第4話 歌にのせる想い

「…おやおや。今日パソコン部の全国優勝祝賀会が開かれるとは聞いていたが、先生よりも早く来ているとは。さすが団体優勝に導いた部長さんだ」


「いえいえ。今日が現役最後だと思うと、居ても立っても居られなくて…」


「若い証拠だねぇ」


 優勝祝賀会当日となった。


 俺は、守衛さんが門を開ける朝7時の10分前に、校門前に立っていた。


 けやき商に入学して2年半以上の月日が流れ、俺は中学から憧れていたけやき商パソコン部の部長となり、先輩方が築き上げた連覇の歴史を守り抜くことに成功した。そして、今日その歴史を祝う祝賀会が、このけやき商の体育館で立食パーティーの形式で行われる予定となっている。パソコン部員として現役最後の祝賀会出席を控え、俺は大会当日に感じることのできなかった達成感を感じずにはいられなかった。


「!先輩!!今日は先輩よりも早く到着している予定だったのに…」


「あなたの準備が遅かったから、先輩よりも先に来れなかったんでしょ?美琴!!」


「それを言わないでよ、お姉!」


 聞き慣れた姉妹の声が、俺の背後から聞こえてくる。


「真琴!それに美琴!!こんな早くに一体…」


「実は、先輩を驚かそうと思って、守衛さんが来る7時前に来ようと思っていたんですけど…」


 美琴を睨みつける真琴。


「だって、しょうがないじゃん!アラームかけてたスマホの電源が落ちちゃってたんだから…」


「…美琴らしいな」


 理由を聞いて苦笑いをする俺。


「…おやおや。部長さんも隅に置けないねぇ。彼女が2人もいるなんて」


 真琴と美琴を見た守衛さんの言葉に、その場にいる全員が赤面する。


「守衛さん!違うんです」


「先輩が彼氏なんて…」


「俺には彼女なんて居ないんです…」


「ははは。冗談だよ冗談!さぁ、お待たせしたね。門を開けたよ!」


 不器用なウインクを俺に投げかけ、守衛室へと戻る守衛さん。


「…まぁ、なんだ。とりあえず、校舎に入ろうか」


「そうですね」


 守衛さんの冗談に驚かされた俺たちだったが、その後は何事もなかったかのように校内に入り、部室へと向かった。


***


 優勝祝賀会は滞りなく終了。部員は全員、鳳城が企画した二次会会場となるカラオケボックスにいた。


「…予約していたけやき商パソコン部ですけど」


「お待ちしておりました。会場は2階201号室です」


 店員からマイクやリモコンを受け取ると、鳳城は部員を会場へと促した。


 201号室は大部屋となっていて、ミニライブ室のような作りになっていた。


 小さなステージの上にカラオケの機械やマイクスタンド、画面が設置されていて、天井には時代遅れとも思えるミラーボールが設置されている。


「さぁ。まずは、今回の主人公とも言えるべき、沢継部長が歌います。みんな、拍手!!」


「おお!!」


「部長!期待してますよ!!」


 全員が部屋に入ると、即座に鳳城が俺への選曲を指名する。


「!!おい。いつ俺がトップバッターって決まったんだ?」


「部長さんなんだから、つべこべ言わずに曲選んで!」


「…」


 俺はパソコンディスプレイの半分程度の液晶画面を備えた選曲用リモコンを操作し、歌いたい歌を探し出す。


「先輩!何を歌うんですか?」


 いつの間にか俺の隣に座っていた美琴が、選曲用リモコンを覗き込む。


「美琴!すぐに分かるんだから、もう少し待ってくれ!」


「へーい」


 覗き込んでいた顔を引っ込める美琴。


 俺は「Feeling」という歌を選択し送信すると、リモコンをテーブルに置き、ステージへと向かった。


 部屋が自動的に薄暗くなり、バラード調の曲が流れ始める。


 ステージに立った俺は、スタンドからマイクを抜き取り、歌い始めた。


『♪君を想い始めて 一体どのくらいの月日が流れたことだろう

  君を想い出さない日は一日もないのに 君への想いはいつまでも伝えられずにいる

  今じゃ他愛もない仕草の一つですら 愛おしく感じる

  この想い 俺はいつまで心の奥底にしまい続ければいいんだろう…』


 間奏に入ったので周囲を軽く見渡してみると、俺のことをじっと見つめる視線があった。


 美琴だ。心なしか、その瞳に涙が浮かんでいるようにも見える。


 俺の歌を聴いてくれているのだろうか?俺の歌にのせた想いが、美琴の心に通じているというのだろうか?


 そんな自問自答を繰り返すうちに間奏が終わり、俺の意識は歌へと戻っていった。


 歌い終えると、お世辞とも思える歓声と共に拍手が沸き起こり、俺はステージを降りた。


「先輩!どこにこんな歌を隠し持っていたんです?お姉たちと一緒に先輩と何回もカラオケ行ってますけど、この歌始めて聞きましたよ!」


「まぁ、ある意味「今日」のために、自宅で練習してきた歌だから、歌ったのは今日初めてだよ…」


「えっ!?」


「い、いや、深い意味はないんだ。深い意味は…」


 美琴とのやりとりに横やり(ある意味助け舟?)を入れるように、鳳城の言葉があたりに木霊する。


「さぁ、部長さんの素晴らしい歌声に対抗する人は?」


「…美琴は、歌わないのか?」


「私、ですか?」


「真琴達と一緒にカラオケ行く時は、色々な歌を歌っていたように思うんだけど…」


「…分かりました。じゃあ、私もとっておきの歌を出しちゃいますよ!」


 そういうと美琴は目の前に置かれたリモコンを手に取り、手早く選曲を済ますと送信を押した。画面の右上に、「次曲:木漏れ日」と表示される。


 表示を確認すると、美琴はその場に立ち上がり、颯爽とステージへ向かった。


「おっと。どうやら次は、次期副部長候補、1年の希望の星、嶋尻美琴さんが歌うようだ!」


 鳳城のコールに部員達が歓声を上げる。


「美琴ちゃん!頑張れ!!」


「ファイト!!!」


 先ほどと同じように、部屋が自動的に薄暗くなり、バラード調の曲が流れ始める。


 ステージに立った美琴は、スタンドからマイクを抜き取ると、両手でマイクを持ち歌い始めた。


『♪叶わぬ想い抱きながら 君の面影を追い続けてる

  僕の愛する君を手に入れるなら きっとなんだってできるというのに

  君の笑顔は誰に向けられているのだろう

  僕はそんなことばかり考えながら 君の笑顔を想い出してる…』


 美琴の美声が、部屋中に響き渡る。そして、間奏に入って間もなく、部員達から歓声が上がった。


「いいぞ!美琴ちゃん!!」


「ヒューヒュー。歌われているのは一体誰だ!?」


 美琴の声に聴き入っていた俺は、ふと我に返ると美琴を見た。俺のことを見ていたのだろうか?目線があった美琴の瞳の先は、その瞬間に明後日の方向に向いていた。


 美琴の歌の先にいるのは、俺なのだろうか?いや、俺はきっと、自分の都合の良いように解釈しているだけに違いない…。


 そんな自問自答を繰り返すうちに間奏が終わり、再び美琴が歌いだすと、俺の意識は美琴の歌声に引きずり込まれていった…



第6章 に続く

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