第46話 死者

「え、あ、……え?」


 思わず呆けた声が漏れる。開いた口が塞がらない。エクセルは確かにウェイルーもまた犯人を追っていると予想していた。だが、一都市の殺人鬼と国一つが消えたという話には脈絡が無さすぎる。

 そもそもそれが事実だとは認識し難い。

 

『声を出すな。適当に笑ったふりを続けろ』


 ウェイルーの声に注意され、慌てて口を閉じる。とかく話の続きを聴かなければ。


『事態がわからないという顔だが、無理も無かろう。だが事実だ。既に我が国を含む三カ国協同調査団からの報告書は第二次まで提出されている』


 ウェイルーの眼には冗談の気配は一切無い。というか、この女性が冗談を言う様子がエクセルには想像出来ない。


『事の発端は約三週間前、一切の連絡が取れなくなったノル国へ赴いた商隊が累々と積み重なる死体と避難した奴隷を発見。その後通報を受けた他国の警備隊が惨状を見聞するが、手に余ることを判断し更に本隊への協力を要請した。協同調査団という名称は、それぞれの国が個別に調査していた途中で互いに元ノル国内で鉢合わせをし、情報共有と双方の監視のために後付け的に付けられた統合部隊名に過ぎない』


――避難した、奴隷……?


 国民は殺されたが、奴隷は生きていたらしい。


『調査の結果、王を含むほぼ全ての国民は殺されていた。しかし不思議なことに奴隷は虐殺されず、今現在は国境際で大量に止まっているそうだ』


――……なんのために?


 国民を殺しながら、奴隷を生かした意味がわからない。なぜそんな選別をしたのか。

 魔族、奴隷解放を訴える解放戦線の仕業、あるいは人知を超えた種族である「竜」、途方もない虐殺を成し遂げられる存在が、容疑者としてエクセルの脳裏に浮かぶ。


『協同調査団は虐殺のスタート地点と思われる王宮での調査を開始、そこでは王族と多数の兵士や従臣の死体を発見。さらに地下では、恐らく【他世界召喚術式】に使用した召喚魔法陣を発見した』


「――はっ!? モガっ!」


 言葉の意味を理解出来ず、エクセルがまたも声を上げた途端に口の中にサンドイッチを押し込まれた。


『だから、声を上げるなと言っただろ? ものの覚えくらいは良くしておけよ、新人記者』


 微笑のまま、美女の手がエクセルの口を押さえる。口の中に広がるサンドイッチの味は正直よくわからない。


「モガ、モゴ、ぐ、」


 涙目で瞬き――イエスのサインを送るエクセル。水を飲んで口の中のものを飲み込む。


『言いたいことはわかる。召喚魔術など童話や伝説の類にしか存在しない。そもそも物質空間転送の魔術が本当に実用出来るなら、この世界の流通や社会体系は一変するだろう。だが、第二次報告書では王宮内重要図書の中に暗号化された召喚術式の概要記述が発見された。これにより、召喚された存在は【勇者】である可能性が高まり、またノル国虐殺最重要手配犯としての認定が下されている』


 勇者、おとぎ話でしか聞いたことのない言葉。一体何が、何の目的でこの世界へ喚ばれたのか。


『王族はほぼ全滅、――何でも偶々他国に国際交流に来ていた王の長女は一人だけ生き残っていたらしいが、国民がいなくてはノル国は事実上滅亡したと三ヶ国で承認した。

そして、私は国境でその勇者らしき存在と一度交戦し、取り逃がしている。今回特別捜査官として赴任された理由は、この街の殺人が勇者の殺害方法と酷似している点から、勇者との戦闘経験がある私をヤツを嗅ぎつける猟犬としての役割を上層部が期待しているからだ』


 交戦、ウェイルーは確かにそう言った。彼女は、怪物と対峙している。そして生き延びた。国境線を超えたのならば、この国に怪物がいる。


『そしてこれが、ヤツとの戦いの代償。その一部』


 エクセルの顔から右手が離される。左手の手袋をゆっくりと剥がし始めた。


――……!


 表れるは、鋼鉄の腕。細金の指。

 滑らかに動く、金属の義手。

 無言のまま、目を見開くエクセルへ、掲げられた左腕が再び頬に触れる。

 ヒヤリとした金属の温度。そして、力強き感情の鼓動。


『さて、これで私の言っている事に多少の【説得力】というやつは出てきたかな。

私は貸しも借りも作るのは嫌いな主義だ。奪われたものは奪い返す。戻らないのなら、命で償わせる。――勇者であろうと無かろうと、ヤツは私が殺す』


 底冷えするような、極寒の声。その奥には溶岩のように煮えたぎる怒りがある。奪われたことに対する焼き尽くすような怒り。




 されど、左腕はウェイルーの奪われたものの中では、ごく一部に過ぎない。彼女にとって半身以上の存在がすでにもう元には戻らない。

 ならば、彼女の失った半分は、激怒の炎と意思の鎧が補っているのだろう。

 それを『人』と呼べるのか。



 ▽ ▽ ▽


――ふむ、やはりこの店は当たりだな。


 ハードタイプのバゲットに挟まったレタス、レバーカツレツ、塗られたレバーパテ。豪快にかじりついた口の中で素性のいいパンの味とレタスの苦味と水分、牛乳で下処理されたレバーカツレツの肝臓の旨味と衣の食感、レバーペーストの臭み無くだが力強い味わいと渾然一体となる。

