#026 トンネル・イン・ザ・ラン
中庭を抜け、王宮と城壁の間にいくつか設けられている背の低い兵舎。
そのうちのひとつにおれとオトギは飛び込んだ。
兵舎の中に人気は見当たらず、ものの見事に
「こっちよ」
常ならば兵士たちの
雑然と武器や防具が並んでいる場所を避けて、部屋の一角へとたどり着いた。
置かれているのは背の低い本棚。
場の雰囲気にそぐわない家具を横にずらす。そうすると、レンガの壁に大きな穴を見つけた。
「なんだ、これは?」
不気味な雰囲気を漂わせている壁の出入り口。
通るには腰をかがめて頭を低くする必要があった。
「決まっている、抜け道よ」
オトギが先導して穴をくぐっていく。
おれもあとを追いかけて壁の向こうに身を移した。
明かりの乏しい埃っぽい空間。上には兵舎の屋根、両側はレンガの壁。そして、地下へと続く幅の狭い階段が視界にうっすら見えた。
なるほど、兵舎の一部を利用してここに脱出口を作っているわけか。
下りた階段の先に外へとつながるトンネルがあった。
「だが、逃げてどうする? おれたちの目的は王宮の中だぞ」
「だからこそよ。ここを通って、城郭の二階に入る。人目を避けて移動するにはこれが一番早いわ」
うーん。オトギの言うことがまだ理解できない。
そうこうしているうちに階段を降りて通路に足を運んだ。
両側には切り出しの大きな石で組まれた壁が人の背丈ほどの高さで続いている。
足元には似たようなサイズの平石が置かれ、歩きやすい床が構築されていた。
頭上を覆う並べられた厚木の天井。木と木の隙間からかすかに外の日差しが入り込む。
「これ、すぐ上は城の中庭か?」
なんというか、地下を通るトンネルではなく庭に掘られた
それでも十分、手間暇のかかった工事なのだが……。
さらに進んでいくと、また階段が見えてきた。
オトギが慎重に周囲をうかがいながら階段を昇っていく。
安全を確かめると、おれに手招きをして上がってこいと伝えてきた。
「オトギ、ここは一体どこなんだ?」
石の階段を昇った先は周囲を壁に囲まれた
かすかに外の気配を感じられるのは、空気を取り入れるための小さな換気口のみ。
床の上には一切の調度品がなく、壁際に上へと昇る階段がひとつ見えるだけだった。
「いくわよ。ここを登れば城につながる渡り口がある。二階のバルコニーから玉座が置かれている
こちらの問いかけに答える素振りもなく、オトギが二階へつづく階段に足をかけた。
時間がないのは確かだが、もうちょっと親切に扱ってくれ。
「待って……」
背中を追いかけて階段を上がった途中。
外の明るい光が入り込む開放された出入り口に人影を認めた。
あそこから城に逆侵入するというわけか。だとすれば、あの兵舎の抜け穴は入り口ではなく、本当は出口という認識なのだろう。
「見張りはひとり……。これなら強行突破で行けるわ」
警備の数を確認し、
「あ、それって……」
「おや、どこかで見たの? こいつはあたしの寝床で巣を張っていた蜘蛛の糸を用いて織り上げた布よ。九尾の妖気をたっぷり浴びた蜘蛛だから伸縮自在にして
なるほどな、そいつは便利だ。
感心しているおれを尻目にオトギが帯状に伸びた長い布を見張りに向かって投げつける。
「な、なんだ! これはっ?」
帯は見張りの顔を隠すように巻き付いて、相手の視界を奪った。
その隙きに彼女は階段から踊りだし、敵の間近へと迫る。
「くそっ! 誰だ!」
男が顔の帯を下げて、辺りを警戒するように視線を巡らせる。
そのすぐ目の前にオトギがいた。互いの顔を見合わせた瞬間、見張りは糸が切れた操り人形のように床へ倒れ込んだ。
「よし、もういいわ。早く来て」
理解するよりも早く戦いが終わっていた。
多分、オトギは視線を利用することで相手に催眠をかけたのだろう。
おれとの戦いでもそうしたように彼女は幻惑を使って敵を
やはり、一対一で対決するのは危険な存在である。
とはいえ、いまは味方であることに安堵を覚えた。
「すごいな。お前ならキリヒトが相手でも、そうやすやすと引けは取らないんじゃないか? 実際、おれも術にかかったわけだしな……」
自身の失態を引き合いに出して賛辞を送る。
まあ持ち上げるつもりはないが、可能性を考慮しての意見だ。
「暗示も効果には個人差があるわ。いまみたいに一瞬で落とせる相手もいれば、あなたのようにあれこれと策を
「キリヒトは?」
「あいつは、そもそも他人に対しての警戒心がとても強い。女性相手だとなおさらね。どれほど言葉と態度で愛情を示しても、それを真剣に受け止めることはなかったわ。つまりは視線すらまともに合わせてくれなかった」
ああ……。うん、こじらせちゃったのかな?
幼少期に非干渉的な育てられ方をされると、長じてむき出しの愛情に恐怖を感じてしまう現象があるのは知っていた。
愛は自由でも
「暗示どころか信用もされなかったと?」
「まあ精神抵抗に高い数値をもっているのだろうけど、それとは別に人の言うことを容易には認めてくれない性格だったわ」
こうなると精神支配も無理か。
いよいよ実力で討ち倒すしかなさそうだが、そいつがどうにも難しい。
まず第一にキリヒトの能力全体について、おれはほとんど何も知らなかった。
思案するおれに対し、オトギがしげしげと目線を上下に動かす。
「な、なんだよ?」
異性からの視線に馴れていないおれは、いささか挙動不審っぽく体をのけぞらした。
あいつのことをとやかく言えない。
愛がどうこう偉そうに語ってみても、現実で異性を愛した経験がないおれも結局は似たりよったりだ。
こじらせかけているのはこちらも同様。
「うーん……。そういえば、あなたってキリヒトとどこか似ているわね」
オトギの感想に危うく心が折れかける。
「ま、まあ最近の転生勇者は総じてこんな感じだからな……。流行りモノは全部、似たような印象になるものだ」
無意味な言い逃れを口にしていると、彼女はあきれたような表情でおれの発言を
「違うわ。見た目の問題じゃない。もっと本質的な部分よ。そうね、求めている格好良さがどうにも子供っぽいところとか」
なんだよ、それは……。
中二くさいとでも言いたいのか?
でも否定できないあたりがちょっと悲しい。
ん? ちょっと待て。いま何かひっかかった。
ああ、いやいやいや、童○じゃなくって!
おれとキリヒトは似ているのではなくて同じ?
何かを思い出しかけた。すごく古い記憶だ。まだおれが女の子よりもヒーローに夢中だった頃の……。
「いつまでもここでじっとしていないで先を急ぐわよ、童○くん」
言うんじゃねえよぉ!
しまった。いまので記憶が飛んだ……。
しょうがないか。とにかく前に進もう。
おれは気を取り直して、先頭を走るオトギの背中を追いかけた。
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