第27話 撃ち放たれる波動

美来の大咆哮が発せられようとしていた頃、彼らもまた戦っていた。


「もう手動で電磁波放射弾の最後の一撃も使っちまったってのに、クソッ。」


ルイス、藤堂、残りのメンバーも皆、タンク・アームズと運搬随行機デリバリー フォローを盾に、弾が尽きるまで銃を連射していた。皆が戻ってくるまで回収コンテナ降下地点に奴らを寄せ付けさえしなければいいのだ。銃撃の嵐で、奴らの足止めさえ叶えば奴らを皆殺さずとも任務は成功と言える。

しかし、奴らはゆっくりではあるものの確実にこちらに近づいてきていた。


「このままだと、もう...」


「ああ、残弾もわずか。スーツのエナジーも無し。絶望的だ。」


「けど、自分たちはまだ生きてます。」


「その通りだ。諦めなければ希望はある。」


しかし、変異個体の進行は止まらない。皆、諦めはしないものの、現状に対する具体的な解決策は何一つなかった。

すると、その時、全ての変異個体の歩みが止まったのだ。そして、変異個体各々が胴体の発声器官を振動させ始める。まるで、何かに恐怖し、悲鳴を上げるかの如く。


されど、その声も一瞬で、一斉に止まった。


――いったい何が起こって―ッ!?


そう誰もが思ったとき、背後の第一管理研究所の建物から、圧倒的な威圧感プレッシャーを、空間を歪ませるような抑圧的なとどろきを、確かに感じた。全身の神経が逆立つのを感じた。シナプスが嘗てないほどに刺激されたのを感じた。感情の昂りを感じた。本能が剥き出しになりそうになるのを感じた。しかし、それでいてとても理性的になるようにも感じられた。未だ嘗てない感覚に皆陥る。

難しく言葉を並べ立てたが、最も簡単な日本語でこの感覚を表すのなら、『ヤバい』が適切であろう。


「なんだ!?この凄まじい力はッ!?」


「脳が震えるかのような、そんな感覚です。」


そして、その咆哮が鳴り止んだ。皆、そのよくわからない刺激を受容したことで、サブ進化者エヴォルの藤堂以外のヒトは意識を失い、地面に倒れた。


「こっ、こんな時に...皆さん、立たないと奴らが...」


焦った口調で変異個体の方へ目を向けた藤堂。しかし、彼が目にしたのは思いもよらぬ光景だった。


「巨大イカが森に撤退していく...?」


群れを成してこちらに接近していた変異個体が、次々と光合成樹林へ姿を消していったのだ。それをただ一人で見つめる藤堂の姿がそこにはあった。



~~~



地下20㍍で合成変異個体との戦闘を繰り広げていた祐介と添木のもとにもあの咆哮が轟いていた。


「今のはいったい...何だったんだ...?助かったのは、助かったんだが...」


「わっかんねぇが、コイツ身体が完全に硬直してやがる。撃っても無反応だ。」


どうやら、2人は意識を失っていないらしい。巨大カマキリはキリキリと大顎を小刻みに動かしているものの、全く動こうとしていなかった。


「攻撃の好機なのは間違いないが、超音波切断刀ウルトラソニック・ブレイドもエナジー切れで動かない。羽の付け根を攻撃しようにも、アンカーがもう使えないから銃弾が当たらない。スーツももう酸素ボンベのかわりにしかならない。殺虫グレネード弾も全部使い切っちまった。そして、対象は入口の目の前で硬直してしまっている。」


「だな。唯一の攻撃手段の爆弾もここでは使えない。いったん使えそうな武器集めて立て直すか。いつコイツが動き出すかわかんねぇしな。」


2人は合成変異個体が硬直している隙に、使えそうな武器を探していく。運搬随行機デリバリー フォローの中から、時間稼ぎになりそうなものを適当に見繕っていった。


「こんなものか。」


「だな。」


2人が動かなくなった合成変異個体を見上げる。すると、添木がデジャヴを感じるパワーが、その部屋に降り注ぐのを感じた。


「今のは...まさか」


「嫌な感じがしたが、いったい...」


「祐介見ろ...」


添木の声は震えていた。その緊迫した声につられ祐介も同じ方向に目を向ける。


「なっ...


言葉にならなかった。なぜなら、目の前の合成変異個体の身体がみるみるうちに修復されていき、それどころかすべての脚がより強靭に、そして、鎌の数が4本に増えていったからだ。心なしか、全体的に肥大化しているようにも見える。


「添木ッチ...流石に、やばくね?こいつチート持ちだぜ。」


「不本意ながら、同感だ。」


合成変異個体がより一層変異を重ねてしまった。ただ2人に諦めるという選択肢はなかった。


「まあ、俺達が残ってて良かったよな。やっぱりコイツいざとなれば変異が出来たってわけだ。」


「ああ...」


2人の動悸が加速していく。

荒れ狂う漆黒は、未だ留まることを知らない。



