第7話 ライバルは陰陽師!?①

 若者が1人、ずだ袋を担いで夕柳駅に降り立つ。あたりをぐるりと見回して、強く鼻息を鳴らすと、バッグをその場にドサリと下ろす。


「ここが夕柳町……。フフフ、待ってろ阿倍野晴明! 自分の実力、見せつけてやるっス!」


 独り言とは言えない大きな声で喋り、不敵に笑う若者を通りすがりの人々は見て見ぬ振りをする。小さな子供がその場をじーっと見つめて母親の袖を引っ張る。


「ママー、あの人なんか1人で笑ってるー」

「コラッ! 指差しちゃダメでしょ!」


 そんな親子のやりとりが向こうの方から聞こえ、急にいたたまれなくなった若者は顔を真っ赤にしながらバッグを持ち上げてそそくさとその場を離れた。



 ☆☆☆☆☆



 ついこの間までは温暖で過ごしやすいような気候だったのにもかかわらず、もうジンワリと汗ばむような季節がやってきた。

 晴明は汗でベタつくシャツを鬱陶しく思いながら土手の上でランニングを続ける。背後からはヒィヒィと顎を上げて走るカケルの姿がある。


「だらしねぇぞ、カケル! こんなので根をあげてたら勝てる相手にも勝てんぞ!」

「ハァ……ハァ……は、晴明にーちゃんが速すぎるんだよぉ〜」

「文句言うだけの元気があるじゃねぇか! ほら、足を動かせ足を!」

「ス、スパルタ〜」


 口では厳しく言いながらも晴明はペースを落とす。トレーニングの指導を頼まれた手前、手を抜くものかと思いながらもついつい甘さを出してしまう。

 だが、カケルもカケルで文句は言えど、根を上げたり弱音を吐いたりすることはなく、実に見上げた根性である。さすがに早い時期にレギュラー入りを果たしているだけはあるなと感心していると、いきなり目の前に人が現れた。


「おわっ!」

「あでっ!」


 晴明がいきなり立ち止まったものだから、カケルは背中にぶつかり尻餅をつく。ヘロヘロになっていた彼は一度止まってしまうと自力で立ち上がるほどの元気はない。


「おい! 突然前に出てきたらあぶねぇだろ」


 怒鳴る晴明ではあるが、相手は全く意に介さずと言った様子。それどころかまるでこちらに非があるかのような目つきで晴明を睨みつける。だが晴明の姿をじっと見ると何かに気づいたかのように目を見開く。


「あなた、もしや阿倍野晴明っスか?」


 突然自分の名前を言われて驚く晴明。聞かれるがままに「え、あ、そうだが……」と答える。すると目の前の若者は一瞬パァッと明るい顔を見せたかと思うと、すぐさまキリッとした顔に戻して「フフン」と、得意げに笑う。

 そしてドヤ顔のまま右腕を水平に上げて人差し指をピンッと突きつける。


「自分は芦屋ミツル、高校生でありながら陰陽師! あ、阿倍野晴明、えっと……正々堂々と自分と勝負しろ……っス!」

「え?」

「は?」


 芦屋ミツルと名乗る者からいきなり受けた宣戦布告に、晴明と、先ほどからへばって座り込んでいたカケルがすっとんきょうな声を上げる。

 少しばかりたじたじした様子を見せるミツルを、晴明たちは胡散臭そうに眺める。



 ☆☆☆☆☆



 晴明はアイスコーヒーをチューっと吸ってのどを潤して改めて上はジャージ、下は短パン、持ってるかばんはずだ袋というラフな格好の若者に確認するように尋ねる。


「するとなんだ。芦屋、お前の宅の家系も陰陽師で悪霊退治をしている、と」


 周りの目もあるから場所を移そうといったとき、ミツルは「に、逃げる気っスか!」と噛みつかんばかりの勢いで威嚇してきた。しかしひとたび「飯を奢ってやるから」と言うと気持ちが揺らいだのか、それとも気が緩んだのか、お腹をグウグウならしながら素直について来た。

 晴明の横ではカケルがパフェを頬張っており、目の前ではミツルがパスタをフォークでクルクルしている。晴明は財布を確認しながら、(いらん出費をしてしまった)と、うなだれていると、パスタを口に運んだミツルが話し始める


「ふぉーっふ、ふぃぶんもそふぃらふぉふぉまび……」

「飲み込んでからから喋れ」

「んっ。そーっス、自分も高校生で陰陽師をやってるっス!」


 それを聞いて晴明は驚く。一見どう見たってミツルの容姿背丈は中学生ぐらいにしか見えない。高校生にしては華奢すぎると思った。しかし嘘を言っているようには思えない。


「あ、今。自分のことを見てバカにしたっスね!」

「えっ! いや、そんなことねーよ……」


 図星を突かれてたじろぐ晴明。ミツルは疑いの視線を彼にぶつけるが、ため息をついて話を戻す。


「自分だって地元ではそれなりに力を持つ陰陽師として色んな悪霊を払っているんスよ。 あなたと違ってあんなロボットなんかに頼らずで!」

「な! 晴明にーちゃんの事をバカにするな」


 なぜだか必要以上に語気が強いミツル。それにどことなく震えた声で話しているように聞こえないでもない、そんなミツルの挑発的な物言いに口の周りにクリームをいっぱいつけたカケルは晴明をかばうように言い返す。。


「……ふん、自分から言わせたら悪霊と戦うのにロボを使うなんてナンセンス。どんな巨大な敵でも己の力で戦うべきっスよ。それなのに卑怯な手を使ってまで周りからチヤホヤされて喜んでるようじゃ、同業者の恥っスね」

「……で、どうしたいんだよ」


 つらつらと言葉を吐き出して、言い切るミツルはパスタを再びズルズルとすする。

 さんざん言われた晴明も流石にムッとして、気前よく飯代を出してやるといったことを今更ながらに後悔する。自分から言ったとはいえ、なぜ人の金で飯を食いながらここまで相手をこき下ろせるのだろう、と。

 ちゅるんとパスタを食べ切ったミツルは水を一気飲みして、口元をナプキンで拭き、先ほどのように晴明に向けて人差し指を突き立てる。そして強気な口調で晴明に煽り立てる。


「だ、だからこその勝負っスよ! 自分とあなたとでどちらがより陰陽師としての実力を真に有しているかの」

「勝負、ねぇ。どう勝敗を決するつもりだ?」

「決まってるっス、この町に出てきた悪霊をどっちが先に倒すか。それだけっス!」

「まあ、そうくるとは思ってたが。悪霊も都合よく現れねぇだろ」


 ストローをいじりながら呆れたようにそう言うと、急に晴明のズボンのポケットに入れてあるスマホがバイブレーションする。誰からの着信かと思って画面を見るとめぐるの名前が映し出されていた。

 晴明は「ちょっとすまん」と、言いながら立ち上がって電話に出る。その間、ミツルは彼から目を反らし、小さくため息をついたのを見逃さなかった。さっきまでの威勢がなくなり、急にしおらしくなった態度をけげんに思いながらもスマホを耳に当て、めぐるに応答する。


「もしもし、俺だけど」

『晴明!? 大変なのよ!』


 突然電話口で叫ばれ、耳鳴りがキーンと脳まで響く。とっさに耳元からスマホを離してしまうが、再び当てなおす。

 メッセージではなく電話をかけて来たからにはよほど緊急を要する内容なのだろうと思い、同時に嫌な予感がする。


「落ち着け、何があったんだ?」

『でたのよ、ヘルガイストが! 町中に突然!』

「な、なんだって!?」


 予感は的中した。しかも考えうる限り最悪の内容かつ最悪のタイミングだ。チラリとミツルの方を見ると、どうやら何の話をしているか分かった様で、晴明にビシビシと視線を送ってくる。


「出たんスね、悪霊が!」

「……おう」


 あからさまに面倒くさそうな態度をとって見せるがミツルは気にせずに付いて来る気満々である。晴明はコーヒーを飲み干し、レジに向かい精算を済ませる。めぐるに位置情報を送ってもらった場所へ駆け出し、ミツルもそれについて行く。尻に根が生えてしまったカケルは手をひらひらと振るだけでその場を動こうともしない。

 その様子を背後でずっとうかがっていた榎戸は口元を押さえ、目を細める。


「阿倍野晴明め、妙な奴と話し込んでいると思って後を付けてみれば……。ずいぶんと面白いことになっているじゃないか」

『別の陰陽師、か。これ以上我らの邪魔をする者に出てこられては厄介極まりない。ここいらでまとめて始末させてもらおうではないか』

「その通り。お望み通り舞台は整えてやった」


 ジャシーンにとって陰陽師が増えるのは不都合以外の何物でもない、はやい所、相手は消してしまおうというスタンスだった。現状、晴明とDタイザンに負け越していることをかんがみれば無理もない。これ以上増えられてはそれこそ手が回らないからだ。

 そのため今回、榎戸に託したヘルガイストはこれまでとは一風変わったものだった。


「陰陽師共め、超高速移動型のヘルガイストに翻弄されるがいいさ」


 そんな榎戸の目論みも露知らず、ひたすら走る晴明はウエストポーチからお札を取り出し、「召喚サモン! Dタイザン!」と叫んでマシンを呼び出す。

 亜空から飛んできたDフライヤーは晴明を吸い上げコクピットに着かせる。


『お前も乗れ!』

「えぇっ!?」

『いいから!』


 急かす晴明に言われるがままになっていると急に体がフワッと浮く。Dフライヤーの下部から伸びる光に吸い込まれ、気づけば後部シートに座っている。先ほどまで相手のペースに乗せられシャクに触っていた晴明、握られっぱなしの主導権を取り返そうという魂胆だ。

 目がテンになるミツルは無視して、晴明はノズルを思い切り噴射させ急行する。



 ☆☆☆☆☆



「Dタイザン、ディフォーム!」


 現場に到着したDタイザンは飛行形態からロボット形態へと姿を変え、地面に降り立つ。誰かの「いよっ、待ってました!」と言う声に手をあげて答える晴明。

 ヘルガイストは小高い丘の上に位置する住宅街ののり面にしがみつきながらDタイザンと野次馬たち(と、その中に紛れるめぐる)を見下ろし、『ケケケ……』と不気味に笑い声をあげる。

 Dタイザンはチェーン・シャクジョウを取り出し、構える。


『この世に未練を残し、一般市民に恐怖と不安を抱かせるヘルガイストめ、このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させ――』

『自分を降ろしてほしいっス! これじゃ戦えないじゃないっスか!』

『ワッ、バカ! それに触るな!』

「「「!?」」」


 見栄を切っている最中のDタイザンから急に別の人間の声が聞こえて辺りはどよめく。しかも「どれを押せば降りられるんスか!?」と、ミツルが計器類をいじりだしたためにDタイザンは間抜けに踊り出し、さらなる混乱を招く。コクピット内のドタバタがDタイザンの動きに反映されてしまっているのだ。


「おやおや、何をしているんだか」

『陰陽師同士で喧嘩をしあうとは、これは思ったよりも容易く倒すことができるかもしれないな』


 見物に来た榎戸とジャシーンもそんなDタイザンの様子を見て苦笑する。


「晴明ーッ! なぁにふざけてんの、シャキッとしなさい!」


 しびれを切らしためぐるが晴明に喝を入れるが、彼だってそうしたいのはやまやまである。なんとかしてコクピットから出て行こうとするミツルを落ち着けさせようと試みるがこれが全く言うことを聞かない。

 そうこうしているうちにのり面にいたはずのヘルガイストの姿が見えなくなっている。


「アレ、アイツはどこに消えた……? うわっ!」


 機体が大きく揺さぶられる。モニタで確認するとDタイザンの背中にヘルガイストが取り付いていたのだ。あまりの素早さにその場にいた誰も目が追い付かなかった。


「野郎いつの間に!?」

「これか!」


 驚嘆する晴明をよそに、ミツルはコクピットハッチ開閉スイッチを押してハッチを開く。それと同時にDタイザンがヘルガイストによって前のめりに倒され、ミツルは地面に放り出される。

 コロコロ転がり、スクッと立ち上がるミツル。突如Dタイザンから見知らぬ人物が現れたことで野次馬たちは一様にポカーンとなるが、ミツルはそんなことにはお構いなく自らの服に手をかけて脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てた服の下はいわゆるミツルの戦闘装束となっており、臨戦態勢でDタイザンにのしかかって羽交い絞めにするヘルガイストを睨みつける。


「化け物め! この芦屋ミツルの目が黒いうちは好き勝手暴れさせないっス!」


 それだけ言うと小柄な体で巨大なヘルガイストに立ち向かう。そして腰のあたりからスラリと短剣を抜き、柄を両手で持ち剣先をヘルガイストへ向けたかと思うと、


瞬雷閃しゅんらいせん!」


 と、叫ぶ。

 剣先から発せられた稲妻はバリバリと激しい音と光を放ちながらヘルガイストの頭部へと伸びる。いくら俊敏なヘルガイストとはいえ、光速で迫りくる稲光は簡単には避けられない。あっという間に頭に命中する。ミツルは爽やかにガッツポーズを決めるが、次の瞬間その笑顔は引きつる。自分の中ではかなりの大技であったにもかかわらず、化け物は倒れてはいないのだ。それはミツルにとって初めての経験である。

 とはいえダメージは通っていることに違いはない。それを証拠にヘルガイストはけいれんを起こしていたからだ。敵がよろけたのを好機ととらえた晴明はシャクジョウで相手を突き刺す。


『グギャギャギャー!』


 痛みに悶えるヘルガイストは倒れ込み、Dタイザンへの拘束を解く。すぐさま立ち上がりショルダ・ブラスターかランバス・ミサイルを浴びせようとするが、ヘルガイストとDタイザンの間にミツルが割って入ってくる。

 どちらの技も爆風が激しいため、人の近くで使えばただでは済まない。


「あの野郎!」


 とっさにDタイザンはつま先のハッチを開いてトゥートップ ・バルカンをヘルガイストに向けて打ち込む。しかしミツルの割り込みにより、晴明にわずかな思考時間が生じ、その間に復帰したヘルガイストは得意の瞬間移動を使って逃れる。


「どこへ行った……」


 神経を研ぎ澄ませてあたりを探す。ミツルも同じように短剣を握ったまま見回すしていると、Dタイザンの背中がボンッと破裂する。

 一瞬、足元がグラつくDタイザンではあったが踏ん張ばりを利かせ、その勢いで旋回する。ミツルもDタイザンと同じ方を向いてその方向に短剣をかざし、


「「そこだ(っス)!」」


 2人の声が重なり、2つの技が同時に繰り出される。

 しかし敵にそれらの攻撃は届かなかった。Dタイザンのランバス・ミサイルとミツルの瞬雷閃が交差して爆発し、一面がまばゆい光に包まれる。晴明をはじめ、全員がその眩しさに目を覆っている間にヘルガイストは再び瞬間移動を使い、その場からこつ然と消す。

 目の前で敵を逃してむなしく突っ立つDタイザンとミツル、そして状況が全く飲み込めない野次馬たちはただただどうしようもなく呆気にとられて固まっている。



 ☆☆☆☆☆



「邪魔ばっかりしやがって! ヘルガイストを逃しちまったじゃねぇか!」

「じ、自分は邪魔したつもりは毛頭ないっス!」

「どこがだ!」


 Dタイザンから降りた晴明は第一声、怒りをあらわにする。だがミツルも負けじと異議を唱えてくるので、第三者であるめぐるに聞くことにした。


「めぐる、お前はたから見ててどう思った」


 急に振られためぐるは顎に手をやり「ん~、そうね~」と考えてから、


「邪魔するっていうか、先走さきばしってる?」


 と答える。それが図星だったのかミツルは「うぐっ……」と声を漏らし、晴明は追撃するように「ほれ見ろ」と煽る。若干嫌味な言い方なのは、ファミレスで一方的にまくし立てられたお返しも込めての事だった。

 するとめぐるは、今度は晴明の方を向いて答える。


「でも晴明の攻撃がかすってすらなかったのもまた事実。あの素早いヘルガイストにDタイザンの攻撃が通ったのはこの子の電撃攻撃のおこぼれみたいなものだったし」


 意外と鋭い指摘につい晴明も言葉を詰まらせる。が、次の瞬間には自分の正当性を述べていた。


「……うっ。でもだな相手が弱ってる時に止めを刺そうとしたら、こいつがDタイザンの射線上に入って来たんだ。結果的に倒せたかもしれないヘルガイストに隙を与えたようなもんだろ」

「まぁ、そう……かもね」


 それにはめぐるも納得する。


「ともかくだ! 勝負はお預け、金輪際こんりんざいこの俺に関わるな! あのヘルガイストも俺一人で倒す、いいな!」


 自分に都合の悪い話題からそらせるために上ずったトーンで慌ててお茶を濁す晴明。

 だがそんな彼のキツい一言を本気にしたミツル。言葉がグサリと胸に刺さり、大きくショックを受ける。晴明はまた何か言い返してくるのではと身構えていたが、予想とは裏腹に相手があまりにもシュンと意気消沈したのでずいぶんと肩透かしを食らった。

 少し言い過ぎたかと自戒するものの、ミツルは「わかりました……」と、らしくない態度を取り、トボトボとその場を後にする。


「わ、わかりゃ良いんだよ……」

「ちょっと、そんな言い方ないんじゃない?」


 後ろ姿を目で追う晴明は、詫びを言いそびれてしまったがゆえに引っ込みがつかなくなり、毒づく。彼のぶっきらぼうな物言いにめぐるは冷めた眼差しを向けるが、見て見ぬふりをする。

 気づけばすでにミツルだけでなく野次馬の姿も無かった。

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