異世界ダンジョンにコンビニごと転移したら意外に繁盛した

あぼのん

第一章 底辺バイト異世界の大地の中に立つ

第一話 底辺バイトとオフィスレディ①

 テレテレテレンテ♪ テレテレテン♪


 入口の方から聞こえるメロディーが深夜の来客を告げる。俺は床清掃の為にかけていたポリッシャーを止めるとレジへと向かった。

 時刻は深夜3時12分、終電が去ってから約二時間。

 これくらいの時間になると来客もほぼなくなり、床清掃や、クイックフードの機械内の清掃などを始めるのだが、ブラックバイトよろしくワンオペだとたった一人の来客でも結構めんどうだったりする。

 コンビニアルバイトの深夜勤とは意外にやることが多い。

 清掃が一段落着くころには様々な商品の入荷が始まる。チルド食品、弁当はもちろん。パンや菓子類、カップ麺や飲料、冷凍食品、新聞の朝刊などが次から次へと搬入されてくるので、それを検品、品出ししなくてはならないのだ。

 細かい話になると、菓子やパンなどには一個ずつラベラーで値札を貼らなくてはならないし、屋外の窓清掃や掃き掃除、ゴミも出しに行かないといけないし、はっきり言ってやることはてんこ盛りだ。


 ちっ、めんどくせえな。なんでこんな時間に出歩いてんだよ。家帰って寝ろよ。


 俺は心の中で毒づくと来店した客を確認した。

 黒のスーツを着た女性……OLか、二十代前半から中盤くらいだろうか? まあ若い姉ちゃんだ。

 なんだかおぼつかない足取りでフラフラと栄養ドリンクコーナーの前に行っている。

 おそらく飲んだ帰りでウコンドリンクでも買おうとしているのだろう。


 あぁ! あそこにはさっき大量に入荷された【パワビタンZドリンク】があるから躓くなよ。


 俺はピラミッドの様に積まれたドリンクの箱を見てハラハラしていた。

 なんであんなに入荷されたのかと言うと、俺が間違って発注したからだ。

 連日の深夜勤ワンオペで心身ともに疲れ切っていた俺は、まさか1ロット24個とかわけのわからない単位とも知らず、それを50個も発注してしまったのだ。

 当然持って来たおっちゃんも何かの間違いじゃないかと俺に確認してきたのだが、持って帰ってくれとも言えないのでとりあえずそこに放置、朝になって店長が出勤してきたら返品して貰おうと思っていた。


 OLはウコンドリンクを手に取り、ついでにスイーツの棚に行くとプリンを取ってレジに持ってきた。


「さぁっせぇー、218円が一点、148円が一点、366円になぁさぁす」


 このコンビニでのバイト歴七年、俺レベルになると最早レジの表示を見なくとも商品の値段等手に取るようにわかる。

 そして、並みのアルバイトではこの程度の商品で2号袋を使おうとするのだが、甘い、これは逆に1号を使った方がピッタリと収まり動かないのでプリンの様な柔らかい食品でも崩れるリスクが減るのだ。


 ふっ……だからなんだよ。


 俺が袋詰めをしている間にお金を取り出そうとするOLであるが、バッグの中のサイフが見つからないらしい。

 なんで女ってレジに来てから財布を探し始めるんだろう? マジであれ意味わかんねえ前もって用意しておけよと思うのだが、当然苛立ちを表に出したりはしない。

 そして営業スマイルも必要ない。ただ無味乾燥に、コンビニ接客に於いて過度なサービスは必要ない。

 客が求めているのは利用しやすさだけなのだから。

 人との関わりが希薄になってきた現代人にとって買い物など、欲しい商品を持って行ってお金を出せばいい、ただそれだけのシステムで十分なのだ。


 ようやくOLが財布を取りだしたその時、店内の蛍光灯が点滅しだした。

 こないだ交換したばかりなのに? と思うのと同時、パっと店内の照明が全て消える。

 いや、照明だけではない、レジ画面も消えているし明かりと言う明かりが全て消えてしまっている。

 停電かと思ったのだが、レジにはそういう時の為の補助電源があったりするのでいきなり画面が消えると言う事はないはずなのだが……。


「きゃっ! なに!?」


 短い声を上げるOL、意外にかわいい声だ。

 突然の事態に俺も一瞬焦ったが、事態はすぐに復旧した。

 「カン、カン」と蛍光管が音を鳴らしながら点くと、レジ画面も再び点灯、内容はメモリされていたらしく消えてはいなかった。


 すぐに復旧してよかったと胸を撫で下ろす俺、目の前のOLもホッとしている様子だ。よく見ると意外にかわいいな。

 そして何事もなかったかの様に会計を済ませる。


「500円のお預かりで134円のお返さぁす。あさぁっしたぁ、またのごらいてんおまちさぁっす」


 流れるような手つきで小銭をレジスターから取り出し、レシートと一緒に優しくお客様の手を包み込むようにお釣りを渡す。

 もちろんその時お客様の手に触れてはならない、相手が女性なら尚更だ。

 気持ちの悪い奴だと思われたくないからね。


 OLが何も言わずに店を出て行くと、俺は再びポリッシャーに電源を入れて床清掃を始めた。

 それにしてもさっきの停電はなんだったのか? 今時珍しいななんて思っていると再び入口の方からメロディーが聞こえた。


 テレテレテレンテ♪ テレテレテン♪


 今日は客の多い日だな。と思い辟易とするのだが、店に入って来た人物を見て俺は眉を顰めた。


「ぜえっ! ぜえっ!」


 大きく息を切らしながらさっきのOLが俺の事を睨み付けている。


「い、いらしゃいませ……」


 な、なんだ? なんか俺ミスしたか? お釣り間違えたかな? あれ? そういやプリン用のスプーン入れなかったかも。俺としたことがとんだイージーミスだぜ、やっぱり疲れているんだろうな。ここはひとつ、特別に3個くらいオマケでスプーンを付けて許してもらおう。


「すいません。スプーン入れ忘れ……」


「外っ!」


「え? そ……と?」


 OLはガラスの自動ドアの向こうを指差しながら怒鳴り声をあげる。


「ど、どうしたんですか?」

「いいから外見てっ!」


 あまりの気迫に俺は言われるがままに外を見るのだが暗くてよく見えない。


「あのぉ……一体なにが?」

「ああもうっ! 外に出てよく見てよっ!」


 OLに背中を押されて外に出てみると……。



「な……なんじゃこりゃあああああああああああああああっ!」



 俺の目の前には、薄暗い洞窟の様な空間が広がっていた。

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