第五章-03

◇     ◇     ◇     ◇

夜である! 夏である! 花火である!

そういう訳で、俺達は思い思いの格好に着替え、花火を見るに値する穴場へと集合していた。この場所はかなり人気が少なく、それでいて遠目ではありながらかなり絶好の見晴らしだった。我々男集もまた様々な服装であったのだが、俺は男には興味が無い。故に割愛させて頂く。


薄暗い土手で待っていると、真白の生地にアサガオの模様・ピンクの袋帯のメイがパタパタとやってきた。近くで見るとなお可愛さにビックリさせられる。これでは普通の女子そのものではないか。ほとほとメイを造った制作陣のこだわりには頭が下がる。


「あ、あの… マスター。私浴衣なんて初めて着るんですが、本当に似合ってますか?」

おずおずと、それでいて真摯な視線を俺に向けてくる。一体どうしたと言うんだ?

「ああ、似合ってる。とっても素敵だよ、メイ」

メイは両手を頬にあてがうと、この暗さでもわかるくらい真っ赤になった。ああ、照れてるんだな。

「そう言っていただけると、とても嬉しいです。マスター」

「さぁ、もうそろそろ皆が来るかな?」

「…それだけですか? マスター」

「え、ほかに何かあったけか?」

「こういうときは、殿方が私をリードするものですよ?」

「リードったって、ここが集合場所だし…」

「もう…」

メイはぷいっと明後日の方向を向くと、思いついたように手を握ってきた。

「ねぇ、マスター! あちらの丘の方にいてみませんか?」

「丘? …そんなの、あったっけ?」

「ありましたよ。思い出の場所が」

「?」

メイは丘の上の神社の方を指差した。そういや、遠い昔に来たことがあるような、ないような…。俺は思いつく限り記憶を手繰り寄せる。しかし、どうしてもその頃の記憶が取り出せない。

「それは俺が小学生の時なのかな? …すまない、その頃の記憶は無くなってしまってるんだ。本当に申し訳ない」

「そう… ですよね。大きな事故だったんですから、記憶がなくなっていても仕方ないですよね」

「本当に申し訳ない」

「マスター、いいんですよ。チョッピリ期待はしてましたが、仕方のないことですもの。どうか気になさらないでください。大切なのは”これから”なんです。これからいい思い出をたくさん作っていきましょう!」

「そうだな。ありがとう」


「俊樹~! おまたせ!」

沙耶たちがやってきた。

「どう? 似合ってるでしょ? 随分選ぶのに時間がかかったんだから!」

紺色に淡い桃色の花弁をあしらったデザインの浴衣に、黄色い帯が映えてみえる。

「沙耶も似合ってるな」

「んも~! 俊樹ったら、そんな。お世辞でも嬉しい!」

「”も”て事は、もうメイちゃんの浴衣姿は見たのね?」

「ああ、とてもよく似合っていたよ」

「で、そのメイちゃんは?」

「今ちょっと席を外したみたいだな。神社の方に行くっぽいことを言ってたから、もしかするとそこかもしれない」

言うが早いか、沙耶の目がきつくなった


遠い目をして沙耶。

「でも今はただの人参だけどね」

「分かった分かった」

何をもって朴念仁呼ばわりするのかは知らんが、とりあえず聞いておく。

「俺、あそこに見える神社に来たことあったっけ?」

「それ、いつの話?」

「俺さ、 …沙耶も知ってると思うけど… 小さい頃の記憶、あまり覚えてないのな」

「昔々… か。ご両親を亡くす前の話だもんね」

「…覚えてるのか?」

「この近くの海岸にはよく、遊びに来てたのよ。ウチの両親や俊樹のご両親と一緒に」

「そう… なのか?」

沙耶は「う~ん」と大きく伸びをする。

「あたしが覚えてるのは、一度だけ、俊樹とあたしが迷子になっちゃってさ。俊樹ったら、アタシをちゃんと守らなきゃって」

「で、何があった?」

「大きな犬に襲われたの。大怪我をしたのよ? …覚えてない?」

「全く」

「もうあまり傷跡も残ってないけれど、背中に大きな傷負わされてね」

そんなこと、あったっけか…?

「この近くの病院に入院してた時があったのよ」


「あら、あなた方だけでコソコソ話とは、仲がいいのね?」

秋帆が右京・左京を引き連れてやってきた。

淡いピンクの下地に撫子の文様、黄色い麻の葉の袋帯を上品に着こなしている。ツーサイドアップだった髪をアップにまとめて、真白いうなじがとても印象的だ。右京・左京も揃いの、蝶柄の浴衣に真紅の袋帯がよく似合っている。

「秋帆たちもよく似合ってるな。正直、見間違えた」

「あら、お上手ね」

「いや、お世辞じゃなく本当によく似合ってるよ。素材がいいのかな?」

「ま、まぁ、私は普段から淑女として気をつけておりますわ。あ、当たり前ですのことよ」

「…日本語、変だぞ」

「そんなことはなくてよ?」

「お嬢様があまり見知らぬ殿方に浴衣姿をお見せするのは、はじめてのこと。やむなしですわ」

左京がフォローにならざるフォローを入れる。

「何にせよ、光栄と思う事だ」

右京も同調する。


「やぁやぁ、待たせたねぇ」

と、雪花絞りの柄に金魚帯の舞衣姉さん参上! 

「…姉さん、金魚帯はいくらなんでもアカンでしょう?」

「いや、自分で着付けられるのって、この結び方しかできなくってさ~」

「ますます幼く感じますよ?」

「いいんだよ。日本人はロリコンが多いんだから(注:個人の意見です)」


「よう、待たせたなぁ!」

と、その他一同。

(我ながら、本当にひどい扱いしてるよな)


これで揃ったな。少し移動して、適当に座る。

「…おい、俊樹。もう少しこっちにもオンナ回せ!」

司馬が耳打ちする。言われてみれば、確かに周囲の女性率が…。

ポン…!

とかなんとか言っている内に、一発目の花火が上がった。

パン! …パララララ…

炎が大輪の花を咲かせる。とてもきれいな光景だった。

二発、三発… そして、連弾。

空一面に光の花が咲いては散り、散っては咲いた。

「…綺麗…」

右隣で、沙耶が呟く

「本当に綺麗ですねぇ… まるで夢のようです」

左隣で、メイがはしゃいでいる。

「ホント、風情ですわね…」

とは、俺の目の前に陣取っている秋帆達。

「こういうのも、たまにはいいよねぇ」

とは、後ろに座っている舞衣姉さん。

「た~まや~!!!」

「か~ぎや~~~!!!」

と無邪気に騒いでいるのは、富野研カルテット。

こういう大勢で過ごす夏は正直はじめてだが、決して悪くないもんだ。

さて、明日には舞衣姉さんが危惧していることが明らかになる… 筈だ。

「これで何かしら進展するといいんだけどな」

呟くと、沙耶は言った。

「なに? 聞こえなかった!」

「なんでもないよ」

そこへ、メイが割り込んでくる。

「大丈夫ですよ、きっと。私のマスターですもの、必ず事は進展します」

「聞こえてたのか?」

「もちろん! 大好きな方の声は、いつだって届くものなんです!」

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