第七話 女頭との決闘 ①

 お互いに睨み合った俺達は、ある程度の距離を保ったまま、動かないでいる。


 こういう場合、先に仕掛けるか否かで、その後の状況が変わってくる。雑魚とは違う。お互いの力が拮抗しているからこそ、仕掛けるタイミングが重要になってくるんだよ。


 長い間不良どもの中で争って来たんだ。分かるんだよ、こいつが強いかどうかなんて、目を見たら直ぐにな。


 こいつは強い。俺と同等か、もしくはそれ以上だ。


 そして、周りの空賊共も、この空気を肌で感じているのか、誰もヤジを飛ばさずに、真剣な表情をしていやがる。その辺りは、不良どもとは違うな。あいつらは、無駄にヤジを投げやがるからな。


「どうした? 来ないのか?」


 すると、張り詰めた空気の中で、リディがそう言ってきた。余裕そうに見えるが、それでも俺を、そこらの雑魚と同等には見ていないからこそ、威圧してくるんだよな。


 そしてこの緊張感、久々だ……たまんねぇな。


「お先にどうぞ、レディファーストだ」


「はっ、お前も女だろうが。まぁいいや、それなら遠慮なく行くぜ!」


 おぉ、この言葉もこっちにはあるのか、言った後に、この言葉がこっちの世界でもあるのかどうか、不安になってしまった。だけど、意味が通じたのなら、存在するんだな。ってそれよりも、リディがそのまま走ってきて、腕を振りかぶっている。

 ちょっと待て、なんだその隙だらけの攻撃は。構えは隙がないように見えたのに、今は土手っ腹がガラ空きだぞ。何考えて……。


「……はっ!!」


 だけど、リディのその手が、俺の胸を掴もうとした瞬間、こいつがついさっき言った言葉を思い出した。そして俺は、咄嗟に後ろに飛び退き、そいつと距離を取る。


 危ねぇ……こいつ特異力を持ってるって言ってたな。つまり、その手でなにかしてくるんだろう。あまりにも隙がない構えからの、その隙だらけの攻撃に、その事が頭から抜けてしまったよ。


「おいおい、危ねぇな。一発で決まるところだったぞ」


 そう言うと、リディは近くに落ちていたガラクタを拾うと、その手に力を込め始めた。すると、そのガラクタが一瞬で、粉々になってしまった。


「なっ……!」


「だから気をつけな。私の手は、何でも粉々に粉砕するからな! それがたとえ、人間でもだ!!」


「おいおい、マジかよ。エグい能力だな……」


「そうさ、だから私はこう言われている。『血染めのリディ』ってな!」


 だからなんだその2つ名は? この世界には、強者は必ず2つ名が付くのか? だとしたら、ジルにもあるのか?


「分かったなら降参しな。これは、何も物だけを粉砕するわけじゃねぇ。貴様の爆発も、粉砕する事が出来るんだよ」


 あぁ、なるほどな。あの出会い頭に俺の蹴りを受け止め、その爆発を受けてもピンピンしていたのは、そういう理由だったか……って、ちょっと待てよ、それって俺の脚まで粉砕されるところだったんじゃ……。


「お前、良い特異力を持ってて良かったな」


 そうか! もしたら、粉砕出来るのは1つだけか? だから、俺の脚から発生した爆発を、粉砕したのは良いが、俺の脚は粉砕出来なかったのか。


「さて、それじゃあ再開するぜ!」


 そう言って、リディは握り拳を作ると、今度は身を低くくして俺に向かってきた。

 こいつ、まさかのインファイターかよ。しかもステゴロかい。武器かなにか使うかと思って、警戒してたわ。だが、ステゴロなら俺も得意なんだよ!


「ふん!!」


「なにっ?!」


 そして俺は、思い切り床を蹴ると、そこで爆発を巻き起こす。目眩ましの為にな。だが、相手もそれは分かってるだろうな。爆発を起こしても、しっかりと前を見て、堂々と立ってやがる。


 だけど、それでも俺にはこれしかねぇ!!


