LOSERは遠吠えしない

高瀬涼

孤独な赤ずきん-01

 雪が降り始めている。


リタの小さな手を握る母の手も冷たい。

 狼が出る区域ではないから大丈夫、母はそう言っていた。

 病気の祖母の家はその先の村だった。


 狼と人間との間では協定が結ばれ、居住区が決まっている。

人が住む区域で狼に襲われたという事例はここ数年出ていない。


母は手籠に食べ物と薬の他に銃も携えていた。

 狼には銀の弾丸が効く。だがそんな高価なものは木こり家族であるリタの母に手が入るはずもない。

鉄の弾丸しか入っていない気休め程度のものだ。

 リタが暮らす森では何もかも雪で覆う冬と人の形をした狼、人狼が敵であった。


 人狼は人に化けて惑わす。


 けれど、その姿を見たものはリタの村にも数えるほどしかいなかった。


とはいえ、風に混じって遠吠えが聞こえればリタは震えて足をとめた。

母が叱咤し、リタの手をひっぱる。

 母も怖くて焦っている。


「ねえ、お父さんは?」

「お父さんは冬になる前に木をたくさん切ってお金にしないといけないの。だから一緒に来られないって何度も言ったでしょう――」


 苛立ちながら母がリタにそう言ったとき。


 今まで正面にはただ一本の道が広がっていただけなのに、突如として大きな黒い塊が出現していた。

 塊はじっとこちらを見ている。

 リタの母よりも何倍も背が高い黒い毛を持った何か。森の影から出てきて、二本足でこちらに歩みよってくる。

 明るみに出たその姿は初めて目にする、人狼。

 白い息が大量に耳まで裂けた口から出てきた。

 涎が地面に落ちた。


 母はリタに「逃げて!」と叫び銃を構えた。

カゴを放りだす。地を蹴った人狼に向かって放たれた弾は鋼のような毛にはじかれた。


 リタは言われるまま、元来た道を走った。


振り返る。

母は地面に倒れている。

狼が母の腹から内臓を取り出して食べている。

 飢えているのか、リタの方は一切見ない。母の泣き叫ぶ声がずっと森にこだまする。

 母は食べ物になってしまっているのに、逃げてとリタに泣き叫ぶ。リタは恐怖で体から力が抜けてしまう。


 思考もとまる。死ぬことしか考えられない。


 そこへ、もう一匹の黒い塊が母を食べる人狼に体当たりしてきた。

 リタは仲間がやってきたと思った。

 私はもう一匹の狼に食べられてしまう。

 先ほどよりも少し小さな灰色の人狼。

 しかし、灰色の人狼はリタではなく黒い人狼の首にかみついた。

 二匹は唸り声をあげて転がるように森へと消えていった。


 

 祖母が昔に作ってくれた赤い頭巾の上に雪が積もっていく。

 リタは何時間も地面に座り込んだまま暗い森で母を見ていた。

ワインのような血、ずっと虚空を見ている母。

胸から下はきっと、もうない。

 何時間そうしていたのかわからない。

やがて、猟師≪ハンター≫がやってきてリタを保護した。


 母の死体はハンターらが慣れた様子で片付けていった。

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