第五十話  沙羅双樹の花びら回転①

「お見事ですソフィリーナさんっ! 絶対にあの技を使わせる為に敢えて二度も受けた上でのあの挑発。お見それしました」

「いやいやそれほどでもないわよぉローリン、ぽっぴんもありがとね」

「いえいえ、あれは私とソフィリーナさんでしか成しえなかった連係プレーです」


 すげえ……こいつら、なんであの勝ち方でお互いを褒め称えあうことができるんだ? あれ? これは俺の方がおかしいのか? もうわけがわからなくなっちゃったよ。


 自分の光速拳を喰らい、さらにぽっぴんの魔法をその身に浴びながらも、なんとか一命を取り留めたアニキに駆け寄ると獣王はパワビタンドリンクを渡す。


「こ……これは?」

「アニキ、それを飲んでくれ。怪我もすぐに回復する」


 アニキはパワビタンを飲み下すと傷が癒えたことに驚くも、すぐに理解した様子で立ち上がる。


「こんな神の奇跡のようなアイテムがあったとはな。やはり、人間は我々魔族にとって最大の脅威というわけだ……」

「ア……アニキ……」


 その言葉に獣王は目を伏せてなにも返す言葉がない様子だ。

 アニキはそんな獣王を優しく見つめると自嘲気味に口元に笑みを浮かべて言う。


「しかし……良い仲間を持ったなワールフ」

「え?」

「彼女達と居ることでおまえは本当の強さを知ることができるかもしれない」


 え? それってどういうことだ? あんな卑怯な戦い方しかできない奴らから本当の強さを学ぶだって? 一体アニキはなにを言っているんだ?

 少なくとも俺の知っている本当の強さとは、アニキのような戦い方をすることだと思うんだが、あれ? だんだん価値観がわからなくなってきたぞ。


「相手を挑発して不意を突くような返し技を思いつくその機転や。一対一の戦いと見せかけて、強力な魔法を使用できるものにフィニッシュを撃たせるなど。正に彼女達の戦い方は実践向き、ただ相手の命を奪う事のみに特化した狂戦士バーサーカーとなんら変わりないものだ。そんな戦い方を直に学ぶことができるのだ。ワールフ、覚えておきなさい。本当の強さとは、そんな単なる暴力にも決して屈しない力のことを言うのだ」

「ア……アニキっ!」


 返す言葉もないっ! 本当に返す言葉もありませんアニキっ! あなたの爪の垢を煎じてあいつらに飲ませてやりたいですっ! 俺にも呼ばせてください。あんたのことをアニキとおおおっ!


 勝負に負けて相手に情けをかけられたと、アニキはすんなりと道を開けてくれた。


 そして去り際、背中越しに俺達に告げる。


「最後に君達に助言を……いや、これは忠告だっ! 次の宮の相手の目を決して開かせてはならない……。いいなっ、絶対に目を開かせるなよっ!」


 その言葉に俺は振り返らずに頷く。


 ありがとうアニキ。そんな仲間を売るような真似をしてまで、命を奪わなかった俺達に義理立てしてくれるなんて、あんた本当に男の中の男だよっ!


 俺と獣王はアニキの男気に涙するのだが……。



「うっせーっ! おめえの助言なんて誰が聞くかよバーカっ!」

「ソフィリーナさん。あいつですよ童貞の内の一人は絶対、ああやって硬派を気取って女性と付き合ったことなんて一度もないんですよ」

「ちょっと、お二人ともやめましょうよ。敗者には敗者なりのプライドというものもあるんですから」


 こいつら……。


 俺はチラリとアニキの方を見るのだが、唇を噛みしめてものすごい涙目になっていた。





「次もわたしが戦おうかしら? パワビタンがあれば連戦でも余裕だしねー」


 意気揚々とソフィリーナが言う。


「いいえ、そろそろ私にも戦わせてください。先ほどのソフィリーナさんの戦いぶりに、なんだか血が騒いでまいりましたっ!」


 ローリンも殺る気満々だ。


「いやいや、ここは私にお任せくださいっ! なんか今日はすこぶる調子がいいんですよ」


 何発も魔法を撃つことができて、ご満悦な様子のぽっぴん。


 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、次の相手をどの様に血祭りに上げてやるかをやいのやいの話している姿に、俺の我慢もそろそろ限界であった。


「いい加減にしろおっ!!」


 突然の俺の怒声に驚き目が点になる三人。なぜ俺が怒っているのか理解できないのか、困惑した様子でソフィリーナが問いかけてくる。


「きゅ、急にどうしたのよ? ちょっと時間が迫ってきていてナーバスになるのはわかるけど、こういう時こそ落ち着きなさいよ。ね?」

「ちっげーよっ! 俺はもうこんな戦いはウンザリなんだよっ!」

「そ、そんなこと言ったってしょうがないでしょ。あと7つも残ってるんだから」


 そうじゃない。おまえらはなにもわかっていない。俺はもう本当にウンザリなんだ。

 自分の命が惜しいからって、死にたくないからって、あんな卑怯な戦い方で勝利を収めて生き残った所で、これから先の俺の人生、本当に誇れるものになるのだろうか? そう思ったら本当にもうウンザリなんだよ。


「次は俺が戦う……」

「な? なにを言っているのですかべんりくんっ? そんなの無茶ですっ! なんの力もない普通の凡人以下のあなたが戦ったところで、無駄死にするだけですよっ!」

「ローリンさんの言う通りですべんりさん。無能は無能なりに生きていてくれないと困ることもあるので、特にプリンの発注的な面で、なので寝言は寝て言え馬鹿」


 もう俺こいつら嫌いっ! ほんと嫌いっ!


 そんなこんなで次の宮に辿り着くのであった。


 アニキの言っていた「相手に目を開かせるな」という意味、それはつまりあれだ。

 次の相手は神に最も近いと言われている魔闘神であることは確実だろう、そんな奴を相手に俺が戦った所で勝ち目はないことは火を見るより明らか。

 しかしあいつらにやらせるくらいなら俺は、この今という一瞬を薔薇のように気高く咲いて、美しく散ってやる。


 覚悟を決めて第六の宮へと乗り込むと、待ち受けていた相手を見て俺は息を飲む。



 な……なんて、可憐な……。



「お待ちしておりました。私はこの第六の宮を任されたシッタシータ・クシナと申します」



 まるで沙羅双樹の花の様な可憐な少女を前に、俺は闘志を燃やすことすら忘れてしまうのであった。



 つづく。

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