「おらぁあ!!」


「甘い、見えてるぞ!」


 そして俺は、そのまま爆発の中から、飛び出るようにして突進して行くと、リディの顔面目がけて、右足で跳び蹴りを放つが……思い切り右手で止められてしまった。爆発もしたが、やっぱり粉砕したな。まぁ、そこは計算通りだよ。


 しっかりと俺の脚を掴んでろよ。離しても良いが、その瞬間前転して、かかと落としだけどな。その間に俺を掴むのと、頭上に蹴りを叩き込まれるのと、どっちが早いかねぇ。


「ふっ……!!」


 そして、俺はその体勢のまま、リディの顎を殴ろうとパンチを放った。


「だから、見えてるんだよ! お前の行動は全部な!」


 だけど、相手はしっかりと俺の脚を掴んでいて、俺の脚を粉砕してこようとしているのか、更に力を込め始めた。

 ヤバい……蹴りつけた時に起こった爆発を粉砕した後、割とインターバル短めに、また粉砕してくるとは。能力を連続で使えるかどうか、そこを考えてなかったな……。


 だけど、俺の方が早いぞ。それに、左手で俺のパンチを防ごうとしているな。それこそ甘いんだよな。俺を誰だと思ってる。


「……ふん!!」


「がっ?!」


 そして俺は、殴り付けようとした拳を、寸でのところで止めると、そのまま下に下げ、相手の左手の隙間を縫うようにして、顎を殴り上げた。


「おら、お手々が俺の脚から離れたぞ!」


「ちっ!!」


 そのあと、右足が自由になった俺は、咄嗟に軸足を右に変え、今度は左足で押すようにして、相手の腹を蹴りつけた。もちろん、爆発も起こしてな。


「ぐぅっ!!」


 腹なんて出してるから、無駄に痛ぇんだろうが。なんでそんなに、防御力なさそうな服にしているんだ?


「ボス!」


「くっ……大丈夫だ。『アルミュール』で防御力を上げてる!」


 あぁ、また魔法ってやつか。防御力上げられたりするなら、攻撃力も上げられるんかね?

 だがな、結局戦いってのは、力や堅さだけじゃねぇんだわ。それを、教えてやるよ。


「へっ……行くぜ!」


 そして、俺はリディに向かって追撃するべく、そのまま走り出す……が。


「ヴァン・ルクトォ」


 突然風が1箇所に集まったかと思うと、そのまま突風の様になって、俺に向かって飛んで来た。

 なんだか、普通の風じゃなさそうだな。リディがその前に何か言ってたし、魔法かなにかってところか。それなら、このまま受けるとマズそうだ。


「おっと……!!」


 そして俺は、咄嗟にその場で立ち止まり、そのまま右に避けた。するとしばらくして、その先の甲板の板が、真っ二つに切れた。危ねぇな……風が刃みたいになってるじゃねぇか。


「ふん、そらよ!」


 だけどその後、リディがいつの間にか上に上げていた手を、思い切り下に振り下ろしてきた。その瞬間、また変な風の塊のようなものが、俺に向かって降り注いで来る。こりゃやべぇな。


「よっ……と!!」


 見えないから勘だ勘! それでも、何個か掠めてしまったな。なんなんだ、これは。床にナイフが刺さったような、そんな跡があるぞ。というかそれよりも……。


「お前、魔法使うなんて……」


「あっ? 卑怯って言うのか? 私は相手をすると言っただけで、何も素手で戦うとは言ってないぞ!」


 それもその通りだな。確かに、魔法を使わないとは、一言も言ってねぇわ。ただ、卑怯な戦法ではあるからな、ちょっとムカついたな。


 それにしても、周りの空賊達の視線が気になってしまうな。俺を見ている?


「ふん、なんとも恥ずかしい奴だ。さらけ出されたのに気付かないのか?」


 すると、その視線の意味が分からない俺に、リディがそう言ってきた。さらけ出された? なにをだよ。

 そう言えば、やけに胸元が楽になったような気がするが……おい、まさか。


「…………」


 やっぱり。視線を降ろしてみて、やっと分かったよ。学ランの前の部分が、スッパリと斬られてしまっていて、俺の胸が露わになっていた。

 そりゃ見るよな。たとえ敵だろうと、ポロリがあったら見るよな。男なら。


 だけどな、俺も中身は男なんだよ。これくらいで羞恥に顔を赤らめて、うずくまってしまうなんて、そんな展開にはならねぇんだよ。

 それよりも、今までずっと苦しかった胸元が、ようやく楽になったよ。それに、胸元が苦しかったせいで、動きが若干鈍かったが、これならいつも通りに動けそうだ。


「胸の1つや2つくらい、そんなもんで恥ずかしがる俺じゃねぇぞ!」


 そして、俺はそう叫ぶと、再度リディを睨みつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る