第十九回 亜耶弥立つ
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「亜耶弥っ!」
誰よりも早く亜耶弥に駆け寄る英士。しかし、英士は為す術がなかった。人の身長よりはるかに長い槍は亜耶弥の腹部を貫いていたまま、地面に突き刺さっていた。亜耶弥は槍に体重をあずけるようにして、力なく倒れかかっていた。
すぐにメンバーが亜耶弥のもとに集まってきた。
「亜耶弥ちゃん……」
凄惨な亜耶弥の姿を見て、弥里は口を押さえてその場にヘタり込んでしまった。圭士は、そっと弥里の肩に手を置いた。
槍の攻撃を防げていたのは、弥里一人だけ。ゴーレムの手で受け止めることができていたにも関わらず、勢いを殺すことができなかった。震える弥里の思いが伝わってきたが、圭士は何も声をかけてやることができなかった。
弥里は自分を悔いているのだろうか……。
圭士自身も同じ思いだった。
こんな結末は、Supertailにはなかったのだ。亜耶弥は、千里眼を作る真琴をかばって負傷するはずだった。その亜耶弥を圭士が守った。そのため、ストーリーが改変された。あのまま亜耶弥が負傷せず、黒き影を倒してストーリーが進むものとばかり圭士は考えていた。
結果は、変わらなかった。亜耶弥が腹を貫かれて負傷する結末は変わらなかったのだ。むしろ、亜耶弥のダメージは本来よりもかなりひどいものだ。
圭士は、拳を強く握りしめた。
俺がSupertailに来てもメインストーリーは変えられないというのか。亜耶弥を守って戦いの流れが変わったはずなのに、雲からの槍攻撃はシナリオ外だ。
亜耶弥たちの中でシナリオ外の動きをすれば、姫宮京はストーリーを加筆修正してくるというわけか。こっちは姫宮京の姿すら確認できていないというのに、これでは姫宮京のシナリオのままに演じているだけになる。じゃぁ、姫宮京は俺たちのことを見えているのか……。
圭士は辺りを見回したが、誰もいない。
あきれの言っていたあの可能生も考えられるか……。
――写し書き。
「うっうっ……」
亜耶弥は意識を取り戻した。腹部を貫かれているのに、平然とその場に自分の力で立っている。
「亜耶弥ちゃん、大丈夫?」
真琴の声は震えている。
「腹のど真ん中を刺されて、平気だと思う? 予想外の展開で油断したわ。衝撃が強すぎて気を失っていたようね」
亜耶弥は、痛みに顔を歪めることなく答えた。
「ヤバイのか?」
亜耶弥が目覚めたことで少し安堵した英士が聞いた。
「大丈夫よ!」
亜耶弥はそう言いながら笑顔を見せ、片腕を天に上げた。そして、勢いよく振り降ろす。スパッと亜耶弥の腹部から突き出ていた槍が、もののみごとに輪切りになった。亜耶弥の背中側から長く伸びる槍が地面に倒れ落ち、亜耶弥の腹部から抜けた。
「零士を迎えに行くまでは死なな」
亜耶弥は脱力し、倒れかかった。
「亜耶弥」
すぐに英士が亜耶弥を抱きかかえた。
「おい、亜耶弥。亜耶弥。返事をし……ろ」
亜耶弥の胸元を見ると、一定のリズムで上下に動いて呼吸をしていた。
「寝ちゃったの?」
「まったく紛らわしい」
「亜耶弥ちゃんの回復、誰がやるの?」
「亜耶弥も自分で少しは回復モードになってると思う。俺が命活しながら、抱いて連れて行くから大丈夫だよ」
「で、真琴。行き先はわかったのか?」
聖士が聞いた。
「うん」
「道案内、頼んだぞ」
「その前に、出雲大社に寄ってくれないか? 亜耶弥がこのままじゃ回復が追いつかないから。それにもう一つ用があるんだ」
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英士は、亜耶弥の体になるべく負担をかけないように、ゆっくり走り飛び出雲大社へ急いだ。聖士たちも英士のペースに合わせた。また黒き影が襲ってくるかもしれないと、英士を中心に囲み、警戒して進む。
しかし、出雲大社への道中、黒き影の襲撃はなかった。
