《第47話》最近どう?

 今日は奈々美と優が来店中だ。

 涼しい店内に一息つきながら、今日は二人ともに冷製パスタのご注文である。

 冷製パスタは夏限定のメニューなので、こうした暑い日によくでるのだが、本日はアボカドとエビの冷製パスタになる。アボカドとエビのワードだけで、女子がヒィヒィいうのは間違いない。現に2人もご注文である。

 まずは大きいボウルにオリーブオイルと醤油を、二人分なので大さじ2杯ずつ。

 次にわさびはなんとなく4センチぐらい。にんにくすりおろしチューブを2センチほどを混ぜ合わせ、味を見てみる。味が濃いぐらいがいいので、もう少しだけ醤油を垂らし、完了。

 湧いたお湯の中に塩とパスタを入れ茹でていく。

 その間に具材の準備だ。

 茹でたむきエビは身を半分にそぎ切り、カニカマは食べやすい大きさに、大葉を千切り、アボカドを1センチに切って、さきほどのボウルへ投入。

 茹で上がったパスタは一度水でしめてからオリーブオイルをからめたあと、具材の入ったボウルへパスタを入れた。混ぜ合わせながらさらに味を見てみて、醤油をひと垂らし。

 お皿に山になるように盛り付け、彩りよく具材を散らし、さらにミニトマトを半分に切ったものをバランスよく添えて、完成。これに合うワインは白ワインだろうか。

 などと考えながら二人にパスタを出しつつ、

「今日は飲みます?」

「私は飲みたいなぁ。奈々美は?」

「優が飲むなら、飲んじゃおうかなぁ。

 莉子さん、オススメありますか?」

「したら、北海道のワインはどう?」


「「北海道のワイン?」」


 二人の声が揃うが、まずは飲んでみていただかなければ、とワインクーラーに氷を詰めてボトルを差し込んだ。グラスを用意し、ほどよく食事が進んだところでワインの登場である。

「このワインは北海道のへそ、富良野のワインになります」

「北海道でもワインって作れるんですか?」奈々美が言うのもわかる気がする。

 極寒の土地の北海道でワインが育つのだろうか、と。

「品種改良を重ね、厳しい冬でも乗り越えられる品種にしているようです。有名なフランスと緯度も近いので、それらの品種を改良して育てているようですよ。

 こちらの白ワインは食中酒としては最適です。

 香りはほのかに、酸味は緩く、辛口なので後味スッキリな印象です。

 この和風の味にもなじみやすいかと」

 いいながらグラスに注いでいくと、色味は白に近い黄金色。グラスのフチにかかるくぼみは小さく、辛口と言われた通りの見た目をしている。香りは清々しい葡萄の香りがする。

 パスタを頬張り、ワインを飲み込むと爽やかな風味となって口の中に広がっていく。

「繊細さにはちょっぴり欠けるかもとは思いますが、爽やかな葡萄の香りと力強い味を楽しめると思います」

 莉子はそのまま席を離れようと背を向けたが、それを優が止めてきた。

「ねぇ、莉子さん、」莉子はくるりと振り返り、「何かありました?」声をかけた。

「ねぇ、莉子さんの料理っていっつも美味しいけど、

 何かコツとかあるの?」

「コツ?

 ……レシピ通りに作る、かな」

 別の席からの新しいオーダーを受け、それをこなしながら莉子は少し首をひねっていた。

 どうも優の質問が引っかかるようだ。

 手元に目線を置いたままカウンターを挟んで座る二人へ、「なんか料理でも作るの?」尋ねてみると、奈々美が代わりに口を開いた。

「優、今度、瑞樹くんにご飯作るって言ってたもんね」

 そう言われ手元を覗くように視線を投げると、優の指先にはいくつも絆創膏が貼られている。

「いつ、ご飯作るの?」

「今週末なんだよね」言葉尻の声が小さく消えていく。よっぽどはかどっていない、彼女にとっての問題のようだ。他のことなら自信に溢れた振る舞いとなるのに、こればっかりはそうとはならないようである。

