(3)
静かに入ってきた人影に、少女はうっすらと瞼を開ける。
「お加減はいかがですか、巫女」
「サイハか……まあまあ、じゃな」
答えつつ寝台から上半身を起こし、やってきた男を一瞥する。男の手には漆黒の壺と、精緻な細工の施された銀杯があった。その杯に手を伸ばし、一気に流し込む。
唇の端から淡い光がこぼれた。それは儚く虚空に消えていく。
「あまり質のよいものではないが、贅沢は言えない、か」
「申し訳ありません」
畏まる男の手から壷を取り上げて、中を覗く。漆黒の壷の中には、淡く光る液体がなみなみと収められていた。ちかちかと明滅する光は、まるで助けを求めるかのようにふわりと浮き上がり、壷から逃げようとしているように見える。
それをそっと手で蓋をして、嘲るように微笑む少女。
「村人の魂にしては、よい方か。まだ逃げ出そうという力があるとみえる……」
ガレの村から頂いてきた、村人達の魂。それは彼女の体に活力を与える薬となる。そして魂の抜けた肉体には、彷徨う死人の魂を憑依させて駒として操る。まさに一石二鳥という訳だ。一人残さず魂と肉体を頂いて、後には空虚となった村が残されたのみ。最近になってようやく、ローラ国の守備隊が調査に乗り出したらしいが、すでに時が経ち過ぎている、最早、手がかりすら掴めまい。
「儀式の準備も抜かりなく進んでおります。あとは……」
男の言葉に、少女は頷く。
あとは、儀式に必要な「力」を得るのみ。そう、あの竜を――。
「今はまだ、あまり目立つようなことは避けなければならない……」
今、彼らと全面対決をすれば、損害は避けられないだろう。万が一巫女に危険が及べば、儀式を行うどころではなくなり、悲願は叶わない。
だからこそ、今まで以上に闇に潜み、影に隠れて時を待つ必要がある。
「承知しております。卵の入手に関しては、もう一つの手を使うことに致します。万が一失敗をしても、我らには影響を及ぼしません」
「そうか……ところで」
ふと、少女は男に目を向ける。
「ガレの村とは、お前の生まれ故郷ではなかったか。サイハ」
その言葉に、サイハは空虚な瞳で答えた。
「は……。しかし、すでに捨てた村です」
「……そうか」
少女の唇に宿る、歪んだ笑み。サイハは黙してそれを見つめていた。
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