《第41話》スクープ!?

 木下が一人で来るなり差し出してきたのは、十数枚に及ぶ写真の束だった。


「……で?」


 莉子は一通り眺めて、「よく撮れてるね」それだけ言い、指先でその束を押し戻し、首を傾げてみる。


「浮気の現場じゃないですか!」

 突き出された写真は、カウンターに腰掛けた巧と談笑する莉子。

 次は三井と喧嘩をしている莉子。

 瑞樹の愚痴を聞く莉子。

 連藤とワインを傾ける莉子。


 どれもより良い瞬間をおさめてあり、楽しい時間が瞼に浮かんでくる。三井は少し違うが。

 もう一度頷き、莉子は木下に尋ねた。


「……脅す気ですか?」


「いいえ、交換条件です」


「……あなたの上司に連絡しますね」


 カウンター越しにもがく彼女を避けながら携帯を操作し、連絡を入れる。

 生憎、本日は日曜日だ。

 予定が空いていれば、全員、集合できるだろう。

 巧に三井、瑞樹、そして連藤である。


 どれだけ集まるかなぁ……

 莉子は連絡をしてみたが、それほど期待はしていなかった。

 皆それぞれに予定があるだろうし、全員来なければ、それはそれで解決しようと考えていた。


 が、連絡を入れて次の言葉はみんな『今行く』だった。


 まず10分で到着したのは連藤と三井だ。三井もたまたま家に居たらしい。タイヤの音を鳴らしての到着だ。黒い車からは禍々しいオーラーが見て取れる。

 現れた二人も暗黒面に落ちたかのようだ。憤怒にまみれた表情で、いつになく険しい。

 ただ無言のままカウンターに座り、腕を組んで空を眺めている。全員揃うのを待つらしい。

 その10分後、瑞樹が到着した。優とデート中だったようだ。それなら来なくても良かったのに、莉子は言うが、「変なことに巻き込まれたくないし」という瑞樹と「莉子さんのランチ食べたい」という優なので、お互い問題ないようである。

 最後に現れたのは巧と奈々美である。到着早々、巧が怒鳴りそうなのを瑞樹がおさめていると、奈々美が巧の写った写真を見て、声を上げた。

「ちょっと巧、ひどい!」

 その声に木下は顔をにやけさせるが、

「ミートボールパスタのときは連絡してって言ってたじゃないっ」

 この言葉に木下は全てを悟ったのか、無表情に落ち着いた。

 その写真の中で巧が頬張っていたのは、確かにミートボールパスタだ。だが、これは出来合いのミートボールをランチで残ったミートソースで和えただけなので、同じものではないよと莉子が告げると、

「莉子さん、ミートボールパスタの日、いつ?」

「……明後日とかなら来れる?」

「夕食で食べれるなら来れるよ。優はどうする?」

「したら私も明後日来る」

「じゃ、明後日ミートボールパスタ作って待ってるね」

 満足そうに二人は頷き、優はメロンソーダフロート、奈々美はアイスコーヒーを注文すると奥の席へと移動していく。自分たちには関係ないと判断したようだ。

 飲み物を届けて戻るが、険悪なムードは一向に回復する兆しはない。


「木下、お前は何がしたいんだ」

 口火を切ったのは連藤だ。

 無言の中で一番の怒りを貯めていたのは彼だろう。

 その次が巧。

 止める意味でも駆けつけてくれたのが、瑞樹と三井となる。

「わ、私は……」彼女は膝の上でズボンのひだを何度も作り、伸ばしている。

 何かいい言い訳を思いつかないかあぐねているようだが、そう簡単には見つからないだろう。

 だが、莉子としても疑問だった。


「木下さん、仮に私があなたの要望を飲んだとしたら、交換条件で何を求めたんですか?」


 日曜日の16時。

 普通のカフェなら割りと繁盛する時間帯ではあるが、ここはオフィス街。

 人が来ない時間帯だ。

 住宅街でも街中でもないため、ランチは混んでも、夕方から夜は混まないのだ。


 木下からは言葉が出てこない。そこまで考えてなかったのだろうか。

 それにしては行き当たりばったりではある。

 莉子は一つ息を吐くと、クローズを出しに行く。


 戻ったとき、奥で優が手を上げたのでなにかと向かうと、パスタが食べたいという。

 では、今日のパスタは冷製パスタとしよう。

 白ワインが飲みたい気分だ。

 まずは白ワインはスペインに決定、少し苦味があるというが、良いアクセントの苦味で、落ち着いたワインだ。食事の邪魔をしない、喉越し爽やかな白ワイン。香りも強くはなく、フレッシュな青臭さとグレープフルーツのような柑橘系の香りが今日のような暑い日にはよく似合うだろう。

