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 箱型の飛空艇の中は、意外と静かだった。普通に会話が出来るほどだが、普通には立っていられないくらい揺れる。ただ速度を出し過ぎているだけである。


 壁に据え付けられている腰掛けに座っている月影と陽向。先ほど入り口の守衛をしていた人たちも少し離れて、揺れに耐えている。


 月影は、飛び立ってからずっと下を見たまま不安げな表情だ。揺れが怖いのか、高いところが苦手なのか。足が地上から離れることを嫌う。自分の動作を決めるのは自分で、不可抗力で自分をどうにかされたくないのだ。


 そこに慣れた足付きで月影の前にやってきた長の男。


「俺はこのバルジット空賊団の頭、バルジット・グルスコーだ。バルと呼んでくれてもいい。これからお前らを赤い瞳がいる貘の祠へ案内する」


 バルジットの後ろにもう一人いた。彼は、月影たちを船内に案内してくれた人物だ。


「で、空にいる間の世話係だ。あとは任した」


 後ろの男にそう言って、バルジットは操縦席の方へ行ってしまった。


「よろしくお願いします。オキーフ・ネイデルと言います。オキと呼んで下さい。用があるときは何なりと申し付けください」


 物腰の良い紳士的な態度で若い青年は月影と陽向に頭を下げた。


「こちらこそ、月影泪です」


「陽向照です、オキ」


 それぞれ握手をかわす。


「君たちが急いでいるのは知っているが、一つだけやってもらわないといけないことがある。それは高度馴化です。と言っても、高度の場所で一泊してもらいます。それで体調が悪くならなければ、高高度に上がり祠に向かいます」


「分かりました」


 月影が静かに言った。


 しかし、寝るとはいってもここで寝るのだろうか。それにしても狭すぎるな。


 不安な顔をしている月影に気づいたのか、オキーフが説明を付け加えた。


「今、本艦が停泊している空の街に向かっている。本艦に君たちの部屋を用意してあるから」


 そう言って、窓の外を指差したオキ。二人は指差した方を見ると、雪が真横に何本もの線を描くように流れている。そのずっと先、真っ暗な闇の中に光が集まっているところがあった。そこが空の街なのだろう。


 いったいどのくらい土の上から離れただろうか。どのくらいの速さで飛んでいるかも分からないし、方角も分からない。自分の足で安定していられる場所に行きたいと思う月影だった。そういう点では、もともと空で生活していた陽向は何の心配はなかった。


 そうこうしているうちに、さっきまで遠くに光っていたものが具体的に分かるようになってきた。そこは山の途中を切り崩して作られたような小さな港街だ。大型の飛空艇から小さいものまで、停泊していた。


 中でも白くて和風の城が乗っているような飛空艇の底部にある格納庫に、月影たちの乗った飛空艇は入って行った。


 運ばれてきた飛空艇を降りると、本艦の中では整備士やバルジットの部下たちが待っていた。


「明日の昼に出発だ。それまでに、準備なりしておけよ」


 と、バルジットは言って、奥へ歩いて行ってしまった。


「まずは、君たちの部屋に案内します。ついて来て下さい」


 オキーフは、周囲を見回している月影と陽向に言って、バルジットの行った方向へ歩き出した。整備士たちは、空ではもの珍しい妖艶な着物姿の月影に釘付けだった。


 一人分の通り幅しかない鉄階段を上り、ふと眼下に目を移すと、小型戦闘艇が何機もきれいに並んでいた。入り組んだ鉄の道を通り、ようやく二人の客室に到着した。

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