第五話 聖女の本性と折れるプライド

 その後、俺はよろめきながらも教会に辿り着くと、その中の大量に並んだ長椅子に腰掛けた。というか、中はいかにも教会って感じだったな。

 ただ、そこまで広くてデカいわけじゃない、こじんまりとした教会だから、数十人でいっぱいになりそうだ。


 そんで、前の像はなんだあれ? 女神か? 両手を真っ直ぐ横に広げてるな……そんで、天使の翼のようなものが……1、2、3枚って、1枚どこいった? 俺から見て左側だけが、翼が1枚だけだぞ。


「これは、救済の女神です」


 すると、その女神像を見ていた俺に向かって、ジルがそう言ってきた。というか悪いな、肩かしてもらって。ただ、ガキのくせして、しっかりと俺を支えてたんだよな。魔法かなんか使ったな。


「救済ねぇ……なんで翼が3枚なんだ?」


「それは、一応神話があって……聞きますか?」


「いや、興味ねぇ」


 聞いて正解だったな。俺はそういう話は興味ないし、どうでも良いんだわ。


『はぁ……』


 ため息つくな妖精、こら。


『もうちょっとさぁ、態度改めない? あんたこのままじゃあ……』


「分かってるよ」


『それなら良いけどさ~』


 くそ、分かってんだよ、分かってんだけどな……上手くいかねぇんだよ!! だから余計にイライラしてよぉ……。


「ちょっと、いつまでベタベタしてるの?」


「んっ?」


 すると、明らかに聖女のいる位置から、そんな声が聞こえてきた。誰だこの口調は、聖女か?


「ジル、あんたさぁ、肩を貸しただけでしょう? 隣に座って様子見る必要あるの?」


「分かってるよ、ソフィ」


「分かってないわよ」


 ちょっと待て、やっぱり聖女だった。おいおい、なんだこの聖女は? いきなり10歳の女の子と、なんら変わらない態度になったぞ。


「おやおや、良いんですか? 聖女様~そんな態度で」


 するとその時、ようやくここにやって来たジュストとセレストが、教会の中に入って来て、そう言ってきた。


「別に、ここにはあんた達しかいないじゃん。聖女やるのも楽じゃないのよ。ずっとあの態度は疲れるの」


「ふっ……そうでしょうねぇ……あなたのような、特異力だけでふんぞり返えってるお子様には、重い肩書きでしょうねぇ」


「ジル、こいつ吹っ飛ばしちゃって」


「ソフィ……今のは君が悪いと思う」


「なによ、私に逆らうの?」


「全く……」


「まぁ、その前に私は吹き飛びませんけどね」


 お~お~なんだこの疎外感……いや、別に良いけどよ。

 すると、その聖女がこっちを見ると、そのまま体の向きもこっちに向けて、俺に近付いて来た。


「あなた、なによその状態。中ぐっちゃぐちゃじゃない」


「あっ……?」


「それと……ふ~ん……ブッサイク」


「ブ……っ!」


「なによ、乳だけデカくて、頭悪そうな顔して、自分が美人だと思ってたの?」


 あ~まぁ、好き勝手言っときゃ良いよ。なんだ、城で俺の事を変な目で見ていたのは、やっぱりただ単にガン飛ばしていただけか。


「ブサイクねぇ……まぁ、良いけどよ」


「なによ、ムカついたの? 聞いてたわよ。あんた、あの名前からして、男だったんでしょ? ツヨシなんて……とても女の子っぽい名前じゃないわよ」


 そうだったな。そう言えばあの国王、俺の男だった時の名前言いやがって……しかもあんなの、俺が男だったって言ってるようなもんだわ。


「だったらどうした?」


「気持ち悪い……」


 正直な感想だな。ただ、なぜ顔を逸らした? まぁ良いわ。

 とにかく、こうなってしまったら、隠すのも難しいからな……あそこであいつの口を塞いでも良かったが、広い場所で、俺から離れてたからな、慌てて口を塞ごうにも、出来なかったよ。


「それで、ジルやジュストも、俺の事を気持ち悪いって思うか?」


 そしてそのまま俺は、ジルやジュストに向かって、そう言った。


「う~ん、こんな事は初めてなので、なんて言ったら良いのか……とにかく、今は女性なんですよね? それなら、僕は女性として見ますよ」


 すると、ジルはなんとも子供らしい解答をしてきた。まぁ、子供にはちょっと難しいか。

 女の方が、割と精神的な成熟が早いと言うから、こんなもんかも知れないが、なんだろうな……そのジルの反応に、なにか違和感がある。


 とりあえず、模範的な解答をしておけみたいな……そんな型にはまった解答にも思えるんだよ。


「まぁ、私は色々な人と関わっていますからね。性別や中身がどうのなんて、そんなの気にしないですよ。ただね……」


 すると、今度はジュストがそう言いながら、ゆっくりと俺に近付くと、眼鏡を取り、思い切り目を釣り上げて俺を睨んできた。


「今の君は、嫌いだね。ただのワガママなガキだ。そんな君に、この世界をどうこうさせるわけには、いかないんですよねぇ」


「ぐっ……分かってんだよ、そんなこ……」


「いいや、分かってない。だから、君は危険だ。今ここで、殺しても良いのですよ」


「うぁっ……くっ」


 嘘だろう……釣り上げた目から、更に殺気の籠もった目に……ちょ、ちょっと待て、なんだこの目、今にも心臓をえぐり出されそうな、恐ろしい殺気……。

 流石にこんな至近距離で、こんなに恐ろしい殺意を浴びせられた事はないから、こ、腰が……。


「はっ、あっ……待て、待て、止めろ……うわっ、あっ……」


 そして、腰が抜けて床に座り込んだ俺は、自分の足の間に湿り気を感じ、更に温かいものが流れていくのを感じた。

 嘘だろう……殺気で恐怖して、も、漏らしてしまった……冗談じゃねぇ、そんな弱虫野郎に、いつなったよ!


