(3)

「で、これは本当に竜の卵なんですか?」

 マリオの言葉に、ラウルはそうらしい、と頷いてみせる。

 すでに時刻は夕方になっている。父親の手伝いをしていて一連の騒ぎを知らなかったマリオは、つい先程夕食の差し入れに現れ、ラウル達から驚きの新事実を告げられたところだった。

「あいつらが置いてったこの文献を読んでみたんだけどな」

 忘れたのか、それともわざと置いていったのかは分からないが、食卓の上に残されていた『竜の生態』という本。二人が去った後、皆で本を囲んで検討していたのだが、なるほど、長年に渡った研究の集大成と言うだけあって、詳細な情報がそれには詰まっていた。

「まあ、竜の卵でまちがいないんじゃないみたいだな」

 本に書かれていた卵の特徴は次の三点。即ち、


一、大きさは大人の腕で抱えられるくらいで、極めて軽量。

二、殻は乳白色ですべすべしており、かなりの強度がある。

三、内側から光を放つことがある。


「あれ? 喋るとか動くっていうのは?」

 そう。その、一番特徴的な部分が本には書かれていなかったのである。

「ないんだよ。不思議な言葉で喋るって記述はあったけどなぁ」

 『竜の生態』は、世界各地に伝わる竜の伝説や文献を分かりやすくまとめた本だった。西大陸に伝わる「眠れる竜の伝説」など一般に知られているものから、竜と交信できる高位の精霊使いから聞いた話、また二百年ほど前の竜に育てられたという少年の話など、あまり聞いたことのないものまで、五十を超える逸話が収められており、そこから導き出される竜の生態について論じられている。

 その中の、竜に育てられた少年の話の中には、

「竜は人間の操るどんな言語とも違う、不思議な言葉で語りかけていた」

 という記述があった。言葉に関する記述はこれだけだ。

「まあでも、頭の中に直接語りかけてくるのは、不思議な言葉だしなあ」

「普通は出来ませんもんね」

「そういや、竜って上位精霊なんだろ? アイシャなら何か知ってるんじゃないのか?」

 そう、精霊使いのアイシャは、ラウル以外で唯一卵の鳴き声を普段でも感知できる人間である。もともと無駄口を利かず、聞かれたことしか答えないような性格の彼女だから、今まで竜に関することをあまり口にしていなかったが、彼女なら何か知っているのかもしれない。

 期待を込めた四人が部屋の隅にいるアイシャを振り返る。しかし、窓の外を見ていたアイシャは、

「私は竜と会ったことはない」

 と一言答え、また窓の外に視線を戻してしまう。

「駄目か……」

 相変わらずの態度に肩をすくめる四人。

「でもまあ、何の卵か分かっただけでも良かったじゃないですか。あとは、何の種類の竜か分かれば完璧ですね!」

 喜ぶマリオに、ラウルはおいおい、と溜め息をつく。

「竜の卵だって分かっただけだろ? 何の解決にもなってないじゃないかよ」

 文献には、どのくらいで孵化するとか、孵化した後どうなるか等は一切書かれていなかった。なんでも本来、竜の卵は仲間の竜によって大切に守られ、また誕生してから一定期間は決して人前に出ることはなく、竜だけが知る秘密の場所で大切に育てられるのだという。その場所は、例え信頼する精霊使いにも教えられたことはないというのでは、情報を得ようとしても無理な話だ。

「何の種類って、そんなのあるのか?」

「何言ってるんですかエスタス、ほらここに書いてあるでしょう?」

 カイトが中ほどの頁を開いて指し示す。そこには文章と共に、色とりどりの精緻な竜の絵が描かれていた。

「えっと、『竜には六つの属性があり、その属性を自在に操ることが出来る。また、竜は精霊の長であることから、自分の属性の精霊のみならず、それ以外の精霊をも動かすことが出来る』……」

 六つの属性とは即ち、水風土火の四大属性、そして光闇の二大属性に他ならない。神が司るこの力は、精霊らによって世界に行き渡らされる。

「この属性のものを近づけたりしてみれば分かるかもしれませんね」

 うきうきした口調で言うカイト。それを見たエスタスはそっとラウルに耳打ちする。

「あいつ、放っておいたら卵を水攻めにしたり、火に掛けかねませんよ」

 光景が目に浮かぶようである。しかも、本人はただひたすら真実を追求しているだけに、悪意がないから始末に負えない。

「そうだな……。気をつけるよ」

 不本意ながら、やはり卵はできるだけ背負っていなければならないようだ、とラウルはがっくり肩を落とした。

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