(7)

 朝と夜の混じり合った空の下。

 風化し歴史の中に埋もれ行く遺跡の、その天辺で。

 一人の少女と一人の青年は、ただお互いを見つめていた。

 風が二人の間を行き過ぎる。立ち込める血の匂いも、地上から伝わる禍々しき脈動も、最早彼らには届いてはいない。

 華奢な体を抱きしめるようにして、少女は叫んでいた。

「そう、何故望んではならない! 永遠の安らぎを、永久の眠りを! 私はただ、この呪われた命と体を打ち砕き、あの闇へと還りたいだけなのに!」

 少女の悲痛な声が、風に飛ばされていく。

「私一人が、苦しみを背負って生きなければならない理由は何だ!? 私が、一体何をしたというのだ!」

 狂おしいまでの魂の叫び。長い間心の中に隠し続けた思いが、少女の口からとめどなく溢れる。

「それは、俺には答えられないことだ」

 対照的に、静かにラウルは答えた。

「お前のことを、俺は知らない。だけどこれだけは言える。お前一人の望みのために世界まで滅ぼされちゃ迷惑なんだってな」

 そして。  残る力を振り絞り、ラウルは短刀を構えた。

「悲しい生を、俺が終わらせる。過去への復讐に過ごした年月、憎悪の炎に身を焦がした日々の分だけ、お前が安らかに眠れるように……」

 巫女は、微動だにせずにラウルを凝視している。その白刃を、そして同じ煌きを宿した、ラウルの瞳を。

「そんな、ことが……出来るはず、ない!」

 ふわりと広げた巫女の両手から放たれる、強大な黒き波動。まるで漆黒の雷のように、それはラウル目掛けて襲い掛かっていった。

 しかしラウルの足は力強く地面を蹴って、放たれた力に真っ向から突っ込んで行く。

 途端、まるで竜巻の中に放り出されたかのように激しい力が彼の全身を襲い、その足を鈍らせる。

 押し寄せる圧力、襲い掛かる衝撃に打たれながら、それでも彼は走った。力の限り、前へと進んでいった。

「そん、な……」

 戸惑うような少女の呟きが聞こえた、気がした。


 不意に全ての音が止む。

 時の流れが緩慢になったかのように、全てがゆっくりと行過ぎる。

 間近に迫る巫女の、驚愕に見開かれた瞳。それを目に焼きつけて、ラウルは瞳を閉じる。

 閉じられた瞳に映るのは闇。そして、その闇の中、まるで憎悪が凝り固まったかのようなどこまでも暗い一点を、ラウルは見つけ出す。

 それは、少女の体に埋め込まれた小さな水晶片。少女をこの地上に繋ぎとめる、忌まわしきくびき。

 かっと目を見開く。目の前には巫女の姿。黒い衣装に身を包んだ華奢な少女の胸に揺れる、禍々しき聖印。

「ここだっ……!!」

 渾身の力を込めて突き出した短刀が、聖印を砕き、そして少女の胸に食い込んでいく。

 赤き血潮が滲み、刃を伝うその様に目を逸らさず、ラウルは尚も力を込める。

「無駄だっ……あぁっ……!」

 嘲るような少女の声が、不意に裏返る。切っ先から伝わる、何かが砕け散る感覚。それと同時に、少女の胸から溢れ出す黒き血潮。

 生命の赤ではない。死と闇の黒。それは、彼女の肉体を蝕んでいた歪みし闇の呪い。

「これで、終わりだ!」

 短刀を引き抜く。黒い血しぶきがラウルの顔や体をまだらに染めた。

 頬に感じた黒い血は、まるで氷のように冷たかった。

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