「はぁ……はぁ、くっ!」


「漏らした状態で睨むとは、まだまだそのプライドは折れませんか」


「うるせぇなぁ!!」


「まだギャーギャー吠えるか、クソガキ。だから、私は君が嫌いだ」


「うっ……くぅ」


 止めろ、その言葉は止めろ。あいつと重なってしまう。あのクソ親父と……ダブってしまう。


「私も、同意見です」


 そして、続けてセレストもそう言ってくる。お前達は、揃って俺の心を折りたいのかよ?


「とにかく、あなたの事は分かりました。これからは、しっかりと監視させて頂きますよ。この街でね。後で向かいの者を寄越します。今日は宿で過ごして下さい。行きますよ、セレスト」


「はい」


 そう言うと、眼鏡をかけ直したジュストは、いつも通りの雰囲気に戻ると、そのまま教会を出て行った。


「…………あ~あ。まさかジュストの本気の睨みを受けるなんて、あんたよっぽどね。それと、教会汚さないでよね、全く」


「マリナさん……大丈夫ですか?」


「うるせぇ……」


 手ぇ差し出してくんじゃねぇよ。何様のつもりだよ、お前は……。


「笑いたきゃ笑えよ……」


「……いえ」


「笑えってんだよ!! 心の中では笑ってんだろう!」


 すると、聖女がとんでもない事を言ってきた。


「無駄よ、ジルには感情がないのよ」


「えっ……?」


「ソフィ、それは……」


「どうせその内バレるでしょうが。あぁ……そうそう、遅れたわね。私はソフィ・ルビエよ」


 そして、聖女はそう言うと、タオルを俺の頭の上に放り投げてきた。


「とにかく、とっとと風呂入って着替えて来て」


 そりゃ分かるけどよ……だけどな、それ以上に動けねぇんだよ。自分が情けなさ過ぎて、この世界で自分の考えが、いかに馬鹿げているのか、それが嫌という程に分かったよ。


 だけどその時、その俺を覆うようにして、大きな影が出来た。

 あぁ……この形は、女神の像か? そういや、後ろに大きなステンドグラスがあったか……それの影か、キラキラと綺麗だね……えっ?


「…………えっ?」


 なんかおかしい、ステンドグラスがそんなに輝くか? どれだけ強い光が当たってるんだよと思ったら、ステンドグラスに似ていただけだ。これは、俺の知ってるステンドグラスじゃない。この世界独自のものだ。


 日光が……夕焼けが当たると、凄い光輝くんだ。


「この女神は、魔族に追われていたある一人の少年を助けようと、4枚あった翼の1枚で、少年を包み隠していたんです。ですが魔族に見つかり、その翼をもぎ取られ、少年は攫われかけました。ですが、女神はそのもぎ取られた翼の力を使い、少年を少女に変え、魔族の目を誤魔化したのです」


「……」


「マリナさん……あなたはこの女神に、助けられたんじゃないんですか?」


「うるせぇ、うるせぇよ……ぐっ……」


 泣くな、泣くんじゃねぇ……でもよ、こんなに色々な事があって、俺はひたすら強い自分を保つために、我慢してきたんだ。


 不安なんだ、本当は直ぐにでも泣きたかった。


 見知らぬ土地どころか、見知らぬ世界だぞ。俺の知ってる世界じゃないんだぞ。簡単に、命を奪われるような世界なんだぞ。


 俺のいた世界とは勝手が違う。


 あそこは……いや、あの国は、命の保証はある程度はされていた。だけど、ここは違う。命の危険に、常に晒されている。


 面白い世界だと、自分にそう言い聞かせないと、やっていけなかった。


 あぁ、そうだよ。俺はちっぽけな人間だよ!

 あの空賊と戦った時も、どうかしてたんだよ。終わった後、竜化したジルに運ばれていた時、実は足が震えて止まらなかったんだよ。怒りとか、訳分かんない感情で、ひたすら暴れていただけだ。


 そして今、ジュストの本気の殺意と、感じた事のない殺意を受けて、この世界がただ楽しく冒険出来る世界じゃないと知った。


「うっ……あっ、あぁぁぁあ!!」


 だから……俺はいったいどうなってしまうのか分からない恐怖と、この世界で本当にやっていけるのかという不安で、俺は押し潰されてしまい、それでも俺を救ってくれているような、そんな女神像を見て、気付いたら涙を流して、泣いてしまっていた。


「…………」


 ただそれを、ジルは黙って見ながら、俺の頭を撫でていた。


 あぁ、本当に情けないな……俺は。無慈悲な女神に、心を折られちまったよ。

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