210:停滞は滅びへの道 その十三

 捕まったブラックナイトのみなさんからことが露見するまでほぼ猶予がないと見ていいだろう。

 そこで迷宮へ潜る準備と、持って帰ったデータを解析して第六のゲートへの入り口を見つける作業を平行して行うことにした。

 流へ連絡するかどうか迷ったが、帰ったらマンションの前にいたので迷う意味が無かった。

 てか本気だったんだな、こいつ。

 服装と持って来た荷物を確認するとほとんど登山のノリだった。

 いやまぁ一般人に迷宮用の装備を準備しろと言っても無茶な話だけどな。

 仕方ないので防御をメインとした装備を整える。

 体格的には俺のほうがやや大きいが、ほとんどの装備がサイズ調整が利くので問題ない。

 服の下に装備する、受けた衝撃を十分の一程にしてくれる胴着を渡した時に「防弾チョッキのようだ」などと言ったが、基本は似たような物だろう。

 ただ術式を仕込んでいるんですげえ高いんだけどな。

 昔支給されたんだけど勿体無くて結局一度も使わなかった。

 役に立ってよかったよ。


「武器はどうする?」

「俺が持って意味があるのか?」

「そりゃあそうだけど何も無いというのもいざって時に時間稼ぎも出来ないだろ。これなんかどうだ? こう見えて飛び道具だぞ」

「あれだな、工事現場で車を誘導する棒?」

「確かに似ているな」


 未だに流を連れて行くことには不安があるんだが、本人曰く絶対に自分の身だけは守れる能力があるってことなんで渋々同意した。

 とにかく回復と防御系の消耗タイプの高い符をがっつり持たせておく。

 掛かった金は帰って来たら流に請求してやる。

 金額を見て驚くなよ!

 例の予見では五人で行くべきとか言われたが、これ以上巻き込む相手を増やしたくないしもうこのまま行こうと思う。

 

「見つけた」


 浩二が資料を確認してゲートへ渡るための転移ゲートの場所を割り出した。

 海外だったら打つ手が無かったが、壁外ではあったが近場にあってほっとした。

 浩二によるとあまり離れた所に設置すると、移動先の安全確保に人出が余計に必要になるんでそう遠くないだろうとは思っていたらしい。

 とりあえず準備を済ませてその場所まで移動する。

 てか流がコート姿俺がジャンパーで浩二が作務衣、そして由美子は最近おしゃれに目覚めたらしく、青系の蝶柄のワンピースと下に黒のレギンスというという出で立ちなんだが、全員の統一感の無さが恐い程だ。

 どんな集団に見えるんだ、これ。

 シャトル列車で壁外に出て住宅街へ向かわずに商店街を先へ進んだ裏通りに出る。

 

「ここだね」

「ここ?」


 古びた旅館という雰囲気の建物を前に気を引き締める。

 入り口には看板と、休憩と一泊の値段が表示されていた。


「ん? んん~?」


 嫌な汗が流れる。


「あ~ここって連れ込み宿だね。由美子ちゃんには教育によくないんじゃないかなぁ」


 唐突に耳元で声が聞こえた。


「うわぁ!」


 なんとか大声は出さなかったが、声を上げて飛び退いてしまったのは仕方がないだろう。


「いたいけな少女一人にむくつけき男が三人とか犯罪だね!」


 やたら嬉しそうにそう言ったのはうちの馬鹿師匠だ。

 いやまぁずっとカラスが付き纏っていたからある程度こっちの行動もバレているのはわかっていたけどさ、そこは黙認してくれる所じゃないのか?

 てか俺を犯罪者のように言うな。と言うか由美子に変なことを教えるのをやめろ。


「これが噂の3P?」

「いや、4Pだね」

「ユミ! はしたないぞ!」


 由美子が口走った言葉に脱力する間もなく馬鹿師匠がいらんことを答えるのにイラッとする。

 俺が叱ると由美子はちょっと顔を赤くして見せた。

 まぁ由美子は可愛いからいいか。


「なんだよカズ兄、止めるつもりなら」


 実力行使も辞さないと睨むと、バカ師匠であり馬鹿アニキでもある現ハンター協会日本支部の支部長殿はニィッと笑った。


「ハンター協会の支部長としては勝手な行動は許さんが、お前らの師匠として弟子の彼女を助ける手助けはしてやるぞ」

「いらんわ!」

「はっ! 口では嫌だと言ってもお前の心は『来てくれてよかった、さすがアニキちょーカッコイイ!』と言っているぞ!」

「ねえよ!」

「兄さんあんまり騒ぐと……」

「あっ」


 いかんついいつもの調子で相手をしてしまった。

 おそるべし条件反射。


「仕方ない、付いて来るなら邪魔はするなよ」

「はっ! いきがっちゃって。実は泣く程嬉しいくせに」

「ねぇから」

「仲良しさん」


 二人で唾を飛ばし合っていると、由美子がぼそりとそう評した。

 どうしてそうなる?


「うんうん、君たちは昔から俺を深く慕ってくれたからねぇ」

「誤解」


 由美子ですらツッコまざるを得なかった痛々しいこの男が、俺たちのハンターの師匠であり現在のハンター協会日本支部の支部長なんだから世も末だよな。

 てかなし崩しで付いて来ることに決まったっぽいんだが、どうよ。

 いやまぁ今は目前の怪しげな宿だ。

 この宿ってこの人数でぞろぞろ入って大丈夫な所なのか?


「失礼します。この宿に四号室は無いのでしょうか?」

「ああ? 四号室は特別ルームだよ」

「それならそこで」

「料金は倍になるよ?」

「問題ありません。お金はあります」

「そうかい。じゃあこの鍵を使うがいいさ」


 俺が表でバタバタしている間にいつの間にか宿に入った浩二が既に交渉を済ませてしまっていた。

 有能だな。

 でも放置されてお兄ちゃんちょっと寂しいぞ。

 

 受付のおばあさんに頭を下げて浩二に続く。

 ぞろぞろと異色の取り合わせで入り込むがおばあさんが気にするような素振りは無かった。

 一号室、二号室、三号室と来て、次の部屋が無い。

 焦ったが廊下の角を曲がった先にドアにペンキで『入ルナ』と書かれた四号室の扉があった。

 ガチャリと浩二が鍵を開けて中へと入る。

 全員がそれに続いて中に他に人がいないことを確かめるとひと息吐いた。


「全然不審がられなかったな」

「さっきのは符丁の合言葉になっているんです。それに考えてみれば大人数で怪しい者ばかりの冒険者パーティが利用していたはずですから」

「それもそうか」


 言われてみればおそらく俺たち以上に怪しい連中が利用していたはずなんだよな。

 そりゃあ気にもしないか。


「はじめまして、一ノ宮流と言います。隆志の会社の同僚で友人です」

「これはご丁寧に。自分は木村和夫と言います。こいつらの同郷で頼れるアニキ的な存在です」

「親戚じゃないんですね」

「まぁ親戚と言えば村全部が親戚のような場所なんですけどね」

「なるほど」

「お前ら普通に自己紹介すんなよ」


 流と馬鹿師匠がいつの間にか普通に挨拶を交わしていてぐったりする。

 いや、変にいがみ合ったりするよりは全然いいけどね。


「兄さんこっち」


 すごく古典的に床の間の掛け軸の裏に隠し扉があったようだ。

 中には移動用ゲートの術式陣があった。

 しかしこれ恐いな、正規の転移ゲートじゃないんで安全性が確認出来ない。


「俺がまず行こう」


 移動した先の安全を確保する必要があるならこの中で俺が一番いいだろう。

 反対も無いのでそのまま起動した転移ゲートに入る。

 出た先が真っ暗だったので一瞬緊張するが、別段危険な様子はない。

 少々淀みが溜まっているがまだ害を及ぼす程ではなかった。

 目が慣れて来ると、そこがカウンターバーのような狭い空き店舗で、俺が出た所が唯一のボックス席のあったであろう場所であることがわかる。

 とりあえず端末に「大丈夫だ」と告げて場所を空け、灯りを探す。

 壁面のパネルに触れると灯りが点いて全体を照らした。

 思った通りカウンターバーの狭い店内が浮かび上がる。

 驚くべきことに冷蔵庫が生きていて棚に酒も並んでいた。

 迷宮ゲートに潜る前にここでいったん打ち合わせかなにかしていたのかもしれない。


「狭いな。手入れが全くされていない。二流以下の店だな」


 飲み屋に厳しい流が辛口の評価を下すが、そもそも飲み屋じゃないからな、ここ。

 と、落ち着いている場合じゃない。

 迷宮用のゲートを探さないと。

 トイレや物置を覗いた後、もしかしてと思って入り口のドアを開けてみたら見事そこが迷宮ゲートとなっていた。

 なるほど、これは普通には入ってこれないな。

 懸念していた信者の姿もなく、まずまず順調だ。


「各自装備を最終確認してくれ。休憩時間は取らずにそのまま迷宮に潜ろうと思う」


 ここまで来て、改めて焦りが生まれているのを感じた。

 俺が焦った所でいいことはない。

 呼吸を整えて気持ちを落ち着ける。

 万全の状態で挑んで、絶対に伊藤さんを取り返す。

 それだけを考えていればいい。


「全員大丈夫、行く」


 由美子が俺を促す。

 それへ頷いて俺は迷宮ゲートへと進んだ。

 正面にパネルが現れて『? ? ?』と表示される。

 馬鹿にしてんのか? と一瞬頭が煮えそうになるが、気持ちを飲み込んでその表示に触れた。


「えっ?」


 迷宮ゲートを潜る独特の感覚の後に浮遊感がある。

 見ると足元に床が無かった。

 煮えたぎるスープのような灼熱の輝き。

 俺たちはマグマの只中に放り込まれていたのだ。

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