第51話 異群

 疾走する体。美脚を翻らせ壁を蹴る。脚力で壁面をへこませながら、ウェイルーは空中に体を踊らせた。

 周囲の暗殺者達が、動きの止まった彼女目掛け放つナイフ、スリングによる投石。無数の投具が殺到。

 しかしウェイルーとの間、その空間に幾筋もの光が走った刹那、次々と弾かれて地面や壁を叩く。高周波振動が走る「銀光ライラ」による鉄壁の防御の前では、意味が無い。


「しつこい!」


 光の線が曲がる。不規則な曲線を描き、風切り音と高周波の異音を立て五本の銀線が渦を巻く。

 同時に、ウェイルーの周囲にいた暗殺者達の首が飛ぶ。次に胴、その次にはらわた、血煙を上げ肉片が飛ぶ。吹き荒れる切断の竜巻、螺旋が振りまく死。


「ご、お、お、お、!」


 唯一生き残った襲撃者の一人。すでに血に包まれ正体がわからず、左腕が欠損。喉元に受けた斬撃で空気が漏れまともな言葉にならない。ブクブクと赤い泡が湧く。

 再生術式で傷口を塞ぎながら、着地したウェイルー目掛けナイフを構え突進をかける。


「残念だが、それは読めている」


 呟きと共にウェイルーの右剣が一閃。一瞬遅れて襲撃者の上半身が崩れ、内臓をこぼしながら下半身と分離。

 同時に、ウェイルーの左回し蹴りがめり込む。鋭い蹴りに、切断された上半身が吹き飛び壁に鈍い音を立てて激突。

 同時に起こる爆発。閃光、衝撃波、それに対人被害を狙った小破片物が吹き荒れる。

 しかし煙が晴れた中、銀線を纏いウェイルーが立つ。予測して「銀光ライラ」を展開、高速回転して防御していたためウェイルーは無傷。

 

「悪いが同じ手を二度くらってやるほど、私は優しい性格ではない」


 すでに裏路地に動く標的はいない。動かなくなった肉塊以外には存在しなかった。ウェイルーだけが、そこにいる。


――あらかたは、片付けた……か?


 新手がこない。超音波探索魔術を発動。この程度の魔術ならばキャナリアには引っかからない。


――いや、もう一人。


 建物の角越しにいる人物を探知。身長から成人男性と仮定。足音を殺し近づく。静かに銀光ライラの戦闘形態を解除、リボンが巻きついて圧縮、腕の形に戻った。

 息を殺し、飛び出すと同時に体を捻りながら刺突を繰り出す――と同時に剣を止めた。


「なんだ、お前か――ダクト」


「ひ、ひいいいい! た、助けて! 金なら……あー、ウェイルー捜査官?」


 尻餅をついた体勢で半泣きの表情。両腕で頭を覆うコート姿の成人男性がこちらを見上げる。腰には帯剣=警察官の証――刑事ダクト・マッガード。


「……なぜお前がここにいる? 警察署で待機しろと命じた筈だ」


 剣を下ろし、ダクトが立ち上がるのに手を貸す。


「僕も警察署でなんかないかと色々資料漁ってたんですよ。それで、他の刑事の持ってる資料を試しに漁ってみたらすごい情報見つけちやったんです。ほんとすごいですよこれ。――で、急いでウェイルー捜査官がいる中央区にむかったら、なんか訳わからないのに襲われて逃げてきたんですよ。何なんですかアイツら! 全員一般市民の格好してると思ってたらいきなり襲ってきて……警察官を襲ってくるって、まともじゃない……」


 立ち上がる長身。コートから取り出す資料には途中で落としたのだろう泥の後が見える。


「襲撃者の正体は私もよく知らん。なるほど、それは御苦労かつ災難だったな。――なんの情報だ……?」


「ええ、これは凄い情報ですよ……実は連続殺人の被害者の大半には、不法薬物売買の疑いがかかってたんですよ! おそらく殺人のターゲットにされる条件として有力なものに……」


 ダクトから渡された資料を出そうとするウェイルーの手が止まる。ゆっくりと資料を戻し、ダクトに返した。


「これ、返しておけ」


「え、見ないんですか? あ、別の場所で確認を……」


「いや、その辺の情報は全部別のルートから知っている。その資料はもういい。早く戻せ」


 エクセルの提出した情報とはさほど違いは見込めないだろう。


「……もう、知ってる、と? あの、ひょっとして死ぬ思いして急いでここまで持ってきた僕の労力は」


「ああ、まったくの無駄だ」


 真っ直ぐにダクトを見つめながら、ウェイルーが頷く。同機した動きで、男の姿勢が崩れ落ち、再びダクトの膝が地面についた。


「無、無駄……全くの……無駄……?」


「黙れ、とっとと立って動け。そもそもお前に期待はしていない」


 襟首掴み長身を立たせる。路地から大通りを確認、人影はない。


「だが、一応は情報を持ってこようとする姿勢は助かる。それは礼を言う」


 パタパタとダクトの全身についたホコリを払ってやりながら、耳元でウェイルーが囁く。


「ありがとう」


「あ、はい……いえ、こんなことでよければいくらでも……」


 赤らむダクト。実に扱いやすい部下ぶりを発揮。


「じゃ、いくぞ」


「へっ?」


 瞬間、ウェイルーの姿が消える。間髪入れず叫び声が上がる。

 振り向けば背後に倒れる中年の女二人。溢れる血溜まりと、転がるナイフ。その側に、ウェイルー。


「また新手か……何をしてる! 走れ!」


「え、ええ?」


 わけもわからず走り出す。倒れている女達は、ダクトの背後を狙ってきた刺客だろう。

 足をもたつかせながら大通りへ走り出て、周囲を見る。人影はない。このまま警察署方面まで走った方が安全と判断。


「ウェ、ウェイルー捜査官……!?」


 ウェイルーへ振り向こうとした瞬間、眼前に何かを捉える。


――なん、だ、これ?


