(9)
「なんですか! これ!」
カイトの素っ頓狂な声に、アイシャが眉をしかめる。
「私にも分からないんですよ」
そう答えるラウルに、カイトは興奮したような声で、
「随分と大きな卵ですねえ。初めて見ましたよ! この大きさ、形……いや~、興味深いですねえ」
何処からか巻尺をすちゃっと取り出して、すばやく高さや最大直径を計り、小さな帳面に記していく。そればかりか、色や光沢、その他細かい情報を猛然と書き記していった。
「始まったよ……。こうなると、コイツ寝食忘れて没頭しますよ」
呆れ顔で言うエスタス。恐らくは遺跡探索の時もいつもこうなのだろう。
「で、なんなんです? この馬鹿でかい卵は」
エスタスのもっともな問いに、ラウルは昨日の出来事をかいつまんで説明した。
とは言っても、来てみたら玄関前に落ちていた、なんだか動くし、しかも光ったと、いうくらいしか説明のしようがない。
「え、光ったんですかぁ?」
これは初耳だったマリオが、ちょうど触ろうとしていた手を引っ込める。
「その時一回だけしか見てませんが。今朝は特に動きも光りもしてませんでしたけどね」
卵は食卓の上で、大人しくカイトのされるがままになっている。
と、アイシャが無造作に卵に手を伸ばした。ぴたぴたと叩いて、ふむ、と考え込む。
「どうした? アイシャ」
「いや、卵だなと」
その答えにエスタスがコケる。
「それだけかよ」
憮然と言うエスタスに構わずに、アイシャはひょい、と卵を持ち上げた。
「わー! 何するんですアイシャ!」
観察途中だったカイトが抗議するが、アイシャはお構いなしだ。
「軽い」
持ち上げてみての彼女の感想に、カイトが眉をひそめる。
「軽いんですか? そんな大きいのに。おっと、僕としたことが、重量を測り忘れるなんて」
言うが早いか、どこからかバネ式の小さな計りを取り出すカイト。用意周到というかなんというか。
「暖かい」
卵を計る用意をするカイトの横では、卵を抱きかかえながらアイシャが呟いている。
(なんとまあ、変わった二人だ……)
そんな二人と組んで探索をしているエスタスを横目で見ると、
「本当にすいません、二人ともちょっと、変わってるんで……」
と、なんとも申し訳なさそうに謝ってきた。
「大変そうですね……」
思わず同情してしまうラウル。変わっている人間の中で一人普通だと、色々苦労も多かろう。
「いえ、もう慣れましたから」
苦笑しつつ、エスタスはカイトに声をかけた。
「カイト、何か分かったか?」
帳面に何かを書き込みつつ、しかしカイトは首を横に振った。
「いやぁ、僕にもちょっと見当がつきませんね。大体、こういう硬い殻に覆われた卵生の生き物は鳥や蛇などの生き物だと思うんですが……」
蛇。この大きさの卵から出てくる蛇など見たくもない。思わず顔をしかめるラウルを見て、カイトが慌てて付け足す。
「あ、でもカメや蛇なんかの卵はまん丸ですからね。こういう楕円形の卵っていうのは、鳥のものだと思うんです」
木の上に巣を作る鳥達の卵というのは、巣から落ちても卵がどこまでも転がっていかないよう、楕円形のいわゆる「たまご形」になるのだと話すカイトに、
「へえ、そうだったんだぁ……。さすがはカイトさん、物知りですね」
感心してみせるマリオ。カイトは照れくさそうに、それほどでも、と頭を掻いた。
「でも、こんな大きい鳥の卵なんて見たことないぞ?」
「昔、図鑑で見たダチョウの卵は結構大きかったと思いますけどねえ……」
と、唐突に、
「そうだ!」
とマリオが手を叩いた。
「『北の塔』の賢者様に見てもらえばいいんですよ!」
「北の塔?」
「魔術士の塔ですよ! 『北の塔』には、不思議な生き物について研究している人がいるって、前に聞いたことがあります」
『塔』は魔術士達の育成・研究機関だ。各大陸に一つずつ、計五つの『塔』が存在する。
(『塔』か……。やなんだよなあ、あそこ。変人ばっかりで……)
ラウルの育った中央大陸にも『央の塔』という魔術士の塔があり、彼も一度神殿の用事で訪れたことがあるが、どうもいい印象を持てなかった。何せ、人の話を聞いていなかったり、自分の研究について頼みもしないのに語りまくったりする魔術士ばかりだったのだ。また、『塔』にいる魔術士は老齢であることがほとんどで、つまり偏屈じじいの人口密度が高い。
「それじゃあ、詳しそうな人を派遣してもらいましょうか。それとも、持ち込んだ方がいいのかな?」
「手紙を出せば、きっと飛んできますよ! だってこんなに珍しい卵、滅多にお目にかかれませんからね!」
などと楽しそうに話している横で、一人じっと卵を見つめていたアイシャが、
「割られるかも」
と呟いて、二人をびびらせる。
「そ、そんなぁ」
「そんな乱暴なこと、賢者様がするわけないじゃないですか」
「分からないぞ、研究熱心なヤツってのは、えてして後先考えずに行動することが多いからなあ」
そういうエスタスの目は、確実にカイトを見据えていた。お前みたいにな、と言わんばかりの目つきである。
(やりそうだよなあ、こいつだと……)
苦笑しつつ、ラウルはああだこうだと話し合う彼らを、少し楽しげな瞳で見つめていた。
(こういう奴らがいるなら、少しは退屈しないで済むかな)
彼らは冒険者。外の世界を知る人間と話すのは、退屈凌ぎにはもってこいだ。ラウルよりも若い彼らだが、面白い話の一つや二つは聞けるだろう。
そう思うと、これからいつまで続くか分からないこの生活に、ほんの少しだけ希望が持てた気がした。
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