第152話 ◆女神様と109

◆女神様と109


家出して来てから約一ヶ月が過ぎ、ルナもこちらの世界に随分慣れてきていた。

情報収集は、もっぱらテレビか雑誌で行っているようだ。

今日も朝早く起きて、リビングでテレビをじっと見ている。

液晶の大画面には渋谷の街が映っており、若い女の子達がインタビューを受けていた。

ミキはキッチンで朝食の仕度をしていたので、何についてインタビューしていたかはわからない。


「はい、ルナちゃん。 お待たせ~♪」

ミキがスクランブルエッグとトースト、サラダ、オレンジジュースなどをトレイに乗せて運んできた。

「ねえ、お母さん。 わたし渋谷に行ってみたいな」

ミキはお母様と呼ばれる柄では無いので、お母さんと呼んでもらっている。

もう少ししたら、お姉ちゃんかミキちゃんと呼ばせるつもりである。

「渋谷? それじゃ午後から一緒に行こうか」

「ほんとうに? わーい、やったぁ・・」

まったく目の前の女神様は、神様が心配していた通り、一月足らずですっかり人間の普通の娘ムスメになってしまった。

次に神様がこっちに来たら、自分はまた石にされるかもしれない・・

ミキはちょっと不安を覚えるのだった。


さて、何時かは自分も娘と一緒に109などでショッピングをすることなどを夢見ていたので、ミキもなんだかワクワクしてきていた。

ただし問題が一つあった。 そう、ミキは芸能人なのだ。

変装して出かけても、この超美人の女神様を連れて歩くわけで、これは相当目立つに違いない。

そうなったら、いくら変装しても、直ぐにミキだとバレテしまうだろう。

それにルナにお母さんと呼ばれた日には、それこそ大スキャンダルである。


「う~ん。 いったいどうすれば・・・」

ミキは早速、妙案が無いか悩み始める。

「んっ? 待てよ。 確か数時間の間だったら、別のものに化ける事ができたんじゃなかったっけ?」

ミキは神様に教えてもらった例の力の事を思い出した。

これって悪用じゃないよね!

もしも力を悪い事に使うとミキはこの世から消滅してしまうのだ。

もしもの時の対応は、神様にお願いしておいたが、ルナの親権で揉めた事もあり、ちゃんと復活させてもらえるか不安なところである。


「できればルナも普通っぽい娘に変身させられるといいんだけど・・・」

ミキは、どうすれば良いかを、あれやこれやと考え始める。

「ねぇ、ルナ。 そういえば、あなた変身能力はもうあるの?」

「さぁ・・・どうでしょうか・・」

こっちでは、家の中からあまり出ないで生活しているため、特に必要な場面も無く、ルナも力を使った事が無いのだ。

「それじゃ、二人でやってみよっか」

ミキもまた力を使った事は無かったし、敢えて使うつもりも無かったのだが、今回の目的を達成するためには、これしか無いと判断したのだ。

「なんだか楽しそう♪」

ルナはミキと違っておっとりした性格である。


「おそらく瞬間移動と同じで、なるべく具体的なイメージで強く念じればいいんだと思うよ」

「??? お母さん、わたし、こっちに来たとき、特にイメージなんてしなかったけど」

「へっ? それじゃ神族とあたしの場合は違うのかな? それじゃ、ひょっとして時間制限があるのも、あたしだけかも知れないね」

「時間制限があるの?」

「うん、あなたのお父さんには、そう聞いたけど・・・」

「お母さんの旦那様でしょ」

ルナがミキをからかう。

「旦那様言わない!!」

するとミキが本気で怒る。

「ご、ごめんなさい・・」

ルナは、ミキが本気で怒ったのを初めて見てシュンとしょげる。

それを見て、今度はミキが慌てて謝る。

「あ、いや。 ルナは悪くないのよ。 お母さんの方が悪かった。 ごめんね。 神様とは何かと意見が合わなくって・・ それより渋谷よ。 渋谷に出かけるためには、どうしても変身する必要があるのよ!」

「でも、何に変身すればいいの?」

「何って、そりゃー人間の若い女性に決まってるんだけど・・・ 考えてみると普通の女性って・・・難しいわね・・・ そうだ。 ルナは清水さんに化けて、あたしは陽子さんに化けるってのは、どうかしら?」

「清水さん・・・」

そう呟いた途端にルナは、もう清水さんの姿に変っていた。

「ほぇ~ 完璧だね。 まるで本人にしか見えないよ!」

「それじゃ次は、お母さんやってみて」

「オッケー 任せなさい。 でやっ!!」

ミキは忍者が忍法を使う時のような格好で、大きな掛け声をあげる。

まるで、どろんっと言う音まで聞こえてきそうだ。


が・・・

「お、お母さんたら・・」

なんとミキは、顔やスタイルは陽子をしっかりトレースしていいるものの、服を身に着けていなかった。

「ありゃりゃ・・・ これは人前で変身するわけにはいかないね・・・ ちと失礼!」

そう言うとミキは、洋服を取りにクローゼットのある自分達の部屋へ駆けて行った。

しばらくして、ミキは泣きそうな顔で部屋から出てくる。

「これはダメだ! 洋服のサイズが全然合わないや」

当然、ミキの持っている洋服は、丈が足らずに胸回りが余る。

「化ける度に洋服までいちいち買って用意するわけにはいかないよ~」

つんつるてんの洋服を見つめながら、ため息をつく。

しかも、ブラもブカブカなので当然ノーブラとなり、歩くとユサユサするのだ。

「ルナちゃん。 仕方が無いから今回は諦めようか」

ミキは肩をがっくり落としながらルナに言う。

「わ、わたしが何とかしてみます」

どうしても渋谷に行きたいルナはそういうと静かに目を閉じた。


パァー

ルナの体が一瞬だけ光を放つ。

「およっ?」

ミキが自分の姿を見ると変身した陽子の姿にぴったりの服を着ていた。

しかし、陽子の姿とコギャル風の洋服は、完璧にミスマッチであった。

「ルナちゃん。 この服って・・・」

「今朝、テレビで見た渋谷の街を歩いていた女の子が着ていた服です」

「ああ、そう言うこと? でも一度見た服なら実体化できるんだね?」

「はい、できそうです」

「まてよ・・・ 確かその力はあたしにもあるって神様が言ってたような・・・」

ミキは試しに、ファッション雑誌で見た大人っぽい洋服を頭の中でイメージしてみた。

すると、ミキが立っている目の前のテーブルの上にバサッと言う音を立ててイメージした服が現れた。

「えっ? こういう事? なんで?」

「お母さん。 自分が着ていることをイメージするんです」

「あっ、そうか。 移動の時も5W1Hって言ってたけどアレね!」

ミキはルナの言っていることを理解し、再チャレンジする。

すると今度はイメージした服を、自分自身でちゃんと着ていた。

「やったぁ! 大成功ーー!」

ミキは思わずルナとハイタッチする。

「これで、渋谷に出かけられますね」

「うん。 これからも外出するときは、変装しなくても変身すればいいんだから、いっぱい出かけられるねっ」

このときミキは、まだルナが何を企んでいたか知る由もなかったのであった。


次回、「渋谷でスカウト?」へ続く

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