第五十六話 時をかけるバイト③
そんな……だって、俺達は……それをメームちゃんの中から取り出す為に……どうして、そんな……そんな。
「そんな……こと……俺にはできない」
「それでも、あなたがやるしかありません」
ユカリスティーネの言葉が冷たく俺の胸に突き刺さる。
「そんなことはできないっ! これの所為でメームちゃんは死んでしまうかもしれないんだぞっ! その所為でメームちゃんのお母さんも、リサもシータさんもっ! 皆が心配して心を痛めて悩んでいるのにっ! どうして……どうしてそんな残酷な……なんで俺が」
彼女を責めてもしょうがないことはわかっている。しかしそれでも言わずにはいられなかった。
落ち込む俺の元に近寄ってくると、ユカリスティーネは俺の頭を抱き寄せて優しく頭を撫でた。
「あなたは優しい方なのですね。だからこそ、あなたの元にはそうやって色んな方が集まってくるのでしょう」
彼女の柔らかい胸に包まれ体温と鼓動を感じるとなぜだかすごく心地よくて、おかげで俺は落ち着きを取り戻していた。
「すいません。急に怒鳴ったりして」
「いいんですよ。落ち着きましたか?」
「はい。ありがとうございます」
ユカリスティーネは微笑むとゆっくり手を差し出す。なにか握っているようなのだが、俺は受け取るとそれは小さな砂時計であった。
「それはスターサンドで作った砂時計です」
「スターサンド?」
「はい。星の廻りと言うのは時の流れを現していると言います。こうやって長い間星空を眺めていると、いつしか未来の事まで見えてくるようになったりするのですよ」
「え? マジで!?」
未来予測ができるのかよ。まあ星占いってのがあるように、大昔の人は星の動きで天災であるとか、或いは人の生き死に、大きな事件事故なんかを予測していたらしいが、あながち嘘ではないのかもしれない。
俺が驚きユカリスティーネを見つめていると彼女は悪戯な笑みを浮かべて言う。
「ふふ。嘘です」
なんだ嘘かよっ!
「でも、星が生まれ落ちて燃え尽き消えていく。そんな光景を見ていると、運命ってものも信じられるような気がするんです。あなたとメームさんの出会い。それはきっと、そんな運命なのかもしれません」
「ユカリスティーネさん……」
俺は彼女の言葉に笑顔で返した。
「さて、それを姉に渡してみてください。きっとなにかの役に立つでしょう。そして今はメームさんの中に時の歯車を戻すことだけを考えてください」
「とは言ってもどうすればいいんですか?」
戻すと言っても、確かビゲイニアの話では15年前にメームちゃんの部屋に流れ星が落ちてその時にたぶん時の歯車が入ったのだと、それで重傷を負ってメームちゃんは生死の境を彷徨ったと言っていた。
いや待てよ……。
さっき見たあの光景はもしかしたら……。
「べんりさん。あなたが手にしているのは時の歯車です。そして今のあなたは幽体のようなもの、魂には時間も距離も関係ありません。あなたが強く思い願ったその場所へ行くことが可能です」
そうか……だったら、だとしたら俺が行くべき時代、行くべき場所はもう決まっている。
俺はユカリスティーネの眼を見つめながら力強く頷くと大きく息を吸い吐いた。
「行ってきますユカリスティーネさんっ! 色々ありがとうございました」
「はい。姉にもよろしくお伝えくださいましね」
笑顔で手を振るユカリスティーネに手を振りかえすと俺の視界は眩い光に包まれた。
「そこに……居るのは……誰だ?」
ベッドの上に横たわり弱々しい声をあげる女性に近づくと、俺はそっと額に手を当てる。
「おまえは……何者だ」
「突然ごめんね。メームちゃん」
「メーム? 我の名はメイムノームだ……おまえは、我の命を取りに来た刺客か?」
その言葉に俺はゆっくりと首を横に振り優しく告げる。
「信じられないかもしれないけれど、俺は未来から来た君の婚約者だ」
「未来から? ははは……世迷言を……死の淵にある我を愚弄しにでもきたのか?」
そう言う彼女の手を俺は優しく、それでいて力強く握りしめる。
「君のことを助けたい」
俺は手を握りながらじっとメームちゃんの眼を見つめる。
すると、酷く弱々しい力ではあるがメームちゃんが俺の手を握り返してきた。
「不思議だな……どこの何者かはわからないが、突然我の前に現れて……未来の婚約者だと言う者の戯言が……どうしてこうも胸に響くのか……」
そう言いながら俺の眼を見つめ返すメームちゃんの眼には、先程までとは違い力強い光が灯っているように感じた。
「おまえからは……どこか懐かしい……いや、まるで我がもう一人、おまえの中にいるような。そんな気配を感じる……」
「メームちゃん、俺のことを信じてくれるかい?」
問い掛ける言葉に、メームちゃんはそっと目を瞑ると小さく頷いた。
「どうせもう、この体は長くはもたない……おまえにこの身とこの命、任せてみよう」
「絶対に、救ってみせるよ。過去も未来も、そして
俺は時の歯車を取り出すとメームちゃんの胸にそっと押し当てた。
その瞬間、眩い虹色の光を放ちメームちゃんの胸に吸い込まれていく歯車。
まるで時間が、メームちゃんの時間だけが巻き戻されるかのように、みるみるうちに傷が塞がり消えていく。
「これは? おまえは……いったい……」
驚き呆けているメームちゃんに俺は一時の別れを告げた。
「また、15年後の未来で会おう」
―― べんりくん! べんりっ! 起きてよぉっ! べんりぃっ! ――
―― べんりくん! 死なないでくださいべんりくんっ! 私と一緒に元の世界に帰るんでしょっ! べんりくんっ! ――
―― べんりさんっ! 許しませんよっ! あなたがいなくなったら私はどうやって大賢者になればいいのですかっ! ――
皆が俺を呼ぶ声が聞こえる。おいおい、なんですか? 俺大人気じゃないですか。そんなに皆俺のことを……。
ゆっくりと目を開けると誰かが俺の顔を覗き込んでいた。
「メー……ム……ちゃん?」
「べんり。帰ってきた」
どうやらメームちゃんが膝枕をしていてくれたらしい。俺が目を覚ますとソフィリーナ、ローリン、ぽっぴんも顔を覗きこみ大泣きしていた。
「ばかああああああっ! あんた……なに勝手に死んで勝手に生き返ってるのよばかああっ!」
なに無茶苦茶なことを言ってるんだこの駄女神が、おまえの所為で散々だったんだよまったく。
「うわぁぁぁぁん。よかったです。よかったですぅぅぅぅ! 私……わたし……うぇぇぇぇぇん」
もうお前は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだなローリン。ヅラ取れてんぞ。
「心配させやがって! 帰ったらプリン百個ですからねっ! べんりさんのおごりですからねっ!」
泣きながらプリンをねだるんじゃねえ。百個も食えねえだろ。
まったくもって騒がしい奴らだオチオチ死んでもいられない。まあでも、こんだけ心配してくれてたんだから悪い気分ではないな。
そして俺はメームちゃんに膝枕されながら彼女を見上げる。
「メームちゃん……俺は……お……れ……ごめん……うぅ」
涙が溢れそうになる、俺は両腕で顔を覆うと漏れそうになる声を殺した。
そんな俺の頭を優しく撫でると、メームちゃんは俺に笑いかけてくれた。
「やっと会えたね。おかえり、我の命の恩人。ありがとう、べんり」
その瞬間、俺は人目も憚らずにメームちゃんに縋り付き声を上げて泣いたのであった。
つづく。
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