第17話 近くて遠い貴女


 康禄は夢を見ていた。それは一人の少女の夢。

人でも無く妖怪でもなく、天使でも悪魔でも無い。

彼女も夢見ていた。

このセカイの普通の人間として生きる事を。

そして禁忌に手を染めてしまう。血塗られた手を何度洗っても落ちない。

笑みを浮かべながら血の海に佇む彼女は見えないはずの康禄を見て言った。

もう直ぐだから、良い子にしててね、と。

その顔は何処かで見た事があった。じっとそれを見ようとすると、

炎が現れ血の海諸共彼女を包んだ。その熱さに顔を護る康禄。

炎が消えた跡に立っていたそれは


「兄さん! 康禄兄さん!」


 もう少しで見えそうな所で康禄は目覚め、

必死の形相で自分を起した康武と目が合う。お早うと寝ぼけ眼で言う康禄に、

ほっと胸を撫で下ろす康武。

どうしたのかと尋ねる康禄に康武は言う。明け方からずっと悲鳴が

聞こえていたんだと。康禄は今何時か尋ねると、康武は時計を見て朝六時だと言う。

康武も最初幻聴に思えたが、ずっと続きもしや両親の

虐待かと血相を変えてきたらしい。ありがとうすみませんと答える兄に、

弟はもう少ししたらそれも無くなるからと笑顔で答えた。

どう言う事かと尋ねても、それは追々と逃げられてしまった。

部屋を出る間際、弟に今日は一緒に朝飯を食べようと言われて頷く。


 此処一週間程死神から康禄へ連絡は無い。

山へ行っても誰も居らず、一人放課後から夜零時迄鍛錬をして家へ帰る

という日々を過ごす。康武もその間兄と共に一緒だ。

例の妖狐もあの後ぱったりと足取りが掴めない。

兄が規則的に零時迄家を空けていたので彼もその間街を散策した。

だが何処にも気配が無い。研究所などからも催促は無い。

寧ろそれとは別件の悪魔や妖怪の処罰をこなす。

貢献度は先ず先ずと康武は手応えを感じていた。


 康禄は着替え終わると不意に夢の中の少女が浮かぶ。

頭にこびりついて離れない位強烈だった。何とかしたいがどうする事も出来ない。

今出来る事をしようと彼は布団を畳むと柔軟体操を始める。だがふと思う。

これから自分はどうなっていくのだろうか、と。

武器を使えたとしても、この神秘が覆うセカイに自分の居場所は無い。

どう生きて行くべきなのか考えると途方に暮れる。

何時までも弟が一緒ではない。一緒であったとしても護られ続けるのは嫌だ。

頭を過ぎるのは夢の中の少女。彼女もまた同じ様な境遇なのかもしれないなと思う。

僕らはどう生きれば良いのか、彼女に逢う事が出来たら尋ねてみたい。

カーテンなど無い部屋から外を見ると、今日は曇り空。何か嫌な予感がした。

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