 ワインクーラーを用意し、氷を詰め込みワインを入れておく。

 そしてパスタを茹でる水を沸かす。

 沸かしている間にサラダを準備しておこう。

 今日のサラダはラディッシュと生ハムのサラダ。

 ちなみにパスタはバジルとトマトの冷製パスタと決めた。

 まずはラディッシュを薄くスライスして、葉もお湯で軽く湯がき一口大に切る。生ハムは細く切っておく。

 ボウルにオリーブオイル、塩、胡椒、バルサミコ酢を入れ混ぜ、そこにスライスしたラディッシュ、葉、生ハムを入れ、仕上げにくるみをざく切りにしたものを混ぜ合わせれば完成である。

 そうしている間にお湯が沸騰してきたので、パスタを投入。

 水で冷やすことを考えて、表示時間いっぱいで茹でることにする。

 こちらも大きなボウルにトマトをざく切りに、生バジルの千切りを加え、すりおろしたニンニクとオリーブオイル、ブラックペッパーで味を整えておく。ボイルのエビもあったのでそれも混ぜておこう。

 次に茹で上がったパスタを水でよく洗い、ザルにあげ、水気を切り、先ほどボウルの中で作ったトマトマリネの中に投入。この時に粉チーズも入れ、混ぜ合わせる。

 味を確認し微調整したら、完成だ!

 しかしながら、8人分のパスタにサラダは意外と骨が折れるものだ。

 盛り付けを終えると、ワインのコルクを開け、まずは女性陣のテーブルへ。

 グラスにワインを注ぐと黄色い声が上がった。

 サラダとパスタを届け、次はカウンターの方々にもワインを出してみる。

 飲むかどうかは別だが、多分、飲むだろう。

 そして、サラダとパスタを一人ずつお渡ししていく。


「言いたくないことをやるのは本当にバカだと思うよ」

 莉子はそれだけいい、木下にも料理が振る舞われた。


 温かい料理ではないので香りがただようことはないが、爽やかなワインの香りとアクセントでかけた粉チーズの香りがふわりと鼻をかすめていく。


「……あたし、莉子さんが羨ましくて……

 莉子さんはあたしみたいのにも、普通に接してくれるし……」


「それだけが理由?」


「……あたし、人との距離感がよくわかんなくて。

 困ることをしたら、気が引けるじゃないかとか、そんなこと思うんです……」


「自分のこと、卑下しすぎなんじゃない?」 

 莉子はそう言い、ワインを飲んで、パスタをすする。

 今日の白ワインは香りもほどよく、味わいもあっさりで料理にとても合う。

「女の子が好きな自分は、どうせ嫌われてるから、嫌われることをしてもいいんだ、って発想はおかしいと思うんだな」

 瑞樹はその意見に大きく頷き、巧も表情が硬いままも小さく頷いた。

 連藤はため息まじりにワインを飲み込み、三井も一気に飲み込んだ。


「莉子、」グラスが掲げられる。鈍い動きで三井に注ぐが、三井はカウンターに散らばった写真を眺め、感心した声を上げる。


「最近、木下、昼は外に出てたが、写真撮るために出てたとはなぁ……

 すげぇ執念だな」


 自分と莉子の口論写真を手に取り、何故かにやけて眺めている。莉子のあまりの剣幕に笑いがこみ上げたようだ。


「連藤、お前見れないもんなぁ。

 お前と莉子の写真も、週刊誌的でいいぞ、これ」


「そうか」興味が全くないようだ。ワインを飲み、サラダを頬張る。

「莉子さん、今日のラディッシュのサラダ、俺好みの味だな」


「それは良かったです。また作りますね」


 二人でにこにこ微笑んでいるが、巧もグラスを一気に空にすると、


「木下、俺はお前の異動も考えている」

 木下は俯いたまま、小さく頷いた。


「ここは俺にとって、

 瑞樹や連藤、三井にとっても、大事な場所なんだ。

 それをくだらない感情でかき乱すようなら、ここではない別な場所で仕事をしてもらう」


 巧にとっての決断だったのだろう。

 ずっと考えてきたことだったのかもしれない。

 言葉が淀みなくできたからだ。

 誰もそこまでしなくても、という言葉がでないのが、彼女のやってしまった結果なのだ。


「反省しながら、ワイン飲んだらいいよ」

 瑞樹は淡々とした声でいい、パスタを頬張り、幸せそうに目元を緩めると、グラスとパスタ皿を抱えて、優のテーブルへと移動していく。

「優ちゃん、このパスタめっちゃ美味しいねっ」

「巧もこっち来たら?」奈々美が声をかけると、巧も器用にグラスと皿を抱えて移動してく。


「木下、莉子は連藤一筋だから諦めろよ」


 グラスで指差す先は、ワイン談義に花をさかせる二人がいる。


「ねね、連藤さん、今日のワインさ、サラダと合うでしょう?」


「そうだな。もっとフルーティな白ワインも面白そうだな」



「あたし、トンデモナイ人、好きになっちゃったんですね」

 木下は慣れないワインを飲み干すと、パスタを啜りあげた。

 少しツンとした味がしたのは、莉子のせいだけじゃない。

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