き伸ばされた三人の写真を見てリリアルミールはそう呟いた。


「いやいやいや、死んでませんから? 生きてますから? まあ全力のメイムノーム様の攻撃を喰らって死ぬかと思いましたけどね。自腹でパワビタンを何本も買っておいて正解でした」


 新しい眼鏡を中指でくいくいと上げながらビゲイニアが近寄ってくる。

 破壊王と獣王もパワビタンのおかげで無事のようだ。即死しなかったのは流石、魔闘神と四貴死と言う肩書きは伊達ではなかったようだ。


「なんだ? 新しい眼鏡星人にまた体を乗っ取られたのか?」

「あなたもしつこいですねそのネタ、まあいいです。魔王様、そろそろよろしいでしょうか?」


 ビゲイニアの言葉にリリアルミールさんは頷くと立ち上がる。

 その姿に今までどんちゃん騒ぎしていた連中は静まり返ると、全員がその場に片膝を突き頭を下げた。


「皆の者、この度の働きは大儀でありました。我が娘メイムノームの為に皆がここまで尽くしてくれたことを感謝いたします。城を追われ、このダンジョンに潜ってからの生活は皆苦労が絶えなかったかと思います」


 その言葉にローリンが立ち上がろうとするのだが、リリアルミールさんはそれを目で制止する。


「それでも私はこう思います。きっとこれが運命さだめだったのでしょう。こうして魔族と人間、そして女神が、メイムノームの為に心を一つにしたことがなによりの証拠です。私達はそうやって手を取り合うことができるのです」


 そう言いながらリリアルミールさんは微笑む。きっとそれはローリンに向かってだ。

 ローリンは俯きなにか呟いている、その姿は泣いているようにも笑っているようにも見えた。もうあの件はこれで、全て水に流したと考えていいだろう。

 これからは魔族達もローリンも、過去に捉われず未来まえを向いていくべきなのだ。


 そしてリリアルミールさんは続ける。


「そして私は巡り合いました。運命の人に。私は結婚します。べんりさんとっ!」



 その言葉に、この場に居る全員が固まる。

 メームちゃんの恋路を後押しする為に今回の茶番を計画したのに、なぜかそのお相手と母親が結婚すると言いだしたのだから当然だ。


「ちがあああうのおおおっ! べんりはめーむとけっこんするのおおおっ!」

「えー、メイちゃんはまだお子ちゃまだからダメよぉ、だからママが先に結婚するの」

「だめええええええええええっ!!」



 こうして、魔王母娘と俺による三角関係トライアングラー、というオチで今回は幕引きと相なるのでした。

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