第74話 白火
燃えて消えろと、燃え尽きて失せろと紳士は緩やかな笑顔で勧める。
周囲には轟音を上げて円環を描く巨大な
背後には燃えて落ちる飛空挺の数々。時折ポロポロと地上に落ちるのは、中にいた待機人員である騎士達。
「我が国秘蔵の特殊兵器が、カトンボ扱いか……」
歯がゆい思いがウェイルーの表情に出る。この街で自分を襲った鉈男。その口封じに頚椎をえぐり取ったのは恐らくあの紳士だろう。
吹き荒れる強大な熱と夜の街を昼のように照らす強力な光。部下達は気圧されて動くことができない。
光の中で、紳士は余裕を表すようにウェイルー達を見ろして、静かに笑う。
「えぇーと、あなたがぁ、
緊張の沈黙を崩すように、勇者は声を出す。轟音と暴風にかき消されぬよう、大声で。
「あのハゲアタマの人、ええっと、
「……あいつは一体どこまで君に話したのかな、まったく使えぬやつだ。これだからハゲているやつはダメなんだ」
紳士の表情が、余裕の笑みから人のミスに引きずられる勤め人の悲哀に変わる。いかにも謎の男として出てきたはずが、一瞬で正体をバラされた気まずさも混じっている。
殺し合いを始めようとする、その直前をぶち壊すような妙な緩みに、ウェイルーも少々困惑した。
「仕方ありませんよ。さすがに脳に針を打ちこまれるのは訓練していないでしょうからね」
「そうか……まあ奴から聞いているならわかるだろう。私は後始末にきたのさ。全てを消しにきた。君も、彼女達も、この街も、ね。だから」
周囲を覆う直径約三十メートル、幅二メートルほどの円環の白光が、低い轟音から甲高い唸りを増して、脈動を開始する。
光が、生きている。それを見る者達はみなそう思った。
「消えたまえよ。スマートにね」
紳士が右腕を広げる。同時に空間を紫電が走った=高密度魔術紋様の圧縮指示式。同時に円環から涙滴のような光がぼやけた輪郭を輝かせて落下した。
その数、無数。雨粒が如く降る。
夜の街に、揺らめく光の雨が落ちる。
【総員、防御態勢! 散るな! グループで固まれ、質量防盾を最低でも三重展開! 最大で行け! 後を惜しむな!】
まるで童話かおとぎ話のような美しさ。その幻想的な光景とは裏腹に、ウェイルーは必死に魔術通信で指示を飛ばす。彼女の直感は囁いていた。
「この光は、ヤバい」と。
次々と頭上へとコンクリートと金属の複合素材防盾を展開させる兵士達。通常ならば
重厚な壁とさえ言える盾に光が触れた瞬間、
じ ゅ わ り
と盾が抉れて蒸発した。燃えた、のでない。盾の質量ごと炎を吹き上げて消えたのだ。対衝撃から対熱までを備えたはずの魔術防盾が。
「なんだ、これは!」
「ひ、ひいい! 盾が、盾が燃えて消えた!」
盾の下で悲鳴を上げる騎士達。重ねた盾を降り注ぐ光が次々と抉り消滅させて貫通していく。焼かれて蒸発する者も出てきた。次々と動揺と恐怖が広がる。
「どうだ綺麗だろう諸君。これだけ綺麗なものを見れたんだ。心置きなく蒸発したまえよ」
【一点に止まるな! 盾を展開し続けて移動、六チームに別れて目標から距離を取れ! 範囲ではなく一カ所の密度を重視して防御だ!】
ウェイルーが指示を飛ばす。上空約百メートルを浮かぶ紳士=イレイザーを睨みながら、状況を立て直すために思考する。飛ぶ相手に接近は困難、ならば砲撃による空中迎撃戦へ切り替えだ。
【目標から距離を取った後に防盾を七重展開し砲撃用の簡易拠点を構築しろ! 六方向からの包囲砲撃で反撃をする!】
盾を構える兵士達と共に、ウェイルーも動く。
――この光は……あれか?
