第二十二話 秘密の第五皇女様⑦

 しばらくして音と揺れが収まると俺はゆっくりと目を開けて辺りを見回す。すこし埃っぽいが温泉が沸いているおかげでそれほどでもないしすぐに収まるだろう。

 このダンジョン内は周りの岩肌がなぜかほんのり光っていて、真っ暗ではないのが助かった。これで真っ暗だったら怖くて発狂しちゃうよ。

 特に痛むところもないので、安全を確認する為に立ち上がろうとするのだが身動きが取れない。自分の状況を落ち着いて確認すると、仰向けになった女騎士に覆いかぶさるような体勢なのだが彼女が俺にしがみついて離してくれないのだ。


「あ、あのぉ。団長さん大丈夫ですか? とりあえず崩落も収まったみたいなんで離してくれませんか?」


 声をかけると女騎士様は我に返り俺を突き飛ばして、起き上がると真っ赤になっている。あの様子なら彼女も怪我はなそうだな。


「ば、ばばばばかものっ! 私は別に怖かったわけではないぞっ! 無事を確認できるまでおまえがむやみやたらに動き回らぬようにしていただけだっ! 本当に怖かったわけではないからな! 帝国の騎士たる私がそんな情けない……情けないことこの上ないな私は……」


 そう言うとシュンと項垂れてしまった。


「ど、どうして情けないんですか?」

「どうしてもこうしてもあるか……騎士である私が、帝国臣民のことをこの身を盾にして守らねばならぬ私が逆に守られてしまうなんて。こんな情けない話はなかろう?」


 女騎士様は涙目になりながらその場に座り込み膝を抱えて俯いてしまう。いやもうその体育座りでいじけている姿が既に騎士としてどうかとも思うけど。


「それじゃあ……女の子のことを守るのは男として当たり前のことですしそれでチャラってことで」


 俺の言葉に女騎士は顔を上げてぽかーんとしていたのだが、みるみる内に真っ赤になると立ち上がって怒鳴りだす。


「ば、ばかにしおってええええええっ! きさまはっ! きさまとは言う奴は……はぁぁぁぁぁ」


 怒り出したと思ったらまた溜息を吐いて項垂れる。なんだか忙しい人ですね。情緒不安定なのはあの日なのかな? まあそんな突っ込みをしたらまた怒り出しそうなのでやめておこう。

 なんて声をかけていいかもわからないのでしばらく黙っていると、女騎士様の方からまたポツポツと話し始める。


「やはり、お兄様の言うとおり。私などに勤まるものではなかったのかもしれないな」

「なんですか突然?」

「きさまもそう思っているのだろう?」

「いやいや、だから何の話ですか?」

「誤魔化さなくてもいい。自分でもそう思っているのだ。今回の件でそれを嫌と言うほど思い知らされた」


 いやいやいや、だからなんの話だよ? この人マジで他人の話聞かないな。人の上に立つ者としてそれはちょっとどうかと思うよ? そのことかな?


「おまえの推察通り、私はジェイ・ケイ・ローリンとは見知った中だ。私は彼女とは歳が近いこともあり良い友人であると思っている。しかしその一方で私は彼女を羨み嫉妬していたのかもしれない」


 へーそうなんだ。また唐突にローリンの話になったな。お兄様の話はどうなったの? そこのところから俺はまず話してほしかったんだけどな。


「な、なんでローリンに嫉妬するんですか? 彼女のことを嫌いなんですか?」

「そうではない。彼女の人柄、剣の実力、そして聖騎士としての振る舞いはどれも称賛でき尊敬しうるものだ。結局この嫉妬は私の血筋に由来するものだ。知ってはいるだろうが、私には兄が一人、姉が三人居てな」


 いやいや、そんなの知らねえよ。女ってなんでこうも、自分の交友関係とか家族構成のことを他人が知っていて当然みたいな感じで話すんだろう? 「あたしって〇〇じゃ~ん?」 とか言われるとマジで「シラネーヨ」って言いたくなるよね。


「お姉様達が皆嫁がれてしまった後に、お兄様が北方の戦場で亡くなられて、世継ぎの事で父上も側近の者達も毎日のように頭を悩ませておられる。私は末娘であるから、自由に自分のやりたいようにと甘やかされて育ってな。女だてらに騎士の真似事など、おまえには似合わないよと、よく兄に言われたのだ……」


 なるほど、そういう理由があったのか。取り調べにしても、兵士達への指示にしても、どうもたどたどしいと言うか、全然様になってなかったんだよな。

 そこまで話すと女騎士様はまた黙り込んでしまった。俺の反応を待っているでもないようだ。

 たぶんこんな状況になってしまって、普段から思い詰めていたことを吐きだしたくなってしまったんだろうな。

 俺はそういった貴族達のお家柄の事はよくわからないし、彼女の事だってなにも知らない。ここでなにか慰めの言葉をかけたところで全部安っぽい嘘になっちまう。だから敢えてなにも言わない、黙って彼女の話に耳を傾けて頷いてやることが優しさってもんだろう。


 さて、いつまでもそうしているわけにはいかない。身動きの取れない生き埋め状態ってわけではないけれど、進んできた道は土砂と岩で塞がってしまっている。ここから先はそう行かない内に行き止まりになることはわかっているし、はっきり言って出口がないのだ。

 なんとかして脱出する方法を考えないと、助けが来るまでどれくらいかかるかもわからないしな。


「とにかく今はここから抜け出す方法を考えましょう」


 振り返り女騎士様に話しかけるのだが、なにやら赤くなりモジモジとしている。


「ど、どうしたんですか?」

「な、なんでもない……」

「いや、なんでもある風に見えるんですけど」


 おい、ひょっとして……まさか!?


「漏れそうなんですか? おしっ」


 その瞬間思いっきり張り手を喰らう俺。ありがとうございます。


「イタタタ。まあこの状況です。我慢は体に悪いですし、後ろ向いてますからそこらでちょちょいと済ませて」

「こ、この無礼者がああああああっ! あぁぁぁ……」


 もう踏んだり蹴ったりですねこの女騎士様。


 つづく。

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