 だいたい料理のようなものは実際やってみないと身につかないものなのかもしれない。

 莉子は大きくうなずくと、そんな優にあっけらかんと、「したら冷製スパ、食べさせよう」

「でも、コツとかあるもんね……?」もう泣きそうな顔である。

「コツっていうなら、それなりに美味しいオリーブオイルがあればいけるよ。ほとんど包丁もいらないし」

 じゃあ、私の分、作ってみよ。そう言うと優にエプロンを渡し、カウンターへと招き入れた。

「さっきよりももっと簡単のにしよう」莉子が満面の笑みを浮かべるが、優は怯えた瞳のままだ。

 さっそく鍋に水を入れてもらい、湯を湧かしている間に、大きめのボウルにすりごまを大さじ3杯、オリーブオイル大さじ3杯、めんつゆを大さじ3杯、にんにくのすりおろしをチューブで1センチ程度いれて混ぜておく。さらにトマトをざく切りにし、大葉を千切りにする。ここだけが難しいところかもしれない。

「もし大葉の千切りが難しかったら、食品用のハサミで細く切ったらいいよ」

 それらをざっくりと混ぜ合わさせているうちに、お湯が沸いたようだ。そこに塩とパスタを入れてタイマーを回す。

「普通であれば書いてある茹で時間より少し短くするのがいいんだけど、茹でたパスタを水でしめるので、同じ時間か、少し長めにしてもパスタによってはいいかもね」

 でも一度食べてみるのが一番いいから、時間はあくまで目安ね! そんな説明をすること5分。細めのパスタは茹で上がりにそれほど時間がかからないものだ。タイマーが鳴り、一本つまんで食べてみてる。優からはちょうどいい、とのことでもう1分ほど足すことにした。

「なんで足すの?」

「水でしめて固くなるから、美味しいアルデンテよりしっかり茹で上がってる方がいいんだ」

 そう話しながらザルにあけ、パスタに水をかけてしめていく。しっかり水を切ったあと分量外のオリーブオイルを薄くまぶした。こうすることでパスタに味が絡みやすくなるのだという。

 味付けした具材が入ったボウルにパスタを加え、味をなじませるように混ぜ合わせ、ここで一度味見をする。くるりと手のひらに巻かれたパスタは少し醤油の色にぬれて美味しそうなこげ茶色だ。

「優さん、お味はどうですか?」

「ちょっと薄いかも」

「そう思ったらめんつゆか醤油を足してください」

 彼女はめんつゆのボトルを選び、ひと垂らしした。

「で、できました」

「あとはこれを盛り付けるだけです。

 白い皿が無難です。大きめがいいかも。

 ここに山のようにのせ、積み上げる!

 高さを出せばそれなりに見えるのです。

 で、すりごまを飾り程度にふりかけ、ちょっとだけ残しておいたシソを乗せれば、完成!」

 今回のパスタはトマトとシソしか切らないのが本当にお手軽である。

 味付けも先につけておけるのも初心者にはありがたい。何かをしながら味をつけるのは高等技術になるのだ。

「では、私がいただきまーす」

 莉子が早速とフォークを取り出し、一口すすった。

 めんつゆの出汁の風味とごまの風味、さらにオリーブオイルの香りが鼻に抜けていく。

 シソの風味も爽やかでトマトの酸味も食欲をそそること間違いない。

「おーいしー!

 優さんも食べてみて」

 優も一口食べてみると、和風なのにトマトの酸味とオリーブオイルが洋風にさせるのかもしれない。

 風味も楽しめるパスタを噛み締めながら、「……おいしいっ」これしか言葉が出てこない。

 さらにどれどれと奈々美もパスタを口に運んでゆくと、

「優、すごくおいしい!

 今までの中で一番、おいしいと思う」

 褒めているのか貶しているのか、ただ間違いなく食べられる料理が作れるようになったことは間違いない。

「今、簡単にレシピ書いておくから、これを基礎でやってみてください。

 味の付け足しとかはしないように。アレンジはただのメシマズの一歩です」

 優は大きく頷くが、

「こんなに簡単に作れるとは思ってなかった……

 莉子さん、本当にありがと!」

 優からのハグは、連藤の抱擁より、熱く、激しかった。

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