27:昼と夜 その四
「なあ、衝撃波で金属製品の接続部がバラけるって、どういう作用だと思う?」
昼休みに食堂を久々に利用したら流がぽつねんと隔離状態で飯を食っていたので、なんとはなしに相席して話を振ってみた。
うちの会社の食堂はあまり人気がないのは確かなんだが、こいつ自身も家柄のせいか割りと遠巻きにされるんだよな。
昔はアタックしていた女子社員もいたらしいんだが、こいつが時々連れ歩いてる女のレベルが高い上に、ころころ相手が変わるもんだから身持ちの固い女子からは逆に敬遠されるようになったらしい。
全部伝聞だけど、ありそうな話だ。
ちなみにうちの食堂に人気がないのは不味いからという訳じゃない。
味はそこそこだ。
ただ、この会社はなんとなく弁当派が多い職場なのだ。
流は弁当を作るのも外に食いに出るのも面倒らしく、比較的食堂を使っている方なんだが、そんなこいつでもかなりの頻度で洒落た弁当箱を持って来ている。
恐ろしいことに、それもほぼ毎回違う弁当箱だ。
イケメンは色々遠慮するべきだと思う。
食堂のおばちゃんの為にせめて弁当は断れ。
「超短間隔の多重波、その対象の全面に同時にそれを発生させればやれなくは無いかもな」
流は、サトイモを器用に箸で摘みながらこともなげに答えた。
「全面?」
多重波だろうということは俺でも思い付いたが、面に作用か。
「全面に作用するのでなければ衝撃は作用点を中心に歪みを生じさせる。そうなった場合、接合部の剥離は難しいな」
「なるほど」
「なんだ?資源再生の為の分解器でも作る気か?コスト的に現実的じゃないぞ。それだけの出力を得るにはデカすぎて施設規模にするしかないからな。到底うち向けの案じゃないな」
俺のアイディアに関する相談だと思ったのだろう、流は理論整然と駄目出しをしてくれた。
まあそりゃあそうだ。
爆弾爆発させてその衝撃を均等に対象にぶつけろみたいな話だし。
可動物に対してメーカーが行なう耐久試験で、振動耐久は割とポピュラーな物だ。
つまりは、接合部分を持つ可動機械類はそういう力には強く設計されているってことなんだよな。
要するに接合部を一瞬にしてバラすにはとんでもない力が必要だって話だ。
それを容易く実現させたんだから、暁生の異能はかなり強力な力なんだろうな。
「いや、単なる発想の遊びだよ。現実的なことばっかり考えていても発展性はあんまないし、面白そうな考えを真剣に検討してみるのもたまにはいいだろ」
いくらこいつがお上のお偉いさんの家系でも、事件の概要を明かす訳にもいかないので、俺の疑問の理由は適当にごまかした。
「それはそうだな、出来ないという前提で考えてしまえばそこでそのルートは行き止まりだ。もしかしたら細い道筋を見逃しているのかもしれないのにな。そうか、なるほど」
う?うちの発明王様、マジな顔になってるけど、まさか本当に衝撃破砕器とかに取り組んだりしないだろうな?
うちは家電メーカーだから、そこは押さえとけよ?
その発想は発展すると武器っぽい方向に行きそうだからヤバイよ?
俺が悪いのか、これ。
いや、俺は悪くないよな?取り敢えず責任は取らんからな。
とろろ昆布うどんとたくあんで腹を満たした俺は、何かテーブルに書き込み出した流を放置して急いで課に戻ったのだった。
どうも、昨夜のことがまだ尾を引いている。
破壊的異能者である暁生をなんとか確保した後、担当官と回収車両の到着まで約四十分掛かった。
その上、なんと係官が二人しか来なかった。
確かに規約上の最低人員は二名になっている。時間も定時外だから決まりの上では何の問題も無いだろう。
しかしだ、もし確保者が反抗的だったらどうするつもりだったんだ?運転手一人、監視者一人で異能者を保持しつつ移動出来る程係員は有能だって言うのか?
あんまり心配だったもんだから、つい収容施設まで付き合ったら、施設とは言っても高級ホテル並に立派で、違う意味でも驚いたけどね。
そしたら、カウンセラー資格を持つケアサポーターが常時詰めて無いって聞いてまたびっくり。
収容施設の意味あんのかよ?お役所仕事にも程があんだろ?
結局精神的な不安を抱えた子供一人をあんなとこに残して置けないから由美子を帰して俺がまた強権使って残ったけど、出勤までに担当官が来やがらないから申し送りも満足に出来なかったんだよな。
地方じゃ考えられない程、なんていうかマニュアル通りというか、危機感が無いのに驚きを通り越して呆れてしまった。
上に酒匂さんみたいな叩き上げの人がいてもあの現状ってどういうことなんだろう?今度詳しい話を聞いてみるか。
前に浩二が言ってたことやこないだ酒匂さんが言ってたことも頭の隅に引っ掛かってるし、ハンターとして動いてみると、途端に今まで見えてなかったことが浮かび上がって来るもんだな。
結界強固な結印都市である以上は怪異案件はそりゃあ少ないだろうけど、異能者はそれなりにいるだろうに、このなんとも言えない使えなさはおかしい気がする。
なにしろ人口的にも国内最大の都市だ。
単に人口割合から計算しても異能者は地方都市より出現率が高いはずだよな?それともまた違う法則があるのか?
