(7)

 朝日に輝く神殿は、確かに半壊していた。

(見事な壊れっぷりだ)

 ここまで壊れていると、もう笑うしかない。それほどまでに神殿は突風の被害を受けていた。

 突風が吹いてから二日後の朝。ラウルがエスト村にやってきて初めての朝である。

 突風が吹く前から晴天続きだったが、今日は気温も高く、修繕日和だと村人達は張り切っていた。

「場所が悪かったな。突風はどうも、西の荒野目掛けて吹き抜けてったようだからよぉ」

 集まった村人の一人がそう説明する。神殿は村の西に位置していた。墓地を有するユーク神殿は、土地を広く確保する都合上、外れに位置していることが多い。それが災いしてか、突風の直撃を受けてしまったようだった。

「とはいえ、墓地に大した被害がなかったのは不幸中の幸いですね」

 ラウルの言葉に村人達がもっともだ、と頷く。死者の眠りを妨げずに済んだのは本当に不幸中の幸いだった。

(墓地を整備しなおすのはかなりの手間だし、うっかり棺桶を壊したりしたら、その後がえらいことだしな)

 などと心の中で思っているラウルに気づく訳もなく、村人達は、

「若いのに立派な神官さんだなあ」

 などと囁いている。それに混じって、エリナとマリオの話し声も聞こえてきた。

「それにしても、変な風だったよね」

「そうよね。今まであんな風、吹いたこともないし」

「鐘つき堂の鐘までおっこどすなんて、普通じゃないよ」

 彼らの言う通り、季節外れの突風にしても、石造りの神殿や鐘つき堂を半壊させるほどというのは尋常ではない。台風や竜巻だというなら話は分かるが、たったの数分、村を通り過ぎただけの風だというのだ。

「とにかく、何から手をつけていいものか……」

 ラウルが頭を悩ませるほどに、神殿は突風に痛めつけられていた。恐らく、建物自体がかなり古かったのだろう。かろうじて玄関は無事だったが、左右の壁は崩れかかり、屋根も完全に抜けている。神殿の一番奥に安置されているユーク神像は天井の崩落を受け、一部が欠けたりひびが入ってしまっていた。

「日誌や記録の類は、できる限りおじいちゃまが回収して、うちに保管してあります。でも書庫の本や祭具なんかがまだ、そのままなんです」

 そう、不幸中の幸いと言えばもう一つあった。突風の被害を受けた神殿だったが、本来そこに寝泊りしているはずのゲルク老人は、昨日会って分かる通り、まったくの無傷だったのだ。別に、老人が叩いても傷一つつかないほどの頑固者という訳ではなく、五日ほど前から持病の神経痛が悪くなり、立て付けの悪い神殿から娘夫婦の家に一時的に世話になっていたからだという。

「となると、まずは瓦礫の撤去と物の回収ですね」

 腕まくりをして、ラウルは集まる村人に頭を下げた。

「皆さん、よろしくお願いします」

「おー! 任せるだよ、神官さん」

 集まった村人は十五人ほど。人口百人に満たないこの村では、それでも集まってくれた方だ。鐘つき堂や他の建物の修復に忙しい中、それだけの人手を割いてもらえたのは、やってきた新しい神官は礼儀正しくて、しかもあの頑固者のゲルク老人を上手くあしらい、(一時的でも)休養させるという快挙を成し遂げたという噂が村中に広まったから、らしい。つまり、半分くらいは物珍しさで集まったとも言える。

「小さな村ですから、噂が広まるのが早いんです。この調子じゃ、近隣の村まで三日もあれば広まっていきますよ」

 とはマリオの談だ。頑固者のゲルク老人は近隣でも有名らしい。

「それじゃ私、書庫の方を見てきます」

 エリナがそう言って、屋根やら壁やらの残骸を飛び越えて奥に走っていく。

「僕は何を手伝いましょうか?」

「祭具の回収を。多分、祭壇の辺りにまとめてあるはずだから」

「分かりました!」

 神殿の作りは大体どこも一緒である。この分神殿も多分に漏れず一般的な作りをしていたが、古い建物だけあって、柱の装飾や窓などは随分趣のある作りをしていた。建築様式になど興味のないラウルですら、是非、こんなことになる前の姿を見てみたかったと心底思ったほどだ。

「ラウルさん、この神像の後ろに収納庫がありましたー!」

 祭壇近くを探していたマリオが呼ぶ。

「今、行きます」

 マリオの所に向かおうとした矢先、後ろからやってくる複数の足音に、ラウルは足を止めて振り返った。

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