第五十二話 沙羅双樹の花びら回転③

 俺はそれでも構わない。


 おまえ女だったのか―っ!? 展開とは逆。


 おまえ男だったのか―っ!? だったけど気にしない。


 見た目がかわいい女の子であれば、前尻尾が付いていようが付いていまいがそれは些細なことだ。


「俺はそんなことは気にしない……いや、だからこそシータさんにお聞きしたいことがありますっ!!」

「え? な、なんでしょうか?」


 そう、俺がこれからシータさんに聞こうとしていることは、ひょっとしたらこれこそが人という生物の真理なのかもしれない。

 肉体の現す男女間の違いなどは所詮記号に過ぎない、染色体を眺めてこっちは男でこっちは女だからこっちが好き、なんて言うのと一緒である。

 だからこそ俺は、今一度問おう! 人が人を好きになると言う事がどういうことであるのかをっ!


「例え肉体が男であっても、シータさんの心は! 魂はっ! 乙女ですかっ!?」

「はい。私は乙女ガールです」

「ならよしっ!!」


 俺はサムズアップして見せるのだがその瞬間、外野から罵声が飛び交う。


「ならよしっ! じゃねええええええええっ! 鼻血垂らしながら気持ち悪いんだよこの変態やろううううっ!!」

「うぅぅぅぅぅ……私、べんりくんはてっきり女の子が好きなんだと思っていました。実はそう言う人だったんですね」

「むむ……これには流石の私もドン引きです。まあでも、過去の英傑や偉人には男色家が多いとも聞きますし、もしかしたらべんりさんも後世に名を残すかもしれませんね。大賢者の私に倒された変態として」


 ふん、最早俺にはあいつらはY染色体を持たない記号にしか見えていない。

 XYの肉体に乙女な魂を持つシータさんこそが至高の存在であるのだ。これはZと乙をかけている高度なネタであるのだが、自分でもそれほど上手いとは思ってないからあまり触れないで欲しい。


 シータさんは頬も上気し、熱い眼差しで俺のことを見つめている。どうやら俺の魂の叫びに乙女心をくすぐられたのかもしれない。

 これはいける、このまま落とせば今夜あたりには完全に男女の関係にもつれ込める確率は高くなった。


 そして俺は男の娘で童貞を捨て、高潔なる存在のまま天に召されるのであろう。


 その時、俺は自分の身体が宙に浮くようなそんな感覚に見舞われる。実際俺の視界は天地が逆になり、直後背中に強い衝撃を受けた。


「かっ……はっ!」


 背中を打った俺は息が詰まり昏倒しそうになるのだが、なんとか意識を現実へと繋ぎとめる。

 そして眩んでいた視界が元に戻るとメームちゃんが俺に馬乗りになっていた。


「メ……メームちゃ……ムグぅ!?」


 メームちゃんの唇が俺の口を塞ぐ、一体なにを? 混乱する俺にはお構いなしにメームちゃんの舌が俺の唇を割って入って来た。


 幼女とベロチュー。


 しかし俺には現実世界だったら完全にアウトなこの状況も楽しむ余裕はなかった。


 メームちゃんと唇を重ね、舌を絡める度にどんどん体の力が抜けていく、これは別にチューが気持ちよくて体の力が抜けちゃう~らめぇぇぇぇってなっているわけではない。

 本当に体に力が入らないのだ。それに、物凄い疲労感が全身を覆っていく、いや……これは……これって、このままだと俺死ぬんじゃね? マジでこのキスやばい、これ魂みたいの吸われてね?


 そう思っているとメームちゃんは唇を離し俺を見下ろした。

 その眼光はとても鋭く冷たく、これまでの可愛いメームちゃんからは想像できない程に冷酷な目であった。


「シッタシータ……我の所有物に手を出そうなどとは、随分と舐めてくれたものだな」

「あら? メーム様……いいえ、今はメイムノーム様かしら?」


 な、なんだ? なにが起きている? くそぉ、起き上がれないから見ることができねえ。


「ベンリ、言ったはずだ。おまえは我のものであると、今日はそれくらいにしておいてやるが、今度また浮気をしようなどと考えた時は命がないものと思え」


 これは? メームちゃんが言っているのか? 一体なにがどうなっているんだ? 誰か教えてえっ!


 ここから先は、俺はまったく見えないので状況描写はほとんどないです。

 なにが起こっているのかは台詞と効果音と俺の心の声でなんとなく想像してください。ん? これまでもほとんどそうだったって? 細かいことは気にするな。



「それで? だったらどうしようって言うのかしらメイムノーム様?」


 これまでのおっとりした口調とは違いどこか攻撃的な、いやこれは緊張だろうか? 強張った調子で話すシータさん。

 二人の姿を見ることはできないが、緊張した気配や空気もなんとなく感じ取ることができる。


「ベンリには後でするとして、おまえにはお仕置きが必要だなシッタシータ。誰が支配者であるのかを、今一度その身に教えてやろう」

「へー、なるほど。メイムノーム様、確かにリリアルミール様の実の娘であるあなたの実力は飛び抜けてはいるけれど、果たして魔神に最も近い実力を持つと言われている私に通用するかしら?」


 魔神だと!? シータさんはやはりそういう設定か、であればアニキの言っていた目を開かせるなと言うあれが現実味を帯びてきたぞ。でも、シータさんは目を瞑っていなかった。普段から五感の一つを絶つことにより、力を何年も内に溜め続けてきたあの人とは違う。じゃあ一体、目を開かせるなとはどういうことなんだ?


 その答えもわからぬまま悩んでいると、すさまじい爆音が響き渡り衝撃が俺に襲い掛かってくるのであった。



 つづく。

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