第2話 恋の自覚
真琴の突然の帰宅でいきなり2人きりになった俺と美琴は、会話という会話も成立しないまま、駅に向かっていた。
カラオケボックスのある五叉路を郵便局方面へ渡り、駅前病院の交差点を右折し、駅まであと少しの所まできた時、美琴が突然振り返り俺に話しかけてきた。
「…先輩!五叉路のカラオケが目に入ってからずっと考えてたんですけど、部活のみんなで『打ち上げ』をやりませんか?」
「!…えっ?打ち上げ!?」
突然美琴に振り返られた俺は、美琴にぶつかるまいと足と体を緊急停止させながら答えた。もし、俺の後ろに後続がいたら、きっとその人は俺に容赦なくぶつかっていたことだろう。
「!!先輩!大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。でも、次からいきなり振り返るのはやめてもらえるかな…」
「すいませんっ。先輩」
「いいよいいよ。で、打ち上げだよな」
「はいっ。部活のメンバー全員で、今回の優勝のお祝と、若林先生と選手の労を労う目的で、打ち上げをやるんです!」
「労を労うって、選手本人である美琴が使う言葉じゃないだろ…」
「まあ、それはそうなんですけど、ここは固いことは抜きで考えましょうよ」
「それはいいとして、いつやるんだ?」
「それなんですけど、学校主催の優勝祝賀会が今度の土曜日開かれますよね。祝賀会は午前中で終わるみたいですから、その日の午後とかどうです?」
「そうだな。俺たちは優勝した側だから、準備や後片付けもする必要ないしな…」
「それで、選手である私や煉先輩からの発案だとおかしなことになりますよね?」
「確かに…。まさか、もしや…」
「そのまさかです。私の口から、先輩には非常に頼みずらいんですけど…」
「マネージャーの長である鳳城に頼んで欲しい、そういうことだな」
「…」
俺の言葉に、美琴は言葉を詰まらせた。
鳳城と部活以外で会話をした記憶は、俺は今年の地方大会以降全くない。俺自身、必要以上に鳳城と会話しようとも思わなかったし、鳳城も俺との接触を極力避けているように俺は感じていた。きっと、鳳城の彼氏である俺のクラスメイトも、気を遣ってくれているのだろう。そいつとも、鳳城の話を一切しないことを除いては、あの一件より前の状態を維持できていた。
俺があの一件から立ち直れたのは、間違いなく美琴のお陰だ。校舎裏を流れる浅見川の流れを見ながら、全てがどうでもよくなりかけていた俺を、闇の淵からすくい上げてくれたのは、あの時俺の元へ駆け、俺の話を聞き、傍にいてくれた美琴だった。
「…あの時は、本当にありがとな。腐りそうになっていた俺を救ってくれて」
「先輩…」
「俺は大丈夫!鳳城をデートに誘う訳じゃあるまいし。それに、打ち上げも「部活」の一環だろ?部長がマネージャーに打ち上げの事を相談することは、おかしなことじゃないしな」
「言いだしっぺの私が鳳城先輩に言えればいいのかも知れないですが、私はまだ高一だし、私が提案するより、部長である煉先輩からの提案の方が、筋は通るかなって…」
「そうだな。明日、若林先生の許可をもらってから、鳳城と話してみるよ」
「先輩!ありがとうございます」
会話しながら自然と駅へ足が向いていた俺と美琴は、いつの間にか改札へと続く階段の前にいた。
「それじゃ先輩。私、お姉と一緒に行く予定だったお店に行きますから…」
「…一人でデザートを食べに行くのか?」
「ちっ、違いますよ!買い物ですよ。買い物!」
「そうか。それじゃ、今日はここで!」
「はいっ先輩。それじゃ!」
階段を一気に登り始める美琴。
「美琴!今度、そのうち、俺の買い物にも付き合ってくれ!」
俺の突然の呼びかけに気付いて、階段の途中で立ち止まり、振り返る美琴。
「…えっ?先輩、今何て?」
「…いや、何でもない。気をつけて」
「はいっ。先輩もお気をつけて!」
満面の笑みで、肩から下げたカバンごと手を振る美琴。俺がそれに手を振り返すと、美琴はぺこっとその場でお辞儀をし、その場が颯爽と消えた。
“…俺は美琴に一体何を言ってるんだ!?もしや、俺は美琴のことを?…そんなことは…”
美琴が階段を登り始めて呼び止めたときの言葉…「今度、そのうち、俺の買い物にも付き合ってくれ!」別に予め用意しておいた訳でもなく、呼び止めようと意識していた訳でもない。美琴が買い物に行くと聞いて、唐突に思いつき口から出てきた言葉。
言い放った直後、俺は「「はいっ先輩!」と言ってくれ!」と、心の中で叫んでいた。
亜美を追いかけていた頃は、ネガティブに気持ちが動くことはあったものの、今俺が感じているようなポジティブな感覚は皆無であったように思う。
俺が、自分でも気がつかないうちに「美琴」に気持ちを寄せていることが間違いないことだと、今はっきりと分かった気がした。
“俺が後輩を好きになるなんて…しかも、今まで恋愛の相談をしていた相手を好きになるとは…まるで「恋愛小説」だな…”
美琴が振り返った場所をしばらく見つめていた俺は、ホームから鳴り響く発車メロディを聞いて我に返り、電車に乗るため階段を登り始めたのだった。
第3話 に続く
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