チャフ子さん(2912文字:ホラー)
ちょっとよろしいでしょうか?ヘヘ……。
大変盛り上がっている所恐縮なのでございますが、実は私、もう一つお話したい事がございましてね。ええ、ええ……。すこおし「お化けのお話」から脇道にそれるような事柄なんですけれども、背筋がヒヤリとする点でいえば皆様にご満足いただけるのじゃないか、そう思えるお話がございましてね。ええ……ヘヘヘ。
あら、喋ってもいい?ではでは、少しばかりお耳を拝借させて頂きます。ああ、ご新規さんの方もいらっしゃるのでもう一度自己紹介などさせていただきましょうか。いやいや、大した者ではございません。私の事はピョーコツペーとでもお呼び下さい。先からいらした皆様にはそう名乗っておりますので、ええ……ええ。
◇
人間というのは不思議な能力を持っているものでしてね。
サイコキネシスだとか、透視能力だとか、霊感なんてのもそうなんですけれども、そんな特別な人が備えている能力ばかりでなく、誰にだって不思議な能力の一つや二つ、必ずあるものなのでございます。皆様にも覚えがあるのじゃないでしょうか。身近な人が近づけば、些細な足音でそれと気づく、だとか、なにやらブー……ン、という小さな音が聞こえ、部屋から離れたリビングのテレビ――音量は小さく、聞こえる筈がないのに、つけっぱなしにしていた事に気づく、だとか、そういった、日常に紛れてはいるけれど、よく考えれば不思議だな、といった能力が、誰にだってあるのです。
これはそういった類のお話でございまして、「お化け」に関係しているか、と言われれば少し怪しいのですけれども、まあ、その辺の判断は一度ご清聴頂いてからお願い致します。
こちらも、実話である事を念頭に置いて頂いて、ではでは……。
私の知り合いに、オカダさんという――仮名でございますが、三十を少し越えた女性がおりまして、彼女はとてもとても機械類の扱いが苦手だと、いわゆる「機械オンチ」だと、そう公言して憚らない方なんですけれど。
しかしこれからお話していく中で、「機械オンチ」という枠を飛び出した様々な出来事がございまして、それがまた異様なのでございます。
確かにオカダさんと仲良くさせて頂く中で、彼女の周りには不思議な程、機械トラブルが相次いだものですから、私たち友人なんかは「チャフ子さん」とフザけた渾名をつけて、ワイワイとやっておりました。チャフ、レーダーを妨害するデコイですね。あれが由来でございます。ヘヘヘ……。
とにもかくにも、チャフ子さんが起こすトラブルというのが一風変わったものでして。
電子レンジが、作動させていないのに、チン、チン、とベルを鳴らしたり、当時の私はカラオケ店によく行ったのですけれど、その店内に流れるBGMが急に最大音量になったり、途切れたり、カラオケの機械が動かなかったり……。
え? チャフ子さんと関係ないんじゃないか、そう思われますか?
いえいえ、私も初めはそう思っておりましたが、チャフ子さんといる時に限ってそういうトラブルがよく起こるものですから、「チャフ子、お前の仕業だな」と少しからかった訳です。するとチャフ子さんは真面目くさった顔で「ええ、私のせいです」と言うんです。不思議ですけど本人がそう言うんだから仕方がない、なんて、当時の私はそれで納得していた訳でございます。
実際、世の中には、体内の磁気や電気といったものが影響しているのかそういう機械トラブルを頻繁に起こす体質の方ってのが稀にいるそうで、チャフ子さんもその一人なのだろうと、そう考えた訳でございます。
なによりも一番困ったのは、チャフ子さんと連絡を取り合う時の事でございます。
まず、電話が繋がらないんです。かけてもプープー言ってるばかりで話し中なのかな、と思ってもそうではない。やっと繋がったと思ったらブツリと前触れもなく途中で切れる。そんな事がしょっちゅうありました。
ある日の事、私がチャフ子さんに電話をかけた時の事でございます。
プープー、プツプツ。相変わらず繋がりにくい電話でございましたが、私はもうそれに慣れてしまっておりました。根気よく電話を掛け続けます。
さて繋がったと思ったら、今度はなにやら声が変だ。機械音みたいな高音、低音が混ざった声で聞こえる。「チャフ子?」と呼びかけてみたらその機械音で「ハイ、チャフコデス」なんて返ってくる。思わず笑ってしまいましたよ。ええ……。
それで私はその機械音のチャフ子さんと待ち合わせをして出かけた訳ですけれども、一向に姿を見せない。さて電話をしようにもまたあの調子だったら、と考えると憂鬱になりましてね。思い切って彼女の家まで迎えに行ってやりました。
そうすると、呑気な顔をしたチャフ子さんが、出かける支度もせず玄関に現れました。どういう事だと問い詰めてみますと、彼女は私からの電話を受けていないと言います。
さてさて、これはどういう事なんでしょうか。
私は先に話したエムラ君の件で懲りておりましたから、「お化け」といったものに多少敏感になっておりました。
どういう話の流れでそうなったのかはよく覚えていないのですが、ちょっと実験がてらに色々試してみよう、お化けならお化け、機械オンチなら機械オンチ。そこをハッキリさせようじゃないか、そういう話になったんですね。
まずは携帯電話でチャフ子さんの写真を撮ってみました。手始めの一発目です。まだ気持ち的には準備が出来ていない一発目であるにも関わらず、結果が出ました。
チャフ子の顔が歪んで写っています。
待てよ、待てよ、と。そりゃもう慌てましたよ。慌てて画像を消そうにも画像が消えないんですからさらに混乱しました。一度携帯電話の電源を落とし、やっと消せました。
ええ、ええ……、始めからこの調子で、まだあるんですよ。
次に、私は小型のラジオを取り出して、周波数を弄ったんですね。
それで何が聞こえたかって言いますと……、何故か、傍で喋っている私とチャフ子の声が、そのラジオから聞こえたんですよ。いよいよおかしい。
これは一体何だ、と。チャフ子と私は混乱の極みでございます。
どうにもこれはチャフ子の機械オンチのせいばかりではないぞと、少々大掛かりでは御座いますが、チャフ子とその家族、それと友人を伴って私たちは後日、お祓いに行きました。
さて。
その後どうなったかといいますと、結局のところはわからずじまいでございます。まあ、お祓いにいったらチャフ子は泡を吹いて倒れましたし、霊能者さんも慌てておりましたし、まあ、「お化け」かなあ、という気もするんですけれど私には断言できません。
ただ一つ添えさせて頂きますと、あの後、私の携帯電話が完全に壊れまして、買い替えたまでは良かったのですが、新しい携帯電話にいつの間にか留守電が残っていまして。ええ……。
聞くと、声にならない機械音がピーピーガーとした。それくらいでございます……ヘヘヘ……。
怖くもなんともないお話でございましたが、これで以上でございます。ご清聴頂き、ありがとうございました。
……ちょっと、電話が掛かってきましたので、席を外してもよろしいでしょうか?
では少し失礼しまして……。
『もしもし……ああ? ウルサイ!ダマレ!」
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