196:祈りの刻 その十八

「予言機って、……サーバが予言をするって言ってるのか? ばかげている」


 俺はそう言って流の妄言を一蹴した。

 基本的に予言とは情報の入力によって再現される確率の出力によって成り立っていると言われている。

 これだけを聞けば機械によって再現することが可能と考えられるかもしれないが、一部の人間が予言を可能としているのは集合的無意識にアクセス出来るからなのだ。

 つまり全ての存在の無意識にアクセスすることではじめて現在を参照して未来を予測することが出来るということになる。

 それも予知者によれば意識的に行うのではなく感覚として受け止める受動的な能力らしい。

 予知者の多くは自分のそんな力について理解が出来ないため、それを外に吐き出す時に表現するのが難しく実際に表現する場合には不完全な物となってしまう。

 そのため、天然の預言者ですら完全な予言は出来ないと言われている。

 そんな感覚的な物を機械で再現出来るはずもないし、そもそも集合的無意識に意識してアクセスする方法がない。


「予言と言っても限定的な物だよ。情報を集めて分析して予測する。この言い方なら理解出来るか?」

「それは単なる予測だろ?」

「それを予知まで高めるためにあの大仰な仕掛けを作っているのさ、あれはサーバであると共に立体的な魔法陣にもなっているようだ」

「マジでか!」


 それはヤバイんじゃないかな。

 いくら特区でも特殊な魔法陣を展開しているとなると国の許可が必要だ。

 しかし予知のための装置とか国が許可を出すとは思えない。

 絶対違法だよな。


「でも予知か、冒険者が情報を集めて予知を必要とするものって……」

「迷宮、ですか?」


 俺の呟きに伊藤さんが続けた。

 そうだよな、場所からしてそうとしか考えられない。

 元々冒険者カンパニーは冒険者に情報を売るための会社だ。

 会員になるとその巨大な情報網から自分の欲しい情報を取得できるという仕組みになっていると聞いた。

 確かに冒険者にとって情報は大枚はたいてでも欲しい物だろうが、基本的に彼らはあまり外部を信用しない。

 そんな冒険者相手の商売は個人対個人というごく狭い物になるのが常識だと聞いたことがある。

 あの大きな会社として成り立っている冒険者カンパニーは、その常識からするとかなり異色の会社ということになるだろう。


「多分特別料金か何かで予知情報を販売しているのだろう。それが評判になれば利にさとい冒険者は確実に利用する。なにしろ命が掛かっているからな」

「そうか、冒険者による迷宮の攻略速度が予想よりも早いと聞いたことがあったが、なるほどそういう仕組みだったって訳か」


 そう言った一方で俺は引っ掛かりを感じた。

 自然発生型の迷宮ならともかく、この迷宮には造った者の意思が働いている。

 果たしてあの終天が冒険者の思惑に沿ったままにしておくだろうか?


「そうなるとお上に報告したほうがいいのかな? これって」


 明らかな法律違反を知らなかったならともかくとして知ってしまっては報告しない訳にはいかない。

 ただ、これはかなりデリケートな問題に発展しそうな予感がする。


「しかしそれはうちの会社としては困った話になるかもしれないぞ。仕事上の道義に背くという話になりかねない。実際に法律に違反しているのはあちらだが冒険者はそれによって命を守っている。となるとそれを駄目にした相手が恨まれるのは当然だ」

「会社に迷惑が掛かると思うか?」

「ああ、何しろ身内以外にあの仕組みを見せたのはおそらくは俺たちだけだろう。そうなればバラしたのは俺たちという推測はすぐに成り立つ。噂が広まるのはあっという間だろうな」

「くそっ!」


 これが俺個人の問題ならどうにでもなるが、俺は今回企業の一社員として訪れていて、冒険者カンパニーであのサーバーをチェックしたのも社名を背負った上でのことだった。

 やばい、そう考えると身動きが取れない状態だぞ。


「その予言機は冒険者の方達のためだけに使われているのでしょうか?」


 伊藤さんが疑問に思ったように流に尋ねた。

 流は相も変わらず困ったような顔をしていながら口調は思いっきり軽く返事をする。


「さあ、どうかな? 中に入っているのが迷宮の情報だけとは限らない。もしかすると世界的な経済に関することも予知している可能性が無いとは言えないな。まぁさすがにそこまで広大な対象を予知するとなると厳しいだろうが、仮に気になる企業一社や二社に対してだけ、あるいは一国だけを予知するならやれなくは無いだろう。とは言え、国相手ならそれぞれの国々は本当の意味での予知者を抱えている。そうそう読み合いで国が損をすることはないだろうけどね」