 レバーカツサンドイッチ。健康増進にお勧めと書かれていたが、味にも手を抜いていないのは流石だ。内蔵肉の癖を生かしつつ、臭みを出さない腕は賞賛に値する。あの禿頭と鷲鼻が特徴的な肉屋の店主、やはりただ者ではない。


――しかし、暇ですね。


 場所はアシュリー市中央区。喫茶店ケイニータイム近くの雑踏。

 カゲイ・ソウジはその建物際でサンドイッチを頬張っていた。


「ソウジはここで待ってて」


 エクセルはそう告げて喫茶店へ向かっていった。ソウジとしては、エクセルにそう言いつけられたら従うしかない。

 片手にサンドイッチ。片手には束となった紙資料。もぐもぐと口を動かしながら、無表情な視線が文字を追う。

 今朝方にエクセルへ「この街で過去に起きた犯人不明の殺人事件の資料が欲しい」と申し出た所、半ば無造作に机から引っ張り出された過去の新聞記事のスクラップを投げつけられた。


――吊し切りケリーストレンジ・フルーツ……類別を付けるなら、秩序型の殺人鬼か。


 アシュリーの治安はいい。犯人不明の殺人事件は王都以外の他都市と比べればかなり少ない。故に必然的に吊し切りケリーストレンジ・フルーツは目立つ。ソウジが目をつけるのにさほど時間はかからなかった。


――判別が付くだけで被害者は十人以上。殺害現場には殺人を賛美する内容の文章などの証拠を残しながら、その犯人像は全くの不明。しかし、二年前を最後に姿を消す。


 何らかの理由や理論を持って殺人をしているのならば、最後の殺人に自分を、つまり自殺を選ぶ可能性は十分にあり得る。だが、吊し切りケリーストレンジ・フルーツにはそういった自己破滅型の殺人者らしき特徴が見えない。


――やはり、まだ生きていると考えるのが妥当か。


 ならば、二年前を線に殺人を止めた理由とは何か? 他の都市で吊し切りケリーストレンジ・フルーツらしき事件は起きていない。何が歯止めとなったのか。再始動したというならば、その理由は。


「――ソウジ」


 声に振り向くも、背後には誰もいない。空耳かと向き直り、もう一度思考に没頭する。


――いや、この場合、最も考える点は『犯人像さえも不明』な点。街中で死体を吊しながら、目撃者さえ完全に封じるとは……?


「――ソウジ!」


 またも声。振り向くが誰もいない。

 どうも空耳が多い。そう思いながら向き直ろうとした刹那、すねに衝撃が走る。ソウジの体勢が僅かに揺れた。


「無視すんな!」


 視線を下ろすと帽子と金髪が見えた。声の主にして雇い主、エクセルのローキックがソウジのすねを的確に捉えていた。威力は全く足りないが。


「……いきなり何をするのですかエクセルさん」


「お前、人が声かけてんだから無視するなよ!」


「背が足りないから見えなかったんですよ。僕のせいではありません」


「うるさい!」


 二発目のローを膝でカット。ソウジに当たっている、らしいのだがエクセルが怒っても端から見ると猫がじゃれついているように見える。

 それにしても今日のエクセルはずいぶん気が立っていた。


「それでエクセルさん。何か収穫はあったんですか?」


「あった、ことはあったけど……」


 エクセルの顔が更に曇る。



 ▽ ▽ ▽


 ウェイルーからもたらされた情報は、正直エクセルの手には余るものだった。街の殺人鬼を追いかけるはずが、気がつけば国家消滅事件にぶち当たっている。

 娯楽小説でもこんな無茶な話の展開は無い。というか出版する前に編集者が作家をたこ殴りにするだろう。


「ノル国消滅の公式発表は、後一週間、持って二週間以内に公表されるだろう。すでに一部の商人には情報を先取りして動いている者もいるようだが、まあ、記事にするならそれ以内にしておけ。賞味期限が過ぎては意味がないだろう」


 去り際のウェイルーの言葉を反芻する。確かにこれは一大記事になるだろうが、ただの新人のエクセルが新聞会社にこんな話をした所で記事にしてもらえるかがまず疑問だ。

 第一に情報の出所が公表出来ない。


――だったら……!


 だが、手はまだある。


「ソウジ、仕事よ仕事!」


 無表情な助手へ、つい今し方自分が急いで出てきた喫茶店のドアを指す。


「いい、すごく大事な仕事だからね! 今からスゴい美人があの喫茶店から出てくるから」


「はあ……」


 持てる限りの情報は全てウェイルーに渡してしまった。ウェイルーの情報を得られた事を考えれば、これは等価交換となる。

 しかし、エクセルは田舎とはいえ元は豪商で財をなした貴族の娘である。「利益にはガメつく」がドーハ家のモットー。


「その人を尾行して、何でもいいから情報取って来なさい! 絶対バレないようにね!」


 かくして、今日のソウジの仕事が決まった。

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