ワタシの父は口が悪い(1606文字:現代ドラマ)
両親の部屋の押し入れに、乱雑に積み重ねられたダンボール箱があり、その一つから大量の八ミリビデオカセットテープが見つかった。
ワタシの誕生日と同じ日付が書き込まれた一つを手に取り、ハンディカムに差し込んで、再生する。
酷く疲れた表情で笑う母と、その胸に抱かれた小さいワタシが映っていた。母が何かを喋っているが、雑音が酷くて聞き取りにくい。
画面が小さいワタシのアップになったかと思うと、雑音混じりの声が聞こえた。父の声だった。雑音だと思っていたのは、父が鼻を啜っていたのか。
笑っているような、泣いているような声で父は小さいワタシにこう言った。
「ハハハ……、ブサイクだなあ。俺に似ちゃったかなあ。……でも目はお前似だなあ。ハハハ……」(I love you)
画面が母のアップになる。母は幸せそうに微笑んでいた。
◇
別のテープを差し込んで再生。
幼いワタシが一生懸命自転車に乗っている。父が焦った顔でその後ろをチョコチョコ追いかけていた。母の笑い声が画面の外から聞こえる。
幼いワタシはフラフラと自転車を揺らしながらグングンと画面の遠くへ。後ろについてまわる父から離れ、グルリと大きく迂回しながら戻ってきた。
そして待ち構えていた父を見事に轢いた。あ痛! と声が響く。
それと同時に、よくやった! と母が叫んだ。画面の端にガッツポーズしている手が映る。
幼いワタシは倒れた自転車から抜け出して、泣きながら父に声をかけている。ごめんね。ごめんね。
画面が駆け寄ってきて、父をアップで映した。苦い顔の父、画面外で笑う母。心配顔の幼いワタシ。父はワタシの頭にポンと手を置いていった。
「馬鹿かお前は」(I love you)
そう言った父の顔は、なぜか満面の笑顔だった。
◇
別のダンボール箱から、アルバムを取り出した。分厚いページのどこをめくっても私が写っている。
高校の入学式。母と写っているワタシを見て思い出した。
入学試験の日に父は車で試験会場まで送ってくれた。その頃のワタシは父とほとんど会話をしていなくて、車の中でもずっと背を向けて外の景色を見ていた。試験会場に着いた時も、そのまま目もくれず出ていこうとした。
その時、父はワタシの背中をポンと叩いた。
「落ちたら、おやつ禁止な」(I love you)
そういって笑った。確かその時のワタシは、物凄い顔で父を睨んだと思うのだけれど……。どうだったかな。そこまで覚えていない。
◇
二年前、ワタシと父は一緒に母を看取った。泣くのに忙しかったから周りの景色はほとんど思い出せないけれど、父が母の手を握りながら、何度も何度も謝っていたのは鮮明に覚えている。
母はまるで子供をあやすように父の頭を撫でていた。もう片方の手はワタシの頬を包んでいた。
「ごめんな……ごめんな」(I love you)
「今まで、ありがとうね」(I love you too)
父と母の最後の会話。
ワタシは、最後になんと声をかけたっけ。それも思い出せない。
◇
疎遠になった父と再会したのは、ワタシが結婚を決めて、夫と実家に戻った時だ。
結婚の賛成、反対を伺う為ではなく、ただの報告のつもりだった。
まるで決まったテンプレートがあって、それをなぞるかのように、夫もワタシの父に土下座をしようとした。
けれどそれよりも素早く、父が夫に土下座をした。
「コイツ、ほんと馬鹿ですけど……、よろしくお願いします」
父はそういって頭を下げ続けた。夫はオロオロとしながら、なんとか父より頭を地面に近づけようと奮闘していた。
ワタシは涙が止まらなかった。
ワタシの父は口が悪い。
これまでも、これからも、父の口から「愛してる」なんて言葉を聞くことはないだろうけれど、ワタシは親から「愛してる」をたくさんもらっていた。
挨拶を済ませた別れ際、涙で晴れぼったい目をしたワタシと父が向かい合う。
「お前、ほんと、ブサイクだなあ、ハハハ」(I love you)
「父さんに似ちゃったからね」(I love you too)
(自主企画「I love you 意訳コンテスト」参加作品)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます