(6)

「村長。そんなところで何をやっとるか」

 憮然とした顔で問い質すゲルクに、村長はいつも通りの笑顔でひょい、と窓枠を越えて部屋へと入って来た。

「ゲルク様がいつまでたっても戻られないので、様子を見に来たんですよ」

「それなら玄関から来んか」

 苦笑しつつ、ゲルクは言った。

「お前も相変わらずじゃな。マリオが生まれてからは大分大人しくしとったようじゃが」

「それはそうですよ。私ももういい年なんですし、子供の前でそうヤンチャをしていたら示しがつきませんからね」

 二十年ほど前、ふらりとこの村にやってきた冒険者は、その飾らない笑顔と気さくな人柄でたちまち村に溶け込んでいった。

 身軽さが売りで、木に登って降りてこれなくなった子供を助けたり、険しい崖の上に咲く花をいとも容易く取ってきたり、そして、夜の神殿へ窓から訪問しては、ゲルクと酒を酌み交わしたりしていた。

 やがて村の娘と結婚し、子供が生まれてからはすっかり落ち着いたと思っていたが、その当時から変わらない笑顔で、村長はゲルクを見つめている。

 彼の裏の顔を、ゲルクは勿論知らない。しかし、ただの元冒険者でないことくらいは何となく気づいている。それでも何も言わなかったのは、彼が真摯な態度で村人と接し続けているから。村に対する彼の思いが本物だと知っているから。

「ラウルさんの様子はどうですか」

 心配げな彼に、ゲルクはふん、と鼻を鳴らす。

「なに、人をくそじじい呼ばわりする元気があれば、心配はいらんじゃろうて」

「くそじじい、ですか。いやはや……」

 なんとも言えない表情をする村長を、ゲルクはぎろりと睨んだ。

「お主のことだ。この小僧が盛大に猫を被っていたことくらい、知っていたのだろう?」

 なぜ教えない、と言いたげなゲルクに、村長は肩をすくめる。

「とんでもない。知っていたのはうちのマリオと、エスタス君達くらいですよ。まあ、予想はしてましたけどね」

「そうか……」

「でも、いい人ですよ。それだけは、はっきり言えます。例え、かつて人を殺したことがあったとしても」

「ヒュー、お主……」

 久しぶりに、彼の名を呼んだ気がする。呼ばれた男は静かに、その手を月明かりに翳した。

「……ねえ、ゲルク様。この私の手も、血で汚れています。こんな私が、ここで幸せな生活を過ごしていていいのか、悩んだこともありました。血に染まった手で子供を抱くことが果たして許されるのかとね」

 月光は、わずかに青みを帯びた白。その光に照らされた手は、透き通るように白い。それでも、彼の目にはまだ、その手が赤く染まっているように見えているのかもしれない。

 静かに、息を吐くゲルク。

「お前も、この小僧と同じことを言うか……。なに、ワシとて人に言えぬ過去の一つや二つ、この胸に抱えて生きておる。しかし……過去に絶望し、未来を諦めるのではなく、罪を抱えても生き続けることをワシは選んだ。それが、ワシの償いだと思っておる」

「そう、ですね。私も……」

 そっと、二人が見上げる夜空。

 漆黒の空は全てを包み込んで、ただそこにある。

 誰の頭上にもある空。

 聖者の祈りも罪人の懺悔も、全て吸い込んで、空はただそこに広がっていた。

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