 それは人体に似ていた。脚を持ち直立し、頭らしき部位がある。

 だが、似ているということは決定的に違うという意味でもあり、人ではないという直感する。

 細い下半身と膨らんだ上半身のバランスがおかしい。脚の左右の長さが違う。首の位置が下にズレている。右腕はなく、左腕には建材らしき曲がった鉄の棒が埋め込むようにくっいている。そして女の顔には死相が浮かぶ、その胴体は明らかに男のものであるのに。

 均整の大きく崩れた――それでもなお際どく人体らしいと思える――人体は、見るものに不安と嫌悪と発生させる。

 ギクシャクとした動きで異形が前へ。


「うっ、」


 脚の止まったダクトは、異様に気圧されたように視線を反らす。非常時でもなお直視し難い。それほどに禍々しい。


「えっ?」


 気がつけば、女の死相が眼前にある。超スピードの踏み込み、ギクシャクとした一歩に対し対称的過ぎる跳躍力。

 左腕、らしき鉄材をダクトめがけ振りかぶる


 ぴ い い い い い イ イ イ 


 異形の上げた音。これは絶叫ではない。破れた気管から激しく空気が漏れている音だ。


「ひっ」


 放たれる一撃、砕かれる脳髄のイメージ。しかし鉄材がダクトに当たる直前、異形が真横へと豪快に吹き飛んでいた。


「何をやっているダクト! 早く走れ!」


 金属の左拳を突き出しウェイルーが怒鳴る。ふらつきながら立ち上がろうとする離れた位置の異形――ウェイルーの左ストレートの威力によるもの――目掛けそのまま銀光ライラを発動。銀線が瞬き、空間を切り裂く。


 ヒ ュ カ カ ッ ッ


 軽い風切り音、一瞬で五分割される異形。濁った血液を撒き散らし、肉塊が道路に転がる。


「う、わ、な、なんですかその左腕……」


 ウェイルーの武装にダクトの目が釘付けになる。消失した左腕と美しい銀線の輝きに理解が追いつかない。


「説明は後だ! それよりコイツは……?」


 言いかけた言葉を遮るように閃光が放たれる。続けて爆発音。まき散らされる肉片。

 バラバラになった異形が、自爆した。


――あの異形も爆発しただと!? しかも今一瞬見えたのは……!


 光の中に見えた紋様。魔術の光。


 キ ィ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア  ア ッ ッ ッ ッ ! !


 金切り声のような警報音が街を貫く。キャナリアが作動している。ということは、間違いなく異形の爆発は魔術による自爆。


――なぜだ!


 科学薬品による爆薬まで用意しながら、なぜ今魔術の爆発を起こすのか。

 眼前に更に人影が増える。捻れた背骨のまま這いずるように動く異形。三本の脚で歩く異形。頭部の無い長脚の異形。時折その上をキラキラとした何かが反射する光が見えた。

 耳に突き刺さる金切り声の中、出来の悪い悪夢としかいいようのない光景。浮かぶ死相と崩れた体から、推測すると複数の死体と建材や布などで無理やり結合させた物だと思われる。


――こんなことを、するのは……!


「ウェイルー捜査官! 上です!」


 ダクトの声に顔を上げる。建物壁面に六本脚の異形が張り付いていた。手にはガラス片を握り締めている。


 ぴ い い い  い い い


 空気が漏れる音を叫び、脚をたわませクモのような異形が飛ぶ。


「ちっ!」


 空中で切り払おうと銀光を伸ばす。しかしクモは予測位置を超え、ウェイルーの遥か後方へ。

 いつの間にかウェイルーの後ろ側へいた中年男へ飛びかかる。地面に落ちる短剣、この中年男もまたウェイルーを襲おうとする刺客の一人。悲鳴を上げながらもがくが、六本脚に阻まれる。


 ぴいいい ぴいいいい ぴいい ぴいいい


 ガラス片で組み伏せた男を滅多差しにしながら、返り血を浴びる異形。歌うように、鳴く。

 おぞましい。ただひたすらに、気が狂うほどにおぞましい。


「消えろっ!」


 ライラを発動。五本の銀線が一瞬でクモの十分割。同時に爆発が起こる。


――こいつら、襲撃者も私達もどちらにも敵対する気か!


 この異形にかけられた魔術は死骸操作術の変形型と思われる。操作術式なら、それほど離れた場所には操作者はいないはず。しかし変形型と考えると通常の死骸操作術式と同様に考えるのは危険だ。

 死骸操作術式の弱点は、何らかの方法でカバーしていると考えるべきだ。そして、そんなことが出来る心当たりはウェイルーには一人しか考えつかない。


――ミキシング!


 異形の群れの中、彼女の殺意が研ぎ澄まされていく。

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