「伊藤くん、二時からのミーティングの資料はどうなっている?」
「あ、はい。共有BOXの中に入れておきました」
おっと、考え込んでる場合じゃなかった。
部門ミーティングがあるから資料整理しないとな。
課長と伊藤さんの会話でようやく気づくってのはまずいぞ。
「さすが伊藤ちゃん、わかりやすく整理されてるなあ」
「ありがとうございます」
課長の言う通り、いつもながらわかりやすい、よく整理された資料だな。
専門用語や特殊機材名には補足説明まで添付されてるし。
うちの部署は主観で企画書作る人間が多いから、恐らく彼女がいないと他部門との意思疎通が図れなくなって仕事が回らなくなるぞ、マジで。
政府機関にも彼女みたいに、記録を整理して問題点を炙り出すみたいな人材はいないのかな?
暁生のとこは母子家庭で、母親は昼間働いてるらしいから本格的な話し合いは夜になるらしいが、カウンセラーが上手いことお互いの不安を解消してやって、施設預かりじゃなくて家に帰れるといいんだけどな。
―― ◇◇◇ ――
「木村さん、凄く上の空でしたね」
思った以上に仕事に身が入らなかったおかげで大事な部門ミーティングの内容をほとんど覚えていなかった俺は、ここはこっそりと伊藤さんに泣き付くことにした。
しかし、どうやら俺がボケッとしていたのはバレバレだったらしい。
笑い飛ばすでもなく心配そうに言われて、なんというか大変居心地が悪かった。
「悪い、昨夜あんま寝てなくってさ」
おお、口に出してみるとなんか弁解がましいぞ。
「そうですか。何かあったら無理しないで、私で出来ることがあるようでしたら言ってくださいね。今日の議事録は共有BOXに入れてありますから、心配いりませんよ」
「あ、そうか。あんま議事録確認したこと無かったから忘れてた。助かったよ」
「そうなんですよね。うちの人達って独自にメモを取るからあんまり記録を利用しないんです。私の記録が読みにくいのかなとか色々考えて工夫とかしているんですけど、ちょっと、自分が役に立っているか不安になってしまいますね」
俺の言葉にがっくりと肩を落とす伊藤さんに、俺は慌ててフォローを入れた。
てか、自分の価値が全然わかってないんだな、彼女。
「いやいや、記録ってのはさ、正しく蓄積されるから意味があるんだよ。大概においてそれが必要となるのは記憶が薄れてしまった後のことだし」
「そうでしょうか?」
「ほら、変な利用法ではあったけど、例のアイディア製造機とか言うのだって膨大な資料があったからで」
俺の言葉に伊藤さんは噴き出してしまった。
うん、自分で言っててそりゃないよと思ったし。
「あはは、『これだ君』ですよね。あれは面白かったですね。私達個々の端末から接続出来るようにさせてもらったんですけど、凄くウケて他の部署の子にも配布頼まれたりしたんですよ」
なんだと!あれがウケたっていうのか?
世の中何がウケるか分からないな。
いや、まて。本人はあれをウケを取るために作った訳じゃないはずだ。
しかも内容は今までのボツ案のランダム組み合わせだろ?
下手すると開発部門の恥が流出したってことじゃ?
俺の顔に不安がそのまま浮かんだのか、伊藤さんは安心させるようににっこりと笑った。
「大丈夫です。いくらなんでもうちの課の資料をそんなに簡単に外に出す訳にはいきませんからね。全部お断りしています。それに本体システムも課長にすぐにアンインストールされていましたし。ちょっと残念でしたけど」
「そ、そうなのか、佐藤もがっかりしただろうな」
「いえ、なんか文章の形式がイマイチだったから外に出されたら恥ずかしかったとかおっしゃってました。プログラムのバックアップは取ってあるような話でしたよ」
課長直々に削除したのにそのバックアップを取ってるのか、さすがだな佐藤、俺には到底真似出来ねぇよ。
「でも本当に面白かったんですよ。『給電しながら跳ねまわる掃除機』とか『カーペットを折りたたむかつら剥き器』とかみんなでお腹抱えて笑っちゃいました」
「なるほど、面白そうだな」
笑いのネタ的には有りかな?アイディアとして真面目に考え出すと会社を潰しそうだけど。
ともあれ伊藤さんの落ち込み気分は回復したらしい。
そのまま簡単に礼と挨拶を済ませると、俺は帰宅準備をするために私物用のロッカーから荷物を取り出しトイレへと向かった。
この会社、女子の更衣室はあるが、男子の更衣室は無いんだよな。
うちや隣は実験や外回りと結構着替える機会も多いのに、男女差別も甚だしい話だ。
まあ、別にトイレで着替えてもいいけどね、うちの会社のトイレ綺麗で広いし。
「あ……」
「お?」
服装的に他人に見られると恥ずかしいので、いつもと違ってエレベーターを使わずに階段を使ってこそこそと退社していた俺は、途中でばったり伊藤さんに出くわした。
これは縁があると喜んでいいのか?
「今日は随分ワイルドな服なんですね」
俺を上から下まで眺めて、伊藤さんはそう感想を述べた。
あうう、だからこっそりほとんど社員が使わない階段を降りたのに。
出社の時も階段使ってあんま同じ部署の連中と出くわさないようにしてたんだが、まさか伊藤さんが階段を使うとはな。
「あー、ちょっと事情があって、着替える暇なく出社する羽目に」
「あ、もしかして、
会社に外回り用の背広一式が置いてあったから出社してからはそっちに着替えたんだが、昨夜は家に帰らなかったから戦闘服でそのまま来ちまったからなあ、これって通常空間だと激しく浮くんだよな。
浩二や由美子に比べれば遥かに常識の範囲内だけどな。
まあ伊藤さんは俺がハンター資格持ってる事知ってるし、ここは事件の内容を除いた事情をぶちまけるか。
それにしてもなんで階段使ってるんだろう伊藤さん。
美容のためとか?
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