「予知者同士の読み合いバトルとか想像も出来ない世界だな」

「あまり楽しくは無さそうだね。新しい物を生み出すことに比べたら野蛮な行為にすぎない」


 軽口を叩き合いながらも俺は考え続けていた。

 俺の立場的に国に報告しないってのもどうなんだろうな。

 普段は意識したこともないが、本来うちの村の人間は天子の、ひいては国の守護のために生み出された者達だ。

 国の法を無視すると考えるだけでかなり落ち着かない気分になってしまうのは、そういう守護者としての考え方を当たり前のものとして育って来ているからなのかもしれない。

 自分の血のありように背を向けて来たようでありながら、俺は一度として国に逆らおうと思ったことすらないのだ。

 俺が大学を受験して一般人として生活しているのも、それが法律に定められた権利としてまっとうなことだからである。

 そもそもの話として法を根拠として今の生活を手に入れた俺が、一転して法に背を向ける訳にはいかないだろう。

 そんな思いも確実にある。


「隆志さん、大丈夫ですか?」


 伊藤さんがそっとハンカチを額に当ててくれた。


「あ、すまない」


 そんな心配になるほど汗をかいていたのだろうか?


「お前の精神的な負担となるなら告発したほうがいいだろうな。まぁこれは友人としての意見だが、仮にいち会社員としても、むざむざ違法を見過ごすことがいいとは思えないしな」

「だがお前は告発しないんだろう?」

「あえては、な」

「それなら私が……」


 言いかける伊藤さんを俺は押し止めた。

 伊藤さんの立場は俺より問題がある。

 なにしろ父親が元冒険者だ。

 現役冒険者との繋がりもあるような話を以前聞いたことがある。

 いくらなんでも伊藤さんが動くのはまずすぎる。


「俺にちょっと当てがある。信用出来る人でまぁお偉いさんの一角だ。俺には到底判断出来ない以上頼らせてもらおうと思う」

「それがいい。それに単なる俺の勘違いだと考えることも出来るぞ。何しろ俺たちはそれが何であるか判断出来る程情報を与えられてはいない。俺の考えすぎだと思えば情報の信ぴょう性も薄れる」

「お前が何者か知らなければそれも可能だっただろうな。くそっ、いい加減俺のキャパに収まらないことが多すぎるんだよ!」

「ご愁傷様」

「お前な!」


 しゃあしゃあと述べる流が憎たらしい。

 そもそもお前が事を暴露したりするから、……いや、違うな、知らなければそれでいいって話にはならない。

 今知らずに後から気づいて、その遅れによって致命的な問題が生じたら俺は絶対に後悔したはずだ。

 こうやって流がわかったことを包み隠さずに教えてくれるのは本当にありがたい話なのである。

 流からしてみれば自分の特殊性をペラペラと明かしたいはずもないのだ。

 流は俺が後悔することのないように伏せられたカードを事前に全部開いてみせてくれている。

 それがわからない程俺も愚かではないつもりだ。


「なぁ、これって、連中の手のひらの上だと思うか?」

「冒険者カンパニーか? まぁチェスの指し手を気取っている可能性は無きにしもあらずといった所かな」

「くっそ、俺は頭脳労働向きじゃないんだぞ!」


 吐き捨てて、以前向かい合った冒険者カンパニーの社長、いや、CEOの顔を思い出す。

 冒険者ってのは本当に一癖も二癖もある連中ばっかりだな。

 その一方であの巨大な結晶体を見られたことに対してはよかったという気持ちもある。

 美しい結晶体は天然ものだけあってその構成が均一ではない。

 色合いも少しけぶるような曇りがあったし、中に化合物のキラキラとした輝きが見えた。

 ああいった天然結晶はコピーが出来ないので独立した構成体として他からの干渉を受けない情報記憶体となり得る貴重な存在だ。

 いや、そんな性能云々よりもその姿自体が本当に美しいのである。

 地中で長い歳月を掛けて形作られた天然の結晶体は独特ユニークであればある程美しいと俺は思う。


「まぁ推測するに、相手はある程度先を読んでいるのは間違いないだろうな」


 流がにこやかにそう言ったので、せっかく美しい物を思い出していた俺の気分が急降下した。

 お前、人事みたいに言いやがって。

 流に対してちょっと上げた評価を急降下させて、俺は再びぐったりとソファーに沈み込んだ。

 単なるクレーム処理の出張がなんでこうなったんだろうな。

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