#029 先制、反撃、敵ターン

 階下へ飛び出していったおれは、両手に握ったシュトローム・ブリンガーを頭上に構えた。

 願わくば、相手に気取られることなく不意打ちを決めたいが、早々うまくはいかない。

 これだけ派手に気配を振りまいていれば、やつでなくても敵の存在に気がつく。

 キリヒトの視線がこちらに向けられた。

 その表情には明らかなとまどいが見て取れる。


「誰だ!」


 おれの姿を認めて、こちらの正体をただそうした。

 こうなれば、せめて奇襲として攻撃を開始するしかない。


「そこを動くな! キリヒト!」


 大声で相手の行動に掣肘せいちゅうを加える。

 勇者だろうがなんだろうが元はただの人間だ。ならば、不意に自分の名前を叫ばれたりすれば驚いて体が硬直してしまうだろう。

 必然、動きが鈍くなるという寸法だ。

 上段に構えたシュトローム・ブリンガーを落下の勢いそのままに振り下ろす。

 これが最初の一太刀だ。


「くらえ!」


 激しい打ち込みをキリヒトの頭めがけて叩き込む。

 狙いは功を奏するかと思ったが、やはり敵もただ者ではない。

 とっさに左腕を薙ぎ払い、こちらの攻撃を相殺するべく雷迅拳(ライトニングフィストブロー)を撃ち放った。

 激突するふたつの衝撃。

 はじけた力に押し出され、おれの体はキリヒトとやや距離を置いた場所に着地した。


「まあな。そう、甘くもないか……」


 こちらは高所からの好位置と有利なタイミングを生かした先制攻撃。

 対する敵は苦し紛れの一撃を放ったに過ぎない。

 それなのに、互いの威力は一歩も譲らないままの五分と五分だった。

 辺りには薄いモヤが広がっている。おそらくは行き場のないエネルギーによって周りの空気が急速に暖められ、舞い上がったちりと水分が反応して可視化したのだろう。

 キリヒトはどこだ?

 見通しの悪い周囲に気を配り、強敵の居場所を探す。だが、すぐに判明した。

 モヤの中を切り裂くように動いている不気味な影。

 しかも、すぐ近くで旋回運動をしているのが確認できた。

 

「やばい! 蹴りが来るのか?」


 すぐにでも対応したいが、手にした長剣は打ち下ろしたばかりで再度、振り上げる余裕はない。

 このままでは足先から放たれる敵の攻撃によって、おれの体はズタズタに切り裂かれてしまうだろう。


「くそ! どうにかしないと」


 焦るおれにシュトローム・ブリンガーがチャンスをくれた。

 右足に集中した強大すぎる魔力。

 おいおい、これで撃ち落とせというのか?

 まあ、しょうがないか……。


「やってみせるさ!」


 立てた剣を軸にして、右足を素早く蹴り出す。

 迫りくる相手の足にこちらのつま先を重ねた。

 さらなる衝撃。ただ、今回は向こうの方に分があった。

 互いに打ち消したはずの攻撃だが、おれは勢いに抗しきれず、硬い床に身を投げ出された。

 地面を転がり、すぐに上半身を起こす。

 剣を構え直して敵の追撃に備えた。


「貴様、何者だ?」


 だが、キリヒトはさらなる攻勢には出てこない。

 広がるとともに段々と薄まっていく白いモヤ。

 姿を現した転生勇者が不思議そうなまなざしでこちらを見降ろしていた。

 かけられた言葉の意味は複雑だ。

 やつにしてみれば、おれは正体不明の登場人物に見えていることだろう。


「答えろ。貴様はどこから来た? そして、おれの物語に何をした……」


 そうか。お前も気づいてはいるんだな……。

 この物語がどこかおかしくなっていることに。

 その原因が、いま初めて目の前に現れたこのおれだという事実も。


「決まっているだろ! お前と同じで転生勇者だ。言わせるなよ、恥ずかしい」


 怪訝けげんそうな顔をしているキリヒトに、精いっぱいの虚勢で答えて見せる。

 そうだ。おれはお前と同じだ。

 この終わりのない物語の中でたったふたり、世界のルールを逸脱いつだつして超常なる力を行使できるイレギュラーな登場人物。

 だからこそ、おれたちはここで決着をつけねばならない。


「なるほど……。貴様がロザリーを倒したのか。そのせいで、おれは放浪を余儀なくされた。盗賊どもと組みたくもない手を握り、王の影を追いかけてここまで来た。すべては自分が受けた屈辱を晴らすためだ。だが、いまこそ理解した。おれの敵、物語の破壊者はお前か! 侵入者!」