~~~



突如として、美来の放った波動により吹き飛ばされた進化者エヴォルは大きな音をたてて、地面に叩きつけられていた。先程まで、全ての攻撃を無に帰していたというのに、今、奴は無様な姿を晒していた。

地面に横たわらされた進化者エヴォルが立ち上がろうとしたその時、千咲は対象の遺伝子変異鉱石が埋まっていると思われる、背中とうなじの間の部位から、可視光線の外...いや、電波からガンマ線の枠にすら、おさまりきらない光線が放出されようとするのを確かに確定近未来視クリティカルで感じた。


――まさか、遺伝変異光線ッ!?


あらゆる生物に変異の可能性をもたらすと考えられているエネルギーの源。それが美来を倒すために更なる高みへ達しようとする進化者エヴォルに力を与えようとしていたのだ。


が、刹那。


再び激しい波動が美来から放たれ、対象が床と波動の間に挟まれる。ほんの一瞬放出された遺伝子変異光線は、波動に上から押し戻された。まるで、その場所だけ重力が強くなったかのようである。

このままプレスされてぺちゃんこになるのを期待したいところだが、対象も強力な波動を撃ち放ち相殺する。流石に分が悪いと踏んだのか、瞬間的に美来から距離を取ろうとする。しかし、既に美来は進化者エヴォル背後に回り込み、優しく掌をあの膨らんだ部位に当てていた。


それを振り払おうと何度も瞬間移動を繰り返すが、その全ての動きに合わせて美来が瞬間平行移動で対応し、掌がそこから離れることはない。


空中で、進化者エヴォルはうめき声を上げながら、背後にいる美来に波動を纏った肘討ちを食らわせようとするが、その瞬間に美来の掌から波動が流れ出る。それは対象を傷付けるのではなく、その内部に存在する遺伝子変異鉱石のみを強く刺激していく。悲鳴にすらならぬ声を上げる進化者エヴォル


そして――――


その遺伝子変異鉱石が音を立てて砕け散ったのだった。その飛散する遺伝子変異鉱石と同じように対象の身体が地面に落ちる。それをやはり、人間とは思えぬ表情で俯瞰する美来。


それに抗うかのように、進化者エヴォルの手足の爪が更に攻撃的な形状に変化していく。これは恐らく、変異ではなく、あらかじめ遺伝子に規定された能力が発現したのであろう。


互いに見つめ合う人類を超越した存在。そして、互いに強力な波動を目の前にいる者に向けて撃ち出した。互いの波動が干渉し合い、空間が揺らぐ。

進化者エヴォルは立て続けに、美来へと凄まじい速度で接近し、猛々しいその悪魔のような拳で美来の首筋へ攻撃を試みた。しかし、その攻撃は美来の普通の手に、手首をつかまれ首筋には届き経ない。

対象はその手から逃れようとするがそれは叶わず、零距離からの波動を食らうという結末を招いてしまった。波動をくらった対象は、片腕がはじけ飛んでいた。どす黒い血が美来の顔にも付着した。


結果として、美来の手から逃れることに成功した進化者エヴォルは、逃走を試みようと瞬間移動を試みたが、それは胸に美来の手が貫通するという形で阻まれた。美来の手にはまだ元気に動いている心臓が握られており、その手の形状は対象と同様に猛々しいものだった。

心臓を波動で消飛ばした後、美来はゆっくり血だらけの手を対象の身体から抜き、千咲の方へ歩いた。


「美来くん。この力...やったね。倒したよ...とうとう力を自分のものにしたんだね... 美来......くん?」


千咲に対する返答は無かった。


「まさか、美来くん...最新喪失状態ロストに...」


消え入りそうな声で千咲が呟く。その眼からは今にも涙が溢れそうになっていた。

そして美来は千咲へと加速した。



~~~



添木が能力を駆使して近接戦闘をし、祐介がそれを中距離支援をしようと2人が武器を構える。凄まじい変異を遂げた合成変異個体は容赦なく鎌を振るい、屈強になった足を動かし、眼下の獲物を屠らんと乱舞する。それは死神と呼ぶに相応しかった。いや、鎌が4本ある分こちらの方が厄介かもしれない。


添木は身を捩りながら絶え間なく続くその攻撃を避けることに専念した。避けきれない攻撃は祐介の指示で動く、運搬随行機デリバリー フォローを盾にする。そして、祐介自身も積極的に引き金を引いた。

ただ、そこにはどうしても埋めることの出来ない圧倒的な力の差があった。


「添木ッチ!!」


容赦ない攻撃に運搬随行機デリバリー フォロー諸共に吹き飛ばされ、頭を強打する添木。そして、次なる標的を祐介に移す変異個体。その足に力を溜め、跳躍の構えをみせる。

祐介は持っていた爆弾を対象に向かって投擲する。ダメージは入らずとも酸素は消費することが出来る。しかし、対象の足の力が抜けることはない。


「うっ...


頭を強打し朦朧とする意識の中で添木は、目の前のホォツイの死体が目に入る。


「これは...運がいい。」


そう呟くとホォツイの死体に手を伸ばし、ミニランチャーを手にした。


「死ね。害虫――


その言葉とともに撃ち出された燃性の殺虫グレネード弾は変異個体の気門の辺りで炸裂し、祐介の爆弾により誘爆し変異個体を炎で包み込んだ。その時祐介は遠くでも爆音が聞こえた気がしたが、気にしている余裕は無かった。


「添木ッチ、ナイスファイトだぜッ!これで...」


その業火を振り払うかのように、変異個体の漆黒の巨体が鎌を2本構え、砲弾の如く祐介の方へ跳躍する。添木の叫び声が耳に入ってくる。祐介は死に物狂いでそれを回避しようとするが、もうヒトの力ではどうすることは出来なかった。


――ああ、俺...終わ......


ズゥアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!


轟音とともに吹き飛んだのは祐介の首ではなく、変異個体の2本の黒い鎌を有した前脚であった。圧倒的な力がその場を支配した。


「美来ッ...チ?」


祐介の目の前に雄々しく立っていたのは血で汚れた彼の親友だった。ただ、祐介がそれ以上口を開くいとまが与えられることはない。変異個体は激昂の極みへと誘われ、自尊の象徴たる鎌を切断した者へ、弾丸を凌ぐ速度で挟みこむように2本の漆黒の刃を振った。

しかし、その両の刃は美来の交差するように構えた手に掴まれていた。変異個体はすかさず堅固な羽をひろげ、攻撃を加えようとしたが遅すぎた。

美来の手からは、既に変異個体の全身に波動が送り込まれ、その身体は内部から弾け飛ぶ。その粉砕された禍々しい肉体は体液と共に、そこにいる3人に降り注いだ。


「美来ッチ...」


そう祐介は語り掛けたがその答えは返ってこなかった。先程まで莫大な力を放っていた親友の身体は脱力し、膝から地面に崩れ落ちてしまった。


静寂だけがその空間を支配していた。







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