出雲の国一帯は、ずっと分厚い雲に覆われ、重い空気が立ち込めていた。人っ子一人見ることなく、気配すら感じない。途中、体力を温存させたかったが、公共交通機関に乗り換えることができればと思っていたができなかった。
朝、列車の上で、出雲駅、と戦闘を繰り返していたので、体を少し休めたかった。しかし、亜耶弥の負傷を考えれば、自分らの体力などと文句は言っていられないと、自分を鼓舞して前に進んでいたのだ。
そして、出雲大社に到着したのは、夕方だった。
「大」とつくほどの鳥居は、まさに見上げるほどだ。雨風を長年浴びて、木の表面の色が薄れていて年月を感じさせる。隣に並ぶ「出雲大社」と彫られた巨大な石柱とほぼ同じ高さだ。
英士たちは大鳥居をくぐると、空気の変化を感じた。出雲一帯にのしかかっていた邪の空気ではなく、大地から湧き上がってくる精霊のパワーに包まれるようだった。
太陽は傾き始め、松の林道は陰っていた。まっすぐ続く林道の先から、一人の男がこちらに向かってきた。
「八雲!」
「久しぶりだな、英士。亜耶弥にずいぶん無理させおって」
八雲は、英士が抱える亜耶弥の傷の具合に注視する。
「すまない」
「さっき、こいつらの妖術エナジーを感じたぞ」
八雲は、聖士たちに目を向けた。八雲の視線は、眼球の奥を見られるような鋭さがあった。
Supertailには、八雲の強さや能力などの説明はなかったが、八雲が亜耶弥や英士の力を目覚めさせるほどのスキルを持っただけの人間であることは伝わってきた。八雲と対峙しただけで、それはすぐにわかった。
「千里眼を使ったんだ」
聖士は八雲の威圧に臆することなく答えた。
「それだけであんなエナジーを感じるかよ。お前は本当に何もわかっちゃいないねぇな」
「なんだと?」
「悪い、聖士。八雲、先に亜耶弥を泉に連れて行きたい」
「おう。今、開ける。お前らも着いて来い」
八雲は背を向け、来た道を戻る。すぐに英士は八雲に着いて行き、聖士たちも言われるがまま八雲のあとを追う。
砂利道が続く松の林道が二手に分かれ、八雲は右に行く。左の道の先には、大きなしめ縄が軒に吊り下がる拝殿が見えた。
松林を抜けると白い光を放つ高い柵があった。柵の中も白く光っていて何があるのかわからない。周囲は、白い岩石が並んでいる。風化して丸みを帯びたものや、巨大な魚の骨のようにアーチを作っているものもあった。その岩石自体からも淡い光が見て取れる。
光の柵の前に立った八雲は、二本指で大振りに印を切った。
すると、八雲の目の前からカーテンが開くように、光が割れていく。そして、そこに現れたのは、一切濁りのない泉だった。
泉からは、まるで小さな妖精が生まれ出ているかのように、光の粒が絶えず浮き出ている。辺り一面にキラキラと舞っている。
泉の奥には白岩を切り出して造られた神殿が立っていた。
それを見た誰もが神聖な場所だと認識した。
その神秘的な光景を見ているだけで体が軽くなるようだ。一粒一粒の光に癒しの力があるのか、この白い世界の力なのかはわからない。時間の存在を忘れさせるような場所だった。
英士は、泉の中へ静かに入っていく。舞う光の粒が、英士に驚いたようにふわーっと逃げていく。腰高まで泉につかった英士は、亜耶弥を仰向けのままゆっくり水面に浮かせた。するとすぐ光の粒が亜耶弥を取り込む。泉に波はないのに、亜耶弥は泉の奥へと流されていく。
「それじゃ、溺れちゃうんじゃ……」
真琴が英士に声を投げかける。
「大丈夫だ。お前らもつかってこい。回復の泉だ」
八雲は優しく言った。真琴、圭士、弥里と歩みを進めていくが、
「俺はパスだ」
聖士は背を向け、近場にあった白岩に腰掛けた。
「聖士君?」
「俺はいいんだ。吾妻も行けよ。さっき、召喚術使ったんだから」
聖士は手を振って吾妻を促した。
圭士は泉に足を入れた。最初にヒヤリと感じたがすぐに体の中に温かいエナジーが染み込んでくる。瞬く間に足の疲れが取れたように感じた。そして、全身を泉に沈めた。先と同じように全身からエナジーが入り込んで、丸一日使った妖術エナジーが回復していった。