軍研究所で研究中である、とある内容の魔術実験を思い出す。もしこの光がそれだとするならば、それを完全に制御するあの紳士は間違いなく化け物の領域にいる。この部隊全員でも火力で勝てるか保証がない。
「ひ、うわああ!」
防盾を次々と貼り続けながら光の雨より逃げる軍勢。その盾の塊から一人が転ぶ。次の瞬間、光の雨に肩口を撃たれ一瞬で蒸発。次に背中、次に脚、そして頭がごっそりと消滅、炎を上げる。盾の間からのばされた仲間の手が、焦げた断面が覗く焼け残った左腕のみを掴んでいた。
「おやおや冷静な指揮官がいるな。闇雲に反撃せずに防御しながら分割して移動、包囲砲撃に切り替える気か。火力で勝てなければ、無闇な撃ち合いをせずにまずは位置取りを重視する、いい考えだよ。
部下も恐慌や暴走を起こさせずによく指揮をしている。だが、一つ誤算がある」
空を浮かぶ紳士が、動く。足元より輝く双輪が、勢いよく光の炎を吹き上げた。
「六個に部隊を分けたら、潰しやすくて仕方がないだろう?」
一瞬で加速。光の軌跡が夜空を貫いた。
風を切り飛翔する白い紳士。光の円環を引き連れながら巨大熱量が空を穿ち飛ぶ。
六個に別れた部隊の頭上へ、絶望の光が降り立つ。
「か、構えぇ! 防盾を四重展開してから撃つぞ!!」
部隊の一つをまとめていた中隊長が声を張り上げる。六角型の複合素材防盾を必死に四重展開。更に盾の隙間から魔術による力場で形成した
【やめろ、後退に集中……】
ウェイルーの声を聞かず、中隊長は指示を叫んだ。なにも出来ずに羽虫のように焼け死にたくない、その焦りが判断を誤らせる。
「撃てえええ!」
悲鳴にも似た号令。いっせいに真上へ砲撃が開始させる。
しかし、同時に紳士の周囲にある円環の光が動く。円環の形を解き、渦巻く光となって紳士と集団の間に飛び込んだ。
放たれた砲弾が、次々と溶解し蒸発していく。
超高圧縮された熱量が、砲弾の通過を許さない。
「無意味だよ、諸君」
紳士の右腕が突き出される。大きく開かれたその白手袋の掌中央部には、小型の宝玉が埋め込まれていた。走る紫電、歪む空間。そして、生み出される光の奔流。
「まずは一つ!」
解き放たれた巨大熱量の塊が、燃え盛る白熱の炎球となる。直径十メートルを超える岩塊の如き熱量そのものが、悲鳴を上げる騎士達に落下していく。
巨大な轟音、そして爆発。瓦礫や家の破片を巻き上げて、衝撃波が空間を伝っていく。
やがて光と暴風が収まったその場所には、所々に残るすでにそれがなんだったのかすらわからない燃える破片と、巨大なクレーターしか残っていなかった。
六個に分けた部隊の一つが、たった一撃の魔術で消滅したのだ。
「せめて三つに分けたなら一撃で全滅は免れたかもしれんなぁ……その時はたった三カ所からの攻撃で私のこの動きを止められるかはわからないがね?」
薄く笑いながら、炎と風が吹き荒れる街の中を這いずる兵士達を紳士は見つめる。虫を観察する子供の視線。
「しかし、思ったよりあれだなぁ。実にあれだ」
円環の光がまたも渦巻く。イレイザーの周りを踊るようにぐるりと動いた。パラパラと散るように反射する何かが落ちて、錯乱して魔力へと還り、消える。
魔力によって形成された、鋼糸だ。
ため息をつきながら、白い紳士は振り向く。
「君はわりとワンパターンだな。今更この私にそんな
「まずは何事も試してみるのが主義ですので」
瓦礫と炎の住宅街、その中に突然、黒い棒が突きたっていた。長さは数十メートル。十センチほどの直径の鉄の棒が、緩くしなりながら突き刺さっている。
そのしなりの先には、アシュリー市の殺人鬼が片足で立つ。
「……ほう、なかなかに器用だね」
気がつけば、紳士の周囲を更に四本の同じ鉄棒が囲っていた。カゲイ・ソウジの鉄形成魔術により作られたものだ。
「あなたの魔術は」
殺人鬼の言葉を待たず、紳士の腕が動く。円環の光が動き、波打つ蛇の如くソウジへ遅いかかった。
破壊の光に、勇者は引くことはない。
「……防げ」
言葉と同時に空間に紫電と歪みが走る。同時にソウジは光を両腕と掲げた剣で
防いだ。複合素材の防盾すら消滅させる炎を、生身で勇者は防いだのだ。
しかし完全にではない。頬の火膨れ、そして右腕の指先は炭化して煙を上げている。それでも、蒸発はしていない。
「……ほう、私の魔術の本質を知っているのか」
イレイザーが呟く。しかし表情にそれほどの驚きは無い。
「今使用したのは高圧力の磁場を発生させる
勇者は淡々と、紳士の能力を推察する。焦げた指先が血を吹き出し、それでも炭の隙間から新しい皮膚をのぞかせて修復していく。
「あなたのその力は、プラズマを操作する魔術ですね」
「ふふ、御明察だよ。魔術名は
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