 キリヒトが憎しみを込めた視線でこちらをにらみつけている。

 当然だろうな。いつも望み通りに進んでいた物語が、ある日を境に突如としてうまくいかなくなってしまったのだ。

 まるで主演の座をいきなり奪われてしまった旧作の主人公のように、やつはここへ来るまでの間、不条理と不愉快な日々を過ごしてきたのだろう。


「ああ、そうだ……。おれはお前を倒すために、この物語の外からやって来た”終焉の客演者ジ・エンドローラー”だ。お前の物語は今日この場所で終わりを告げる。覚悟しろ、転生勇者『轟矢切理人ごうやきりひと』!」

「ふざけるな! ここはおれのための、おれだけのために用意された舞台だ! 貴様のようなやつの好きにはさせん、この世界はおれが護る!」


 キリヒトがおれの挑発に激昂げきこうする。

 右腕を胸の前で構え、意識を集中していた。

 これは……スキル【狙 い 撃 ちコンセントレーションアタック】か!


「吹き飛べ、侵入者! おれの世界から消え失せろ!」


 咆哮ほうこうと同時に全力の雷迅拳(ライトニングフィストブロー)を撃ち放つ。

 予想をはるかに上回る速さと範囲。

 これは避けられない。覚悟を決めて剣を握ったこぶしに力を込めた。

 魔力を帯びたシュトローム・ブリンガーを大きく振り上げ、こちらも全力で迎え撃つ。


「任せたぞ! 耐えてくれ」


 片足を踏み出して、手にした剣で目の前のくうを斬る。

 迫りくる敵の攻撃に斬撃で持って応じた。

 目の前が光であふれる。周囲を駆け巡るエネルギーの奔流ほんりゅうに五体の感覚が一瞬で悲鳴を上げた。


「馬鹿な……? おれの全力に耐えただと」


 光の嵐が去って視界を取り戻すと、驚いているキリヒトの表情が見えた。

 やつの攻撃を真正面から受けて立っていられたのは、おそらくロザリンドに続いて二人目だろう。

 もっとも、彼女の場合はすべての物理攻撃を無効にする『魔法の鎧』というチートアイテムを用いてのことだ。

 そのロザリンドですら攻撃自体をすべて防ぐことは適わず、クリティカルを受けて最小ダメージは負わされた。

 身を守る特別な防具もなく、キリヒトの前に立っていられる存在は、やつにとって明らかな脅威のはず。

 ならば、ここはせいぜい利用させてもらうとしよう。


「残念だな。お前の攻撃はすでに知っている。恐ろしい技だが防ぐ手立てが何もないというわけじゃない。あまり見くびるなよ……」


 全力のあおりである。

 これで我を忘れて逆上するか、むしろ過度に意識して萎縮いしゅくするかでもしてくれれば、こちらとしては存分に儲けものだ。

 冷静に対処されてしまうのが一番マズイ。

 正直、この精度の攻撃をそう何度も防げるとは到底、考えられなかった。

 やはりキリヒトは強い。スキルもだが、素の攻撃力がおれとは段違いだ。

 レベル九九というのは、やはり人外の領域である。

 それでもおれがどうにか耐えられたのは、シュトローム・ブリンガーが持つ無尽蔵の魔法力があってのことだ。


「偉そうに語るな! 強いのはお前ではない。その怪しげな剣の力だろうが!」


 即座にこちらの力関係を見破り、ダッシュで間合いを詰めてくる。

 またたく間に、彼我ひがの距離が互いの拳を突き合わせる程度の近さとなった。


「――! は、早い……」

 

 キリヒトの軽快なフットワークに思わず面食らった。

 同時に相手の大胆不敵な行動に肝を冷やす。

 まさか向こうから剣の間合いに入ってくるとは……。

 予想としては、中間距離から際限なくスキルを連発してくると思っていた。

 それなのに被弾覚悟の打ち合いを望んでくるとは。


「おれが相打ちを狙うとでも思ったのか?」

「は? 何を……」


 心の中を見透かしたようなやつの問いかけ。

 返す言葉がすぐには思い浮かばず、ただ黙っていると、さらに相手が畳み掛けてくる。


「勘違いをするな。おれは貴様の剣を受けるつもりなど毛頭ない。ここからはどこまでもおれの攻撃が続くだけだ!」


 余裕を感じさせる口ぶりで、キリヒトはさらに片腕を強く振り抜いた。

 放たれた拳から繰り出される雷迅拳(ライトニングフィストブロー)。

 おれは限界まで体を反らしながら、敵の攻撃をようやく避けた。


「まだ行くぞ、喰らえ!」 

 

 ようやく危地をやり過ごしたのもつかの間。

 今度は逆の腕から続けざまに連撃が放たれようとしている。

 これは避けられそうもない……。

 反応速度の限界を超えた相手の攻撃。

 為す術なくその動きを見ていると、右腕のシュトローム・ブリンガーが勝手に動いた。

 意思とは無関係に剣が目の前に振り下ろされ、迫りくるキリヒトの脅威からおれを護るように立ち塞がる。


「お前……どうして?」

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