(3)

 辿りついた王城の中は、まさに真の暗闇が支配していた。

「これじゃ、何も見えないぜ?」

 ぼやくシリンに、ラウルが頷く。

「ああ。分かってる。『闇を見通す瞳を授けたまえ』」

 素早く唱えると、それまで闇に塗り潰されたようだった目の前が、ぼんやりとではあるが鮮明に映るようになる。

「すごい! 暗視の術ですね?」

 喜ぶカイトをよそに、ラウルはすばやく辺りに目を配った。半ば崩れた遺跡の中は静まり返っていたが、そこここに人の気配を感じる。すでに表の騒ぎに気づいて、侵入者を待ち構えていたのであろう人間達の、刃のような冷たい気配。

「行くぞ!」

 腰から短剣を引き抜き、一気に突入するラウル。一瞬遅れてエスタス達がそれに続く。

 それを図っていたかのように、目の前に現れる黒い人影の群れ。声もなく飛び掛ってくる彼らに、ラウルの短剣が、エスタスの長剣が、そしてアイシャの槍が振るわれる。

 たちまち床に崩れる黒衣の人間達。しかし、その更に奥で、呪文の詠唱に入る者達がいた。

「少し黙っとけ!」

 短剣を手に相手の懐へ飛び込む。白刃が一閃し、一人、二人と床に転がり、苦悶の声を上げる黒衣の人間達。しかしまだ呪文は続いている。しかもその内容を聞き取ったラウルは思いっきり顔をしかめていた。

(『闇の矢』だと!? ちっ、なんつーもん教えてやがる)

 それは精神力を蝕む術。勿論、禁呪の一つだ。

「散らばれ! 術がくるぞ!」

 詠唱をやめさせるには間に合わないと即座に判断し、そう怒鳴って自らも身を翻す。と、そこにカイトの声が響いた。

「行きますよ! 『降り注げ、大地の怒り!』」

 はっと振り返った時には、ラウル達より少し遅れて走っていたはずのカイトが、自信満々の顔で複雑に組まれた印を突き出している。

「ばっ……」

 止めようとしたが遅かった。カイトの声に答えるように、遺跡の天井が崩れて多量の土砂が彼らめがけて降りそそぐ。勿論、ラウル達の上にもだ。

 慌てて落ちてくる土砂から逃げ出し、なんとか下敷きを免れる。

「この馬鹿! 場所考えろ、場所!」

 巻き込まれそうになったシリンが怒鳴るが、カイトはしれっとした顔で呟いてみせる。

「僕としたことが、目測を誤っちゃいましたねえ」

「馬鹿」

 ごん、と槍の柄でカイトの頭を小突いたアイシャはといえば、土砂に埋もれてもがいている黒衣の男達に向かって無造作に手を突き出すと静かに呟く。

『大地の乙女』

 途端に土砂がまるで意思を持ったかのように蠢き、もがく者達を飲み込んでいく。そして後には、ただ大量の土砂の広がった通路が広がるだけ。

「お、おい! 何埋めてんだ」

「死にはしない。運がよければ」

「おいおい……」

 呆れ返るラウル達を尻目に辺りを見回していたシリンが、ようやく目当ての扉を見つけて彼らを呼んだ。

「おい、こっちだ!」

「よし、行こう」

 駆け出すラウル。シリンに導かれるまま、彼らはまるで迷宮のような王城内を駆け抜けて行く。

 奥からは続々と信者達が飛び出して来たが、そんな彼らに容赦なく刃を浴びせ、蹴倒し、術をお見舞いする。

 そんなことを繰り返しているうちに、一番最初に音をあげたのは、この中で一番体力に欠けるカイトであった。

「ち、ちょっと休憩、しませんか?」

 走るラウル達から少し遅れていたカイトが、とうとう足を止める。前を進む仲間達に、壁に手をついて息を整えながら提案するカイトだったが、その提案を聞く前に彼らはそこで立ち止まっていた。

「あれ?」

 こんなすんなり提案が受け入れられると思っていなかったカイトが顔を上げる。仲間達が立ち止まっていたのは、廊下の突き当たりだった。

「行き止まりですか?」

 ここまでの間、上の階へ上がる階段のようなものはなかった。王城内は無駄に広い空間を擁していたが、シリンの案内で順調に奥へ、巫女のいる場所へと進んでいたはずなのに。

「さてはシリン君、道を間違えましたねぇ?」

 仲間の元へとゆっくり足を進めるカイトに、アイシャが首を横に振った。

「違う」

「違う? それじゃあ……」

 見れば、そのシリンが行き止まりの壁を丹念に探っていた。そして、ある一点にその手がたどり着いた時、シリンはにやりと笑って彼らを振り返る。

「あったぜ。ここだ」

 そう言って手の甲をぐっと壁に押しつけるシリン。と、その部分がぐいと奥へ引っ込み、次の瞬間、行き止まりだった壁の一部がせり上がって行った。その先には長々と続く廊下。遥か先には、たいまつのような明かりが見える。

「行くぞ!」

 駆け出して行くラウル。その後をエスタスとシリンが続く。

「ええ!? ちょっと、少し休憩は――」

「後にしろ!」

「そんなぁ~」

 泣き出しそうなカイトに、すっと手が差し出される。

「アイシャ?」

「行こう」

 相変わらず感情のこもらない声と顔。しかし、その奥底にある仲間を思う気持ちは、ひしひしと伝わってくる。

「はい! もうちょっとですもんね」

 アイシャの手につかまり、走り出すカイト。

 しかし、次第にアイシャの走る速度についていけなくなり、なかば引き摺られるような形に、しまいには何度も転びそうになる。

「アイシャ、もっと、ゆっくり……!」

「だめ」

「そんなぁ~……だぁっ! いたたたた……」

 巫女のいる王の間は、まだ遠い。

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