英士を始め、真琴、弥里、圭士の妖術エナジー、体力は全回復した。しかし、亜耶弥は泉の奥で光に包まれたまま浮いている。すぐには回復されるわけではなかった。それだけ傷のダメージが大きかったことを物語る。
英士たちは泉から上がった。
「終わったようだな。着いてきな」
八雲はそれだけ言って背を向けた。
「ちょっと亜耶弥ちゃんはどうするの?」
亜耶弥だけ置き去りにして心配になった弥里が聞く。
「もう少し寝かせてやってくれ」
英士が答えて、八雲のあとを追った。
- 3 -
社務所にある和室の一つに案内された。英士たちの体力は回復したとはいえ、日が暮れてしまったため、零士の家に行くのは明日にしたほうがいいと八雲がアドバイスした。
また、亜耶弥の回復が思ったよりも遅くなっていたためでもある。
亜耶弥がいないまま、夕食の時間となった。休憩していた英士たちの部屋に、出雲大社に仕える巫女二人が食事を運んできた。その時、圭士は誰かに強く見られていると感じた。慌てて廊下に出たが、巫女が夕食を盆に載せて運んでくるだけだった。
廊下の窓からすでに暗くなった外が見える。誰かがいる様子はない。
圭士はこっちの世界に来て、初めて誰かに見られていると意識した。
――姫宮京だ。
京が俺ないし、このメンバーを見ている。いや、監視している。
出雲駅での戦闘時、Supertailにはない圭士の行動で、京は違和感を覚えたに違いない。結局、あの戦闘は亜耶弥が小説の通り傷を負う形で終わった。いや、京が再度Supertailに則して終わらせたんだ。
"Destiny begins to move." 運命は動き始めると言う力があっても、所詮、本家本元の作者の力の前では、登場人物など作者の駒だ。ストーリーと違う動きをしたところで、上手い具合に修正されてしまう。
「圭士。どうかしたか?」
英士が声をかけてきた。
強い視線を感じなかったかとは聞けず。
「いや、別に……」
「亜耶弥なら大丈夫だ。ここだけの話、亜耶弥は自分がこうなることも折り込み済みのはずだ。Supertailの物語のまま進んではいるが、亜耶弥は先を見越して考えているはずだ」
英士は途中から小声でSupertailにはない台詞を言ってきた。小声で言えば、京に気づかれないと思っているようだ。この時点で京は、英士が別の台詞を話していることを知っているに違いない。圭士はそう考えていた。
「そうだな」
圭士は軽く英士に答えるにとどまった。
それからというもの、圭士は終始見えない視線を感じていた。夕食中も、その後の各々自由な時間を過ごしていた時も。
一度気になってしまったがために、注意にとらわれすぎているのだろうと全く別のことを考えようとしたが、見えない視線を振り払うことはできなかった。そして、その視線を吹き飛ばす出来事が起きた。
夜九時を過ぎようとした時、突然、外が真昼のように明るくなった。まるで、出雲大社がスポットライトで照らされているようだった。
その場にいた誰もが、今までに感じたことのない莫大な妖術エナジーを感じた。みんなが次々と廊下に出ると、窓の外に光の柱が天に向かって立っているのが確認できた。エナジーは、まさにその方向からひしひし伝わってくる。
「亜耶弥か?」
誰もが思ったことを聖士が口にした。
「おそらく。泉だ。行こう」
その場からでは何が起きているかわからない。英士は走り出した。
泉全体から光が天に向かって走っていた。泉の中央、光の波の中に亜耶弥は立っていた。二本指を立たせ、何やら詠唱している。揺らぐ亜耶弥の腹部は、すっかり元通りに戻っていた。
亜耶弥の詠唱が止まった。
「亜耶弥」
英士が声をかけるが、亜耶弥はまったく反応を示さない。そして、スッと亜耶弥の腕が天に伸び、二本指が天を差す。
「我が母なる大地。出雲よ。そして、大地に住みし全ての生命よ。我が力となりて、今、神の力を解き放ち給え。開印!」
そう亜耶弥が言い終えると、泉の光がさらに強くなり、英士たちは目を覆い、数歩下がった。風も吹いていないのに、見えない力で英士たちは押されていた。
「亜耶弥。封印を解きやがった」
いつの間にか現れた八雲が、腕で目を覆い、光り輝く亜耶弥を見ていた。
「封印?」
真琴が問うが、答えは返ってこない。
光の柱が力を吐ききったように、だんだんと細くなっていき、光は消えた。しかし、泉や周囲の白岩は昼間と同じように白く光っている。そして、光の柱の中にいた亜耶弥の姿は、神衣をまとっていた。その神衣は透き通るような白い光を放っている。
「亜耶弥ちゃん、もう大丈夫なの?」
真琴がたずねた。
「黙っていろ」
八雲が亜耶弥から視線をそらすことなく強く言った。八雲でさえ、この状況に驚いていた。目の前にいる亜耶弥は、八雲にとって未知のものなのか。その答えも返って来なかった。
「女神か。ツクヨミが目覚めた」
英士はゆっくり横に首を振った。そして、また一歩下がった。
あの英士でも亜耶弥を恐れているとでもいうのか。
「我が名はツクヨミ。あらゆる女神の頂点に立つ聖魔神」
亜耶弥の声が泉一帯に響き渡る。
「なんてこった。そこまでする必要はなかったのによ、八雲」
と、八雲は言った。
「八雲?」
なぜ、自分の名を八雲は呼んだのか。弥里が聞き直す。
「そう」
疑問を一切もたない英士が答えた。
「俺とツクヨミは同じ一人の人間なんだよ。ただ力が強すぎたためにツクヨミという女神と、インドラという魔神とに力を分けた。元は鬼神バロンだよ」
「バロン!」
弥里が反応した。
「知ってるの?」
真琴がすぐに聞く。
「鬼神バロン。中世の頃、その強大な力で世界の半分を滅亡させた」
「その力が覚醒して生まれたのが俺たちだよ」
八雲が弥里の説明につなげた。
「この人は、この出雲で力を封印したんだ。ツクヨミの力とインドラの力をね」
英士が八雲の顔を伺う。
「しかし、亜耶弥はツクヨミの力を解いちまった。俺は一生そんなことはしねぇよ。バロンには戻りたくないからな」
八雲は眉を寄せて、険しい表情をした。
亜耶弥は、両手を天に向けた。
「天より舞い降りし、神槍ロンギヌスよ。我が力となりて、今、ここに……」
亜耶弥の手に天から光の粒が螺旋を描いて降りてきた。その光がどんどん集積し、形を変え、槍の姿を現した。亜耶弥は、槍を片手に持ち自分の横に立てた。槍の長さは、亜耶弥の背丈の三倍はある。
そして、スーッと歩く動作を見せずに泉の上を移動してくる。
「久しぶりね。インドラにあったわよ、眠りの中でね。ツクヨミはもう二度と眠りにはつかないわ」
黒く長い髪を揺らしながら、八雲の目の前を通り過ぎていく亜耶弥。
「あぁ、好きなようにしな」
八雲は何もかも諦めたように苦笑いを見せた。
「それと、神具もらっていくからね」
「おい!」
「終わったらちゃんと返すわよ」
そして、亜耶弥は聖士の前に出た。
「だいぶ、不機嫌のようね、聖士」
亜耶弥は聖士を見透かしていた。
「あぁ」
聖士はそっけなく答えるだけ。
この旅が始まった時から、また聖刀を手にした時も、出雲駅で蜘蛛影との戦いの時も、亜耶弥に対して態度が不自然だった聖士。亜耶弥に何か心の中で訴えることがあったように見えていた。メンバーも聖士のそれに薄々気づいていたが誰も口にすることはなかった。触れてはいけない一線があったように思えていた。しかし、亜耶弥には、聖士の心の中が見えていたに違いない。
この時、圭士は京と亜耶弥が全く同一の人物なのではないかと思うほど、ある種の恐怖を感じた。
亜耶弥が京であると伝えた時、笑って否定されたが、双子であるこの姉妹は、互いに離れてしまっていても、背中を合わせて繋がっているかのように、分かり合っているのではないかと思う。
作者である京は、聖士の心を分かって書いている。自然とそれは亜耶弥にも伝わっているのではなかろうか。京が想像した世界を亜耶弥は闊歩して見せつけているかのように。
亜耶弥は、真琴、弥里、圭士の前をも通り越す。誰よりも前に出て、宙に浮いていた亜耶弥はスッと地に足を着けて立った。
「さぁ、いくわよ